第9話 薬草採取

 翌朝、一晩寝かせておいた燻製肉を食べることにした。


「おお、ちゃんと熱が通っているな」


 モモ肉はしっかりと乾燥されており、ナイフでスライスしてみると中までしっかりと熱が通って茶色くなっていた。


 寝かせておいたからか煙臭さのようなものもない。


 部位ごとにスライスしてオリゴオイルで軽く焼いていく。


 ジューシーな肉汁があふれ、燻製の香りが実に食欲をそそられる。


 肉を焼き上げるとお皿に盛り付け、アオノコとトビヒゴを添えると完成だ。     


 レントの分の水を用意すると、食事の時間となる。


 スライスしたモモ肉を食べると、口の中で肉汁が広がった。


「おお、燻製の風味だ!」


 しっかりと燻されて肉に燻製の味がする。


 だけど、なんだろう。この物足りなさは……ちゃんと燻製の風味はしているのだが足りない感じがする。


「やっぱり調味料か……」


 塩がないので今回は塩漬けと風乾の工程をすっ飛ばした。


 本来ならば味付けと殺菌のために塩を揉み込むのであるが、それがない故に省略したのだ。


 結果として生み出されたのが燻製の味こそするものの、どこかパンチの足りない肉なのである。


「やっぱり塩が欲しいなー」


 この樹海のどこかに岩塩とかないだろうか。


 塩さえあれば燻製肉として完成した味になるだろうし、塩焼きや塩漬け肉もできるというのに。


 たった一つの調味料がないだけで生活がここまで不便するとは思わなかったな。


 そういう意味では食べ物に満ち溢れていた前世は、幸せな世界だったのかもしれないな、


 まあ、それだけ苦労する世の中ではあったのだけど。


 おっと、昔のことを思い出しても仕方がない。


 パンチが少し足りないとはいえ、立派な燻製肉ができたのだ。オリーブオイル焼き以外のバリエーションの誕生だ。


 これはこれで十分に美味しいし、肉料理の幅が一つ広がったことを今は喜ぶべきだな。




 朝食を食べ終わった俺は、食料を採取するためにレントと樹海に行くことにした。


 初日に採取したアオノコやトビヒゴを朝食で使い切ってしまい、グラベリンゴやピンクチェリーもなくなってしまった。


 畑で育てている作物はあるのだが、まだ収穫するのは早いので樹海での食料調達だ。


 この樹海は食べ物の種類もかなり豊富だから、探せば食べられるものがたくさんあるはずだ。


 今日はこれまで探索に出ていた湖のある南側には向かわず、反対の北側に向かってみることにした。


 まだこの辺りの地形には不慣れなので家からできるだけ真っすぐに歩き、木々をナイフで切り付けて目印をつけておく。


 しばらく歩くと見慣れない植物が見えた。


 蕾のようにふっくらと膨らんだ木の実が生っているのだ。


 それは緑色の皮に包まれており、中に何があるかはわからない。


 綿か何かでも詰まっているのだろうか?




【モチモチの実】

 この樹海に生息している木の実。包まれている皮の中にはモッチリとした実が詰まっている。一部地域ではパンに代わる主食として食べられることもある。



 近寄ってみてみると知識の中からすっと情報が出てきた。


「パンに代わる主食!?」


 その情報に思わず驚愕の声が漏れる。


 ご飯や麦などの穀物類のようなものは当分食べることができないだろうと思っていたが、思わぬところで代わりとなるものを見つけてしまった。


 どうやらこの実の中にはモチモチとした実が入っているよう。


 おかずだけで物足りない食事に主食という大きな満足感が加入するのだ。嬉しくないはずがない。


 早速俺はモチモチの実に近づいて、蕾のような皮をめくってみる。


 中には大きな白いモチのようなものが入っていた。手で突いてみると程よい弾力のようなものがある。


 それを手で引っ張ると少しの抵抗の後に千切れた。


 お餅のような弾力や硬さではなく、どちらかというとナンに近いような感触だ。


 試しに食べてみると口の中でムチッとした弾力が広がる。


「味は米粉パンみたいな感じかな?」


 たとえるならそんな表現がぴったりだ。ほのかに米のような甘味はする。


 焼いて食べてみても十分に美味しいかもしれない。家にはヨモギもあるし、練り込んで食べてみよう。


 夢中になって食べ進めるとあっという間に食べ終わった。


 手の平には少し大きめの種が三つ残っている。この黒い種が膨らんで成長するのだろう。


「山菜と違って満腹感があるのがいいな」


 このお腹にしっかりと貯まる感覚が心地いい。やはり、主食があると満足感が違うな。


「これは多めに採取しよう。それに苗もだ。家の前の畑でも育てたいし」


 採取だけでなく、畑で育てられるようにしたいので苗も確保する。


 いつもと同じようにモチモチの実を引っこ抜いて、植木鉢に保存。


 レントの背負っている籠にそれを入れていく。


 主食なのでいくらあっても余ることはないだろうな。


 新しく耕したところをモチモチの実専用の畑にしてもいいかもしれないな。今後のことを考えてもう少し広くしておこうかな。




 ◆




 北側の樹海は南側に比べて群生している雑草が多い。


 場所によっては雑草だらけで地面が見えないところも多い。


 そんな歩くのも大変な場所であるが、たまに注視すると思わぬものが見つかる。




【オトキリクサ】

 日当たりのよい場所に生える多年草。傷の出血や晴れを抑える効果がある。


【イタンドリン】

 根が抗菌、鎮咳、利尿などに効き、若芽を揉んで傷薬に使える。

 食用の山菜でもあり、葉や茎は食べられる。


【シャッカク】

 筋肉の緊張緩和、腹痛、下痢などに効果がある。



 ただの雑草に紛れて、薬草になるものも群生しているのだ。


 こちらの世界で病気にかかったり、怪我をしてしまう可能性も当然ある。


 この樹海に医者がいるはずもないので、自分で治せるものは自分で治す必要がある。


 幸いにして植物神の加護のお陰で薬の調合方法もわかるので、積極的に作っていくべきだろう。


「んん? なんか懐かしい匂いがするな」


 オトキリクサなどを採取していると、ふと鼻につく独特な匂いがした。


 その匂いをたどってみると見覚えのある薬草が生えていた。



【ドクダミ】

 生の葉に独特の匂いがし抗菌成分を含む。化膿性も腫れ物や蓄膿症、中耳炎などに効く。また毛細血管を強化し、利尿作用による便秘改善なども。外用すると吹出物などに効く。



 毒を矯める(正しく直す)ということからドクダミと呼ばれる多年草だ。


 前世でも至るところで生えており、その独特な匂いから随分と印象に残っている。


 友人の庭先にたくさん生えて困っていたのを、婆ちゃんが沸騰したお湯で見事に枯らしたのは懐かしい思い出だ。


 どうやらこちらの世界でも同じような植物が自生しているようだ。


「この匂いが懐かしくもあるけど、相変わらず鼻につくな」


 嫌われがちである植物であるが、地味に多くの効能があって十薬と呼ばれていたな。


 匂いは気になるが、薬などがない今とあっては非常に心強い。


 勿論、こちらも採取して栽培できるように移植したいところであるが、そんなにすぐに持って帰っても育てる場所がないからな。


 ひとまず必要最低限の分だけ採取して、後日改めて移植作業を行うようにしよう。


 これは薬草専門の畑を作る必要があるな。


 それにしても反対側に思い切って探索しにきてよかった。お陰で主食になるモチモチの実を見つけられたし、たくさんの薬草を見つけることができた。


 もっともっと自分の生活を豊かにできるように頑張ろう。そのための一歩としてまた畑を増やさないとな。


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