第7話  移植

日が暮れる前に家に戻ることができた俺とゴーレムは、鹿の解体にとりかかる。


 が、家の中に解体できるスペースがないので、急遽外に解体小屋を作ることにした。


 家にスペース自体はあるのだが、やはり解体する場所は分けた方がいいしな。家の中が血生臭くなると困る。


 そんなわけで家の裏に木を生やして小屋を作った。


 内部には獲物を置きやすいように大きな台などが置かれており、十分に動き回れるスペースがある。


 解体は結構な力仕事でもあるのでゴーレムが入って作業ができるようにしたのだ。


 畑を耕した時からわかるようにゴーレムは単純作業が得意みたいだしな。


 俺じゃなくてもできることはゴーレムにもやってもらいたい。


「獲物を台の上に置いてくれ」


 そう言うと、ゴーレムは肩にかついでいた緑色の鹿を台の上に置いた。


 内臓などは昨日の段階で抜いているので、後は毛皮を剥いで解体するだけだ。


 本当は内臓も食べられるのだろうが、鹿と似たような生き物とはいえ見たことのない生き物の内臓は怖かったので遠慮した。


 まあ、内臓がなくても食べられる部分はたくさんあるのでいいだろう。


 俺は杖をナイフにしてゴーレムに手渡す。


 そして、近所のおじさんに教えてもらった言葉を思い出しながらゴーレムに剥ぎ方を教えてみる。すると、ゴーレムは教えた通りにナイフを入れてくれて、あっという間に毛皮を剥いでくれた。


「おお、筋がいいな」


 なんというかナイフを動かす手に迷いがなかったな。


 おじさんに教えてもらった俺よりも遥かに上手い。


 ナイフの切れ味がいいのもあるが、これだけ大きな獲物から軽々と剥ぎ取れるのはゴーレムの力があってこそだろう。


 うん、やっぱりこういう作業は俺がやるよりもゴーレムにやってもらった方がいいな。


 別にゴーレムの方が剥ぐのが上手かったからビビッているわけではない。適材適所だ。


 毛皮を剥ぐと次は部位別の解体だ。


 見たところ身体の構造は鹿とほとんど変わらないようだ。


 こちらもゴーレムに解体の仕方を説明すると、あっさりとナイフを通して解体してくれた。


 ゴーレムもすごいけどこれだけの血脂を浴びながら、切れ味が一切落ちないナイフもすごいな。


 普通なら沸騰したお湯につけて脂を落としながらやるものだけど、その必要が全くなかった。


 肉の解体が終わると、それぞれの肉を部位別に葉に包んでおく。


 樹海で見つけた植物の葉で、笹の葉のように防腐効果あるのだ。普通の葉で包んでおくよりもいいだろう。


 肉を包んだら冷蔵庫に入れて保存したいところであるが、当然家電などないのでそんなことは不可能だ。


 せめてもの抵抗として家の中の日陰に置いておく。


「地下貯蔵庫がほしいな」


 このままだとすぐに傷んでしまうのでナイフをスコップに変形させ、ゴーレムに地下貯蔵庫を掘ってもらうことにした。


 地中の温度が下がるのを利用すれば、氷室とまではいかないが家に置いておくよりもマシなはずだ。


 ゴーレムが土を掘っていく。


「おお、すごい速さだ」


 この速度なら日が暮れる前までに立派な貯蔵庫ができそうだな。


 ゴーレムに貯蔵庫を作るのを任せた俺は、畑に移動して採取した山菜や木の実の苗を植えることにした。植木鉢から土を取り出して丁寧に移植する。


 そして、前回と同じように加護の力を使って成長の促進をさせる。


 ウド、ウルイ、フキ、コゴミ、ゼンマイ、オリゴの実。


 今日だけで六種類もの作物が増えた。


 グラベリンゴやピンクチェリーを合わせれば八種類になる。


「この畑も結構手狭になってきたな」


 空いているスペースの多かった畑であるが、もう手狭になってきた印象だ。


 樹海を探索すれば、もっと他にも色々な作物があるだろうし今後のために拡張をした方がいいかもしれないな。




 ◆




 ゴーレムが地下貯蔵庫を作って、そこに解体した肉を運び込んでいると日が暮れてきた。


 家の中に入った俺は、昨日と同じように囲炉裏の炎をゴーレムにつけてもらった。


 火がメラメラと燃え上がると、ゴーレムはまたもや怯えて離れた。


 一日や二日では恐怖心がとれないらしい。時間が経過すれば火への怯えも薄くなってくれるのだろうか。


 自分で作り出した木材を薪としてくべて火を安定させると、今日作りあげた鍋に水を入れて火にかけてみる。


 石でできているお陰か燃え上がるようなことはない。


 鉄製のフライパンなどに比べると、熱の伝動は悪いようだがきちんと水も沸騰させることができた。


 そこに昨日採取したアオノコやトビヒゴなんかを入れていく。


 湯がいて水で冷やしたものを食べてみる。


 アオノコは上品な甘味のするタケノコみたいな味だ。コリコリとした食感が楽しく、たいして味付けをしなくても十分に美味しい。


 トビヒゴは独特な香りと苦みがある。だけど、それが妙に癖になったいくつも食べたくなるが、食べ過ぎると下痢になるみたいなのでほどほどにしておく。


 さて、山菜が出来上がるとメインである鹿の肉だ。


 今日採取した山菜をふんだんに使って、オリゴオイルで素揚げもいいがそれは明日だ。


 今はなによりも肉が食べたい。


 だが、そのまま前に油の準備だ。


 台所に移動すると、台の上にオリゴの実を置く。


 通常はハンマーで叩き、出てきたオイルを布でこすものなのであるが今はちょうどいい布がない。あるとしたら俺の服くらいだ。


 さすがに一張羅を破くわけにもいかないので、ここは大雑把にいくとしよう。


 木製のボウルを作って、その上でオリゴの実を握り込む。


 ……うん、無理だ。ハンマーで叩くことを推奨しているだけあって中々の皮の硬さだ。


 こういう時は相棒の出番だ。


「オリゴの実を握り潰してくれ」


 手渡すと、ゴーレムはいとも簡単にオリゴを握り潰した。


 オリゴの実から大量の油が出てくる。そのまま目いっぱい絞ってもらうと、ボウルの中に十分な量の油が入っていた。


 オリゴの実の割れた皮も入ってしまっているが、それは俺が丹念に取り除く。


 小さな皮の破片が残っているが、それくらい気にならないだろう。


 囲炉裏に戻って、鍋の代わりにフライパンを熱し、そこにオリゴオイルを垂らす。


 オイルが熱せられ、オリーブオイルのようなまろやかな香りが漂った。


 鹿肉の背ロースを適当な大きさにスライスして、フライパンの上に載せる。


 すると、ジューッと油の弾ける音が響いた。


「いい音だな」


 家の中が静かなせいかよく音が響く。


 広い家の中で一人焼き肉。寂しいと思うかもしれないが、静かに肉の音を楽しむのもいいものだ。


 ゴーレムもいるけど二日間様子を見たところ食料は食べないみたいだしな。


 ゴーレムはずっと食料なしでも大丈夫なんだろうか。それとも植物みたいに光や水があれば生きられるのだろうか。


 そんなことを考えていると肉の片面に火が通ったようなので裏返す。


 少し焦げている部分があるな。ガスコンロのように火を調整できるわけではないので、火加減が難しいな。


 火の大きさや形、色を見ながらフライパンを動かして火力の調整をしてみる。


 すると、裏側はまんべんなく火が通ったようで焦げなかった。


 焼きあがったロースを作った木皿に載せる。そして、アオノコやトビヒゴも添えてみた。


「よし、鹿肉のオリゴオイル焼きの完成だ」


 やはり山菜があると彩りができるな。美味しい料理は見た目からだ。


 早速切り分けて食べたいのだが、ゴーレムにジッと見つめられる中では食べづらいな。


「水、飲むか?」


 試しに水筒の水をコップに入れて差し出すと、ゴーレムはそれを取って飲み始めた。


 おお、やはり植物の身体をしているだけあって水は飲むらしい。


 ゴーレムは水を飲んでいるだけだが、それでも近くにいると一緒に食事をしている気分になった。


「俺も食べるか」


 作り上げたナイフとフォークで肉を食べやすい大きさに切り分ける。


 神具を変形させたナイフではないからか、少し切れ味が悪かったが何とか切り分けられた。


 そして、待ちに待った肉を口の中に運ぶ。


 オリゴオイルがしっかりと絡んだ肉は、とても力強い味だった。


 少し獣っぽい感じがするが、余計な味付けがないからか肉の甘味を感じることができる。


「十分美味しいけど、やっぱり塩胡椒が欲しいところだな」


 前世の味付けされた肉に比べると、少し物足りなく感じてしまう。


 だけど、いきなりそれを求めるのは贅沢というものだ。


 大きな鹿を狩ってきたお陰か肉が食べ放題なんだ。今は目の前にある肉を楽しもう。


 俺はまた肉を一切れ食べ、次の肉をフライパンに入れた。


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