第20話 柱の怒り

「よし、気に入った! ここをアタシのモノにする!」


 カーミラの無邪気な笑顔を浮かべながらの台詞に俺とリーディアは戸惑う。


 今の不穏な一言でさっきまでの和やかな空気は吹き飛んだ。


「……ここをカーミラのモノにするとはどういうことだ?」


「そのままの意味だぞ? この畑をアタシのモノにし、ハシラとリーディアにはアタシのためだけに美味しい作物を作り続けてもらうんだ」


「買い取ったり雇うのではなく?」


「そうだ。魔王の娘の献上地になれるのだ。光栄だろう?」


 それがさも当然であるような口ぶりと態度だ。


 どうやら商売の関係ではなく、地位を振りかざした一方的な搾取をするつもりらしい。


 ちょっと尊大な態度の可愛らしい無邪気な少女だと思っていたが中々の横暴ぶりだ。


「ちょっと待って。確かにここはあなたの国の領土だけど誰も治めていないし、空白な領土のはずよ? 確かに勝手に住んでいることは悪いけど、いきなりやってきて一方的に搾取される謂れはないわ!」


 突然宣告にリーディアが力強く反論してくれる。


 一緒に暮らして畑を育てている彼女も、畑に愛着を持ってくれていることがよく伝わって俺はとても嬉しかった。


「そんなややこしい話は知らん。ワタシが欲しいといったらよこすのだ」


 無邪気な表情から一変、剣呑な空気を漂わせながら告げる。


 魔力を知覚できるようになったからこそ、カーミラから漏れだす魔力が尋常じゃないことがわかる。リーディアよりも遥かに濃厚で強大な魔力だ。


 これには強気だったリーディアも息を呑んで顔を青くする。


 欲しいと思ったら相手の意思は関係なく力でねじ伏せて自分のモノにする。


 まさに魔王の娘といった所業だな。とんだじゃじゃ馬じゃないか。


「それを断ると言ったら?」


「言う事を聞かせるまでだ」


 カーミラはそう言うと、翼を大きく広げて上空に上がる。


 そして、こちらを見下ろすと、あろうことが火魔法をばらまいた。


 カーミラから打ち下ろされる火魔法に家やモチモチ畑に被弾して引火する。


 怒りで頭が真っ白になるが、一番にやるべきことは消火だ。


 俺は火のついた作物を植物操作で捻じ曲げて、他の作物に引火しないようにしてやる。


 燃えている家の屋根も分離させて、開いた場所に避難させた。


「リーディアは水魔法で消火してくれ!」


「わかった!」


 後はリーディアが消火してくれれば被害は最小限に済むはずだ。


 だけど、視界の端ではダメになった作物が嫌でも見えていた。いくら豊穣の力を司るエルフィーラの加護があっても、焼けてしまった作物を元に戻すことはできない。


「おい! 畑が燃えたら意味がないだろう!」


「燃えてしまっても、またオマエたちが作ればよいのだ!」


 こいつ人が苦労して育てた畑をなんだと思っているんだ。


 我慢していたが今の台詞を聞いて、完全に頭にきてしまった。


「なんだ? やる気か?」


 カーミラが不敵な笑みを浮かべる中、俺は衝動のままに能力を解放した。


 周囲の土から膨大な数の木々や蔓が生え、カーミラ目がけて襲い掛かる。


「うわっ! なんだこれは!?」


 カーミラはやってくる木々を恐れて上空へと逃げる。


 それでも樹海の中にいる以上、俺から逃げることはできない。


 木々はカーミラが飛翔するよりも速く迫り、四方八方から迫っていく。


 カーミラは闇色の魔弾でそれらを潰していくが、木々はすぐに再生して追尾をし始める。


「こんなものっ!」


 今度は火魔法で木を燃やし尽くそうとするが、伸びてきた蔓が絡まって魔法は中止される。


 カーミラは腕力でそれらを引き千切ろうとするが、蔓が何重にも絡まってそれはできない。


 もがいている間に追尾していた木々に拘束された。


 普通の魔物や獣であれば、これだけ拘束すれば十分であるが相手は魔王の娘だ。


 先程のように火魔法を使われたら溜まったものでない。


 魔法は使えない状況にしないと安心はできない。


 そう念じると、カーミラを拘束していた木や蔦が勢いよく魔力を吸い上げ始めた。


「かはっ! やめろ! アタシの魔力が……っ!」


 拘束している木や蔦がドクンドクンと魔力を吸い上げていくのがわかる。それとともに俺の生やした木や蔓がより丈夫になっていく。


 そのまま魔力が空になるまで搾り取ってやろう。


「もうやめて、ハシラ! このままじゃカーミラが死んでしまうわ! 魔王の娘を殺したら戦争になるわよ!」


 吸い上げる魔力の量を増やしてやろうと考えていると、突然後ろからリーディアが抱き着いてきた。


 リーディアの叫び声と衝撃でメラメラと燃え上がっていた怒りの炎が収まるのを感じた。


 拘束されたカーミラを見ると、どう見ても苦しそうであり生気というものがなかった。


 リーディアの言う通り、このまま続ければ命に関わるのは明白だ。


 確かに畑を火魔法で燃やされたが全部ではないし、報復として年下の少女を殺すのはやり過ぎだと思った。


 それに自分の娘を殺されれば、魔王がどのような行動を起こすだろうか。敵を取ろうと樹海に攻め入ってくるかもしれない。


 ゆるりとした生活を送りたい俺からすれば、そのようなことはごめんだ。


 冷静になった俺は急いで能力を解除させて、カーミラを地面に下ろした。


 魔力を吸われてしまったせいかカーミラは酷く衰弱しているようだ。起き上がる気配がない。


「魔力欠乏状態になってる」


「俺が薬をとってくる」


 寝転がっているカーミラはレントとリーディアに任せて、俺は家にある薬を取りに行く。


 魔力操作をしている時に、樹海で見つけて採取していた魔力草。


 こういう時のために魔力の回復する薬を作り上げていたのだ。


 急いで丸薬を手にすると、カーミラの元へと戻ってそれを口元に近付けた。


「これを呑んでくれ。魔力が回復する」


 朦朧とした意識の中でも、丸薬にこもっている魔力を求めたのかカーミラが呑み込んでくれた。


「魔力がかなり回復したわ。しばらく寝ていれば大丈夫でしょうね」


「そうか。それはよかった」


「相変わらずハシラの薬はでたらめね」


 やはり、俺の作った薬には補正がかかるらしい。


 それはともかく、カーミラの命に別状がないようでよかった。


「すまない、リーディア。つい怒りに我を忘れて暴走してしまった」


「ちょっとやり過ぎかもしれなかったけど相手は魔王の娘だったしね。それにあんな風に言われたら、私だって怒っちゃうわ」


「そうだとしても止めてくれてありがとう。もう少しで取返しのつかない状態になることだった」


 さすがに魔王の娘殺しは嫌だしな。もし、手遅れになっていたら相当後味の悪いことになっていただろう。


 止めてくれたリーディアには感謝してもしきれない。


「もう、そんなに気にしなくて別にいいってば。それよりもこの子を家に運んであげましょう」


「わかった」


 まくし立てるように言うのがリーディアの照れ隠しだとはわかっていたが、そこには突っ込まず素直に頷くことにした。

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