第16話 キラープラント

 家を出発した俺は、西側を探索してみることにした。


 いつもならレントと俺しかいないので会話もなく淡々と進んでいくのであるが、今日はリーディアがいる。


「さすがは死の樹海。並んでいる木々の高さがとんでもないわね。一体、樹齢は何年なのかしら?」


 樹海の中をロクに観察する暇がなかったからか、リーディアは周囲の景色を見て感嘆の声を上げていた。


 その表情はとても生き生きとしていて初めて動物園にきた子供のようだ。


「リーディアは自然が好きなのか?」


「私がっていうよりかは、エルフがって言うべきかしら? 私たちエルフは自然の中で暮らすことを本能的

に好むから」


 確かエルフィーラも言っていたな。エルフは自然豊かな森なんかで過ごしていることが多いって。自然を好む精霊の血を引いている影響なのかもしれないな。


「リーディアは以前どんなところで暮らしていたんだ?」


「ここより規模は劣るけど、中々に豊かな大森林で暮らしていたわ。でも、変わり映えしない生活に飽きちゃって、しばらく色々なところを旅していたわね」


 まあ、これだけ活発的だったら、ずっと同じところに留まるのは性格的に難しいだろうな。


「ハシラはここに来る前はどんなところにいたの?」


「うーん、とにかく人が多くて、皆が忙しなく働いている場所かな」


 他にももっと言いようはあっただろうけど、俺の抱いている前世のイメージはそんなものだ。豊かではあるが、豊かではない。そんな矛盾な世界。


「なにその地獄……そんなところにいて楽しいの?」


「あんまり楽しくはなかったけど、一緒に過ごす家族がいたから頑張っていられたかな。今はもうそんな人もいないんだけど……」


「……えっと、ごめんなさい」


 色々なことを思い出して感慨深くなっていると、リーディアが申し訳なさそうに謝る。


 今の言い方だと家族が死んで孤独になってしまったように思える。


 間違ってはいないんだけど死んだのは俺の方だ。だけど、それを説明することはできない。


「別に気にしてないから大丈夫だよ。大森林での暮らしはどんな感じだったの?」


 会話が気まずい方向に向かってしまったので、俺は話題を変えて明るいものにする。


 俺の意図を汲み取ったリーディアは大森林でのエルフの暮らしを教えてくれた。


 俺の家のように木材を使った家が多かったり、大きな木をそのままくり抜いて、その中に住んでいたり。ゲームの設定でありがちな菜食主義ではなかったり。


 異種族の文化が興味深いこともあったが、こちらの世界にやってきてからこのように喋ることは初めてなので会話しているだけで楽しかった。


 やはり、なんだかんだで人に飢えていたのだろうな。


「あら、あそこにウサギがいるわね」


 和やかに会話をしているとリーディアがそのように言った。


 彼女の視線を辿っていくと茂みの方でピョンピョンと跳ねるウサギがいた。


 自然環境で暮らしていただけあってか視力がとてもいいのだろうな。


「ただの動物なら私でも狩れるわ。狩ってもいいかしら?」


「いいよ。食卓にお肉が増えるのは大歓迎だから」


 これが魔物であればやめさせるが、相手はただの草食動物だからな。リーディアの好きにやらせることにする。


 リーディアはスッと弓を構えると、流れるような動作で矢を番えて発射した。


 シュッと飛び出した矢は、地面の匂いを嗅いでいるウサギの頭に見事突き刺さった。


「お見事」


「ありがとう」


 周囲にはたくさんの木々もあり、距離も三十メートル以上は離れていた。


 しかし、それでもリーディアは難なくこなしてみせた。流石だな。


「この環境下で正確に獲物を撃ち抜くことは俺には無理だな」


「普段、ハシラはどんな風に狩りをしているの?」


「んー、そうだな。こんな風に木で拘束することが多いな」


 頭上を見上げると羽休めをしている鳥がいたので、木を操って鳥籠として拘束。


 封じ込められた鳥はギャーギャーと鳴いて暴れるが、木の檻に閉じ込められているので逃げることはできない。木の鳥籠を地上に下ろすと、鳥の捕獲完了だ。


 そんな俺を見て、リーディアがどこか遠い目をした。


「……うん、ここではハシラが最強ね」


 確かに操れるものが多い樹海の中では有利かもしれないが、最強というのは言い過ぎである。




 ◆




 ウサギと鳥の下処理をし、そのまま探索を続けていると甘い香りがした。


「甘い香りがするな」


「本当ね。もしかしたら良質な蜜がとれる花があるのかも!」


 花の蜜か。そういったものが採れるとこちらとしてもありがたい。


 アマグキの甘さは控えめだしな。蜜があれば、モチモチの実と一緒に食べることができるかもしれない。


 新しい甘味の期待に胸を膨らませて、俺とリーディアは誘われるように香りの元に向かっていく。


 すると、そこには大きな植物が生えていた。


 バラのように尖った棘が生えており、綺麗なピンク色の花を咲かせている。


 唯一閉じられている真ん中の大きな蕾は不思議と口のように見えた。


 まるで巨大な蛇と言われた方が納得できるほど毒々しくて大きい。


 これは明らかに普通の植物ではない。



【キラープラント】

 自然の奥部に自生する食人植物の魔物。綺麗な花と甘い香りで人間や動物をおびき出し、摂食器官で捕食してしまう。



「って、キラープラントじゃない!」


 俺の知識から情報が出てくると同時にリーディアが叫んだ。


 どうやらリーディアでも知っている植物型の魔物らしい。


「そうみたいだな」


「まずいわよ! 早くここから離れないと攻撃されちゃう!」


「いや、こいつなら大丈夫だ」


「大丈夫って何が!?」


 俺たちの声に反応したのかキラープラントの真ん中の蕾が開いて動き出した。


 開いた蕾は牙の生えた巨大な口になり、地面から棘の生えた蔓を生やしてこちらに伸ばしてくる。


 これが通常の魔物であれば、レントを前に出して距離をとることが正解だ。


 しかし、相手は植物だ。それは俺にとってかなり相性がいい相手だ。


「動くな」


 俺がそう言って、杖を振るうと操作対象となったキラープラントの動きがピタリと止まった。


 キラープラントは自分の身体が一切動かないことがわかったのか、戸惑っているように見える。


「キラープラントの動きが止まった?」


「俺は植物を自在に操ることができる。食人植物だろうとそれは一緒だ」


「……そんなことができるなら早く言ってよ。焦った私がバカみたいじゃない」


 どれだけ強かろうと動くことさえできなければ、脅威でもなんでもない。


 動けなくなってしまったキラープラントを俺とリーディアは観察する。


 綺麗な花に近付いてみると、とても甘い香りが出ていた。


「このピンク色の花から甘い香りを放出して獲物を誘って食べるのか。中々に質が悪い生き物だな」


「個体によっては催眠性のある香りを放出したり、麻痺性のある毒を放出したりするそうよ。他にも棘を突き刺して吸血する植物なんかも」


「それは怖いな」


「まあ、ハシラの前では植物っていう時点で無力だろうけど」


 植物神であるエルフィーラの加護を貰っていてよかった。


 そんな恐ろしい植物たちと遭遇して、人生を終えるなんて考えたくもないからな。


 にしても、甘い香りで誘って動物を捕食する植物か。


 言うなれば、近付いてくる魔物なんかを自動的に食べてくれるというわけだ。


「こいつを畑の傍に植えれば、自動的に動物から守ってくれそうだな」


 豊富な作物があるとわかってか、最近家の周りをうろちょろする獣や魔物が増えてきたんだよな。


 レントに見張らせているので今のところ被害はないが、周りをちょろちょろされると鬱陶しい。それに畑の見張りだけでレントを拘束するのも忍びないと思っていた。


 キラープラントはそんなレントの代わりに畑を守る番人になってもらいたい。


「キラープラントを植えるって本当に言ってるの? 動物と違って、食人植物なのよ? 言う事を聞いてくれるわけないわ」


「そこはなんとか言い聞かせてみたい」


「……うーん、植物を操れるハシラならできる可能性はなくはないだろうけど……」


「まあ、無理だったらその時は諦めるさ」


「ならいいけど」


 そうなったらいいなってだけで無理なら諦めて別の方法を試す。


「どうだ? 俺の住んでいるところにこないか? やってきてくれたら、お前の世話もするぞ?」


 キラープラントにそう語りかけて、俺は成長促進を軽くかけてやる。


 植物にとって成長促進をされるのは、自らを強くする最強の餌のはずだ。


 植物操作を試しに解いてみると、キラープラントはみるみるうちに小さくなって種になった。


 卵のような大きさの黒い種を拾い上げる。


「種になってやったから移せってことかな?」


「こんなことは初めてだからわからないけど、そうなんじゃないかしら?」


 キラープラントがそう口にしたわけではないが、何となくそう言っている気がする。


 俺は新たな仲間になってくれそうなキラープラントの種をポケットに入れた。

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