第15話 ハイエルフのいる朝
しばらく自分のペースで撃ち続けていると、家の方からリーディアがやってきた。
「おはよう、ハシラ」
「……おはよう、リーディア」
まともな人間と挨拶をするのが久し振りだったせいか、ちょっと反応に遅れてしまった。
何気ない言葉であるが、朝からきちんと挨拶を交わせるのは嬉しいものだ。
「ちゃんと眠れたかい?」
「ええ、葉っぱはフカフカだったし、緑鹿の毛皮も暖かかったからぐっすりよ。それにしても、こんなところに射撃場があったのね」
周囲を興味深そうに見渡しながらいるリーディア。
心なしかソワソワとしている気がするが、撃ちたいのだろうか。
そういえば、リーディアの荷物には弓矢があったし。
「よかったら、リーディアも撃ってみる?」
「そうしたいんだけど、私のは弓にヒビが入っちゃってて……」
人の武器なのであまり確認してはいなかったのだが、どうやら戦闘で壊れてしまったようだ。
「俺の弓を使うか? 素人の作ったものでよければだけど」
「いいの? ありがとう!」
やっぱり、撃ちたかったのだろうリーディアが嬉しそうに弓矢を受け取った。
「ちょっと作りは荒いけど綺麗な形をしているわ。これなら十分飛ばせそう」
弓矢をしげしげと眺めると、リーディアはピンと弦を弾いて言った。
一応及第点を貰える程度の完成度はあったようで良かった。
リーディアは流れるような動きで弓を構える。
凛とした横顔はいつもよりも遥かに綺麗に思えた。
俺が見惚れている間にリーディアはすぐに一射を放つ。
俺と違って狙いを定めるような間がほとんどない。
リーディアから放たれた矢は空気を斬り裂いて飛んで、的のほぼ真ん中に突き刺さった。
「ふうん、そういう癖ね……」
リーディアは少し不満そうに呟くと、すぐに二射目を発射した。
そして、それは正真正銘のど真ん中に突き刺さる。
俺と違って正確な上に矢の速度も速い。空気を斬り裂く音がまるで違った。
同じ弓矢を使っているというのにここまで違うものか。間違いなくレントよりも上手い。
「おお、お見事――」
スコッ、スコッ、スココッ!
俺がそんな声を上げる間にリーディアは、息もつかぬ速射をして的の中心に矢を生やしていた。
……なんというか、上手いとかそういう次元を超えている気がする。最後なんて矢を同時に番えて撃っていたし。あれってどうやるんだ。
「すごく弓がお上手なんですね」
「まあ、伊達に長い間使っていないから。弓が得意なエルフならこれくらいのことは簡単にできるわ」
何百年の経験というものを培ったエルフだからこそできる芸当だろうな。
でも、これだけお上手な師匠がいれば、俺の弓も上達する気がする。
別に当てられなくても楽しいとはいったが、当てられる方が楽しいのは確かだ。
俺ももう少し的に当てられるようになりたい。
「リーディア、俺に弓を教えてくれないか? 実はあまり的に当たらなくてな」
「いいわよ。まずはやってみせて」
頼んでみるとあっさりと承諾してくれた。
リーディアから弓を返してもらうと、俺は先程と同じように弓を構える。
離れた的を見据えて矢を放つが、それが的に当たりはしなかった。
「こんな感じなんだ」
「思っていたよりも酷いわね」
リーディアの口からサラリと酷い言葉が漏れた。
わかってはいたが人に言われると案外傷つくものだ。
「具体的には何が?」
「全体的によ。まず、立ち方からなってないじゃない」
リーディアはそう言うと、こちらに近付いてくる。
「まずは立ち方からよ。身体の軸を真っ直ぐにして姿勢をよく」
リーディアに言われて姿勢をよくするが、それでも甘かったらしくて直接矯正される。
「そして、矢を番えるときは肘を伸ばし過ぎずに曲げすぎない」
「こんな感じか?」
「伸ばしすぎ。それにもっと矢を水平にしてちょうだい」
覚えの悪い俺が焦れったいのか後ろに回り込んで、抱き締めるような形で矯正してくるリーディア。
女性特有の甘い香りがしてドキドキする。が、彼女はとても真剣に教えてくれているので集中を切らすのは失礼だ。
リーディアのことはできるだけ意識せず、弓矢の方に意識を向ける。
「そして、そのまま真っ直ぐに指を離して」
リーディアに言われたようにやってみると、なんと矢が的に当たった。
いきなり中心に当たるようなことはないが、十分真ん中に近付いた位置だ。
「……今までで一番撃った手応えがあった気がする」
矢を放った時の感触や、空気を斬り裂く音がまったく違った。
「さっきまでの撃ち方は歪だったからね。今の姿勢を意識しながら練習すれば、当たるようになるはずよ」
「おお、ありがとう!」
リーディアに教えてもらった方法でやれば、弓矢の精度も上がるような気がする。
足幅の広さ、身体の向き、軸を安定させてと教えてもらったことを反芻しながら、矢を射かけてみる。
しかし、矢は的の斜め上を通過してしまった。
「さすがにすぐに上手くはできないか」
「身体の方に意識がいって、矢が水平になってなかったわね」
身体だけじゃなく、矢の方にも気を遣わないといけない。両方きちんと意識をして射かけるのは中々難しい。
俺が苦戦している間に、少し離れたところではレントが矢を射かけていた。
リーディアのアドバイスを聞いていたのか、フォームがしっかりとしている。
「ガイアノート……じゃなくて、レントもやっているのね。しかも、ハシラより上手いじゃない」
くっ、レント。お前はまたしても俺よりも先の領域にいってしまうのか。
競う気はないとはいえ、身近な者が早く上達されると悔しいものだ。
◆
「ねえ、ハシラ。少し外を案内してくれない?」
朝の日課を終えて、朝食を食べ終わるとリーディアが言った。
この場合は外というのは、家の周りではなく樹海のことだろう。
「いいけどどうして?」
「私、この樹海に入ってすぐに魔物に襲われて、ロクに景色も見ることもできていなかったから。でも、レントやハシラがいれば安全そうだし」
この樹海ってそんなすぐに襲われるほど危険だっただろうか。
色々な魔物はいるが、そんな風に襲われなかった気がする。それもこれもガイアノートであるレントがいるお陰だろうか。
正直、一日休んだだけなのでリーディアには安静にしていてほしいが、このハイエルフがジッとできるタイプではないのは十分にわかっていた。
別に俺自身は強いわけではないと思うが、レントがいれば安全なのは間違いない。
仮にレントでも敵わないような相手がいても、俺の力は樹海と相性がいいので逃げることくらいはできるだろう。
「わかった。それじゃあ、樹海に行こうか」
「さすが、ハシラ! 話が早くて助かるわ」
樹海を散策できるからかリーディアが嬉しそうに言う。
「今朝貸してもらった弓矢を借りていい?」
「いいけどあまり無茶はしないようにな。昨日までは怪我人だったんだから」
さすがに自衛のために武器は必要だと思うが、リーディアのはしゃぎ方を見ると小物くらいは狩ってやろうという気概が丸わかりだった。
「わ、わかってるわ。ほら、早く行きましょう!」
釘を刺しておくと、リーディアは誤魔化すように外に出た。
まあ、少し身体を動かすくらいなら構わないが無理をするなら俺が拘束するか、レントに連行してもらうことにしよう。
いつもと違って想像しい出発であるが、こういうのも悪くない。
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