第6話 オリゴの実
畑を作り上げた俺は、さらに育てられる作物を増やすべく、ゴーレムを連れて樹海に足を運んだ。
今の季節は春ごろなのか、気温はポカポカとしていて暖かい。
呼吸をすると青々とした葉っぱの匂いや土の匂い、木々の優しい香りがした。
時折吹き付ける風が肌を柔らかく撫で、枝葉を揺らしてサーッと音を立てている。
遠くで野鳥が鳴く声が聞こえるだけで、無意味な音は存在しない。
そんなゆったりとした樹海を俺とゴーレムはゆっくりと進んでいく。
今日は一人ではなく、心強いゴーレムがいるので木籠を背負ってもらっている。
自分だと荷物の重さを気にする必要があるが、ゴーレムならそれほど気にしなくてもいいので気楽だ。獣や魔物の警戒だってやってくれているし。
昨日よりも遥かに余裕のある気分で採取に専念できるというものだ。
「おお? これはヨモギじゃないか?」
ふと足元に視線をやると、見覚えのある草を見つけた。
前世では、あらゆる日当たりの良い場所で自生していた雑草だ。
多年草で一年中、自生していることが多い。
ヨモギは食べる、飲む、つける、香りをかぐなどと万能薬だ。ヨモギ独特の清涼感のある爽やかな香りはリラックス効果もあり、肌にもいいと言う。
比較的使い勝手のいい野草なので苗ごと採取することにしよう。
ただ水を飲むだけというのも味気ないので、ヨモギ茶にして飲みたい。
群生しているヨモギの中から生き生きとしているものを選ぶ。
杖を振るって出てくるようにと念じると、ヨモギがひとりでに根からニュッと出てきた。
乾燥させると弱ってしまうので樹木で植木鉢を作る。
そこに土を入れて、採取したヨモギを植えて軽く水をかけてやる。
これでしばらくは乾燥することなく持ち運ぶことができるだろう。
それをいくつも作ってゴーレムの背負い籠に入れる。
植木鉢がある分、ちょっと重いかもしれないがゴーレムならこれくらい何とでもないようだ。
そうやって同じように樹海の中にある野草を見つけては、苗ごと引っこ抜いて、植木鉢に移植していく。
ウド、ウルイ、フキ、コゴミ、ゼンマイなどと前世でお馴染みのものもたくさんあった。
特にコゴミやゼンマイはしばらく株を増やすことを優先した方がいいのだが、成長の力を使えばすぐに増えるだろうな。
これで山菜畑を作ることができそうだ。
樹海に入れば豊富にあって、いつでも採れるものだが育てる楽しさは別だからな。
「だけど、こうも山菜ばかりだとなぁ。調味料になるものが欲しい」
大体は煮込んでアクをとって、お浸しにしてやれば食べることはできる。
だけど、調味料がなにひとつとして存在しないというのが悲しい。
塩をつけて食べたり、醤油漬けにすることができないなんて。
せめて、油でもあれば山菜を素揚げにして食べることができるのに。
「ん? どうした?」
なんて悩んでいると、ゴーレムが俺の肩をつついた。
そちらを見ると、ゴーレムが近くの植物を指さしていた。
アボカドのような形をした淡い緑色の木の実がついている。
【オリゴの実】
硬い皮の中には天然の油が入っており、とても良質。
「おお、すごい! オリーブみたいなのものか!」
どうやらこの木の実の中には植物性の油が入っているらしく、天然の油がとれるらしい。
素晴らしい、これを使えば山菜を素揚げにして食べることができる。
欲をいえば、天ぷらにしたいが小麦粉といったものがないので仕方があるまい。
調味料なしのお浸しからかなりの前進だ。これは嬉しい。
オリゴの実も勿論採取して苗を移植だ。オリゴ畑を作るんだ。
油は人間にとって必要な栄養素でもあるしな。きちんと摂取しておかないと。
◆
山菜や木の実を採取しながら進み、鹿を沈めた川の辺りまでやってくる。
すると、道中に大きな石があることに気付いた。
「この石を加工すれば鍋が作れるかもしれない」
うちの家には料理をするためのフライパンや鍋がない。そのせいで昨日は採取した山菜を食べることができないという屈辱を味わわされた。
我が家において調理器具を揃えることは最重要課題なので、俺はこの石を切り出して作ることに決めた。
通常の人間ならこのように大きな石を切り出すなんて不可能であるが、俺にはエルフィーラから貰った神具がある。
杖をナイフに変化させて、試しに切り付けてみる。
すると、木製のナイフはあっさりと刃が入った。まるで、豆腐を切っているかのような柔らかい感触。
「……相変わらずの切れ味だな。まさか石すら容易に切れるとは」
苦笑いをしながら、そのまま石を切り出した。
そこから大雑把にフライパンの形になるように成形。
ナイフは石だろうと綺麗にくり抜いてくれるので簡単にそれらしいものになった。
だけど、ナイフだけで成形したからか少し歪だ。
ヤスリのようなもので削って形を整えたいと念じたら、ナイフはヤスリに早変わり。
ゴリゴリと凹凸を削って、綺麗な形をしたフライパンが出来上がった。
それが終わると、次も同じように石を切り出して鍋を完成させた。
「よし、これで料理ができる!」
昨日はお湯を作ることも満足にできなかった。
しかし、石材で作ったフライパンと鍋があれば、お湯を作ることもできるし、炒めることができる。貧相なうちの食事文明に大きな革命をもたらしてくれるだろう。
「今日の晩御飯は焼き肉だな」
生憎と塩胡椒はないが、オリーブオイルならぬオリゴオイルで焼き上げることができる。
今日の夕食が非常に楽しみになるな。
調理器具を作っていると結構な時間が経過していたのか、太陽が結構傾いていた。
予備やコップなど他にも作りたいものはあるが、作っていたら日が暮れそうだ。
これ以上作るのはやめて切り出した石材を持って帰ることにしよう。
そうすれば家での暇つぶしにもなるしな。
石材をナイフで切り出してゴーレムの背負い籠に入れる。
「そろそろ獲物を引き上げて帰るか」
昨日、偶然遭遇して仕留めることができた緑色の鹿。丸一日程度浸けておいたので十分血も抜けていることだろう。
大きな石の傍を離れて川沿いに歩いていくと、俺が生やした樹木がすぐに見えた。
それを退けると中には水にしっかりと浸っていた鹿が横たわっている。
よかった。特に獣や魔物にちょっかいをかけられた様子はないな。
こうして近くで見ると中々の大きさだな。俺の身体よりも遥かに大きい。
身体についている汚れや足の裏を丹念に水で洗う。持って帰った時に水で洗うのも面倒だからな。ここで済ませてしまった方が早い。
「これ持てるか?」
端的にゴーレムに尋ねると、あっさりと鹿を持ち上げて肩にかけた。
「おお、さすが!」
水を吸っていることもあってかなり重いと思うのだが、ゴーレムにとってこれくらい何とでもないらしい。背負い籠もあるというのに身体がぶれることは全くない。
よかった。俺一人だと運ぶことができなくて、ここで解体して必要な分だけ持ち帰るハメになっていただろうな。
季節の巡りがあるのかは不明だが、これからを考えると毛皮だって欲しい。
素材を余すことなく持ち帰れるのは非常に助かる。
「よし、家に帰るか」
今日やるべきことを達成した俺は、湖で水を汲んでから帰った。
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