第5話 成長促進

「んん? 実家?」


 明るさに目を覚ますと、懐かしい天井が視界に入った。


 が、身動ぎすることで葉音が鳴ったこと、葉っぱの匂いがしたことで現実に戻った。


「そうだった。俺は異世界に転移したんだったな」


 ここは現代日本にある実家ではない。異世界の樹海の中にある自分の家だ。


「うおっ!? びっくりした!」


 思い出してむくりと起き上がると、目の前でゴーレムが三角座りをしていてビビった。


 大きな身体を折りたたんで木造ゴーレムがちょこんと座っている姿はとてもシュールだ。


 そうだ。コイツはつい昨日俺が作ったんだった。


「……お前、ずっとここで待機していたのか?」


 答えは返ってこないが、この部屋で座っていた様子からそうなのだろう。


 木造ゴーレムだからか食料や水分、睡眠も必要としないのだろうか。


 そうだとすると、このゴーレムは非常に頼もしい相棒だ。


「とりあえず、近くにいるなら楽にしてていいよ」


 俺がそう言うと、ゴーレムは離れたところに立った。


 火は消えているというのに囲炉裏の近くに座るのはまだ怖いようだ。


 俺よりも大きいし力もある。その上疲れることがないときた。


 樹海で新たな生活をおくる上でこの上ないほど心強い。


 ゆるりとした生活を送りたいとはいえ、ずっと孤独でいるのは寂しいからな。


 喋れはしないものの俺の言葉は理解しているし、微かな意思もあるようだしな。


 ゴーレムがいれば、当分の間はたった一人でも寂しくないだろう。


 葉っぱのベッドから起き上がった俺は両手を上に突き上げて伸びをする。


 すると、縮こまっていた筋肉がグッと伸びて気持ちがいい。


 葉っぱのベッドはクッション性こそあるものの、シーツも何も被せていないせいかチクチクする。それにちょっと葉っぱ臭い。


 とはいえ、床で眠るよりは大分楽だろうし、当分は葉っぱのベッドにお世話になるだろうな。


 散らばった葉っぱをかき集めて端に寄せると、昨日の残りであるグラベリンゴ、ピンクチェリーを食べ、アマグキを齧った。


 美味しい果物とはいえ、三回連続で食べると少し飽きがくる。だけど、生活が安定するまではそのような文句は言ってられないな。


 朝食を食べ終わった俺は行動へと移す。


 今日の分の食料を確保したり、鹿を引き上げたり、鍋を作ったりとやることはたくさんあるが、まずは作物を育てる力を確認してみたい。


 ちょうど手の平の中には食べ終わったばかりのグラベリンゴの種とピンクチェリーの種がある。これを畑に植えれば、加護の力で育てることが恐らくできるだろう。


 作物が作れるならば一刻も早く育てておきたい。


 家の外に出た俺は少し離れた場所に移動する。


 鍬になるように念じると、手に持っていた杖が鍬に変化した。


 完全に木製であるが試しに振ってみると、あっさりと土を掘り返すことができた。


 やはり、これは優秀だな。並の鉄器よりも遥かに高性能だ。


 鍬があるので早速と耕していきたいところであるが、このまま自由に作業すれば歪な畑になりそうだ。


「まずはお試しでこれくらいの範囲かな?」


 五メートル×五メートルになるように樹木を生やして目印を作る。


 この範囲をはみ出さず、目印に向かって耕せば畝が斜めになるようなことはない。


 育てる作物の種が少なくて余ってしまうかもしれないが、これから樹海で育てられそうなものを片っ端から採取するので問題はないだろう。


 作物が増え、余裕があれば拡張してしまえばいい。


 早速、鍬を使って地面を掘り越していく。それはもうサクサクと掘り起こせるので気持ち悪いくらいだ。


 でも、懐かしい。子供の頃にも手伝い程度であるが、爺ちゃんの畑を手伝ったな。


 その時の鍬はもっと重くて、取り回しづらかったけど。


 こういう一人作業は結構好きだ。余計なことを考えなくていいし無心になれる。


 しばらくそうやって土を耕していると、ゴーレムがジッと見守っているのが見えた。


「手伝ってくれるかい?」


 周囲を警戒してくれるのもありがたいが、どうせなら手伝ってくれるとありがたい。


 樹木を生やして木製の鍬を作り出して渡す。


 すると、ゴーレムは鍬を振って地面を耕し始めた。


 俺の鍬のような性能はないみたいだが、有り余る膂力のお陰で問題なく耕しているようだ。


 というか、ゴーレムは疲労を覚えることもなさそうなので俺の方が遅い気がする。


 一列しか耕していないとかになったら、非常に情けないので俺は気合を入れて速度を上げた。




 ◆




「ふう、なんとかできた」


 太陽が中天に昇る頃になると、五メートル×五メートルの範囲に見事な畝が出来上がっていた。


 整然と盛り上がった畝を見ると、中々に気持ちがいい。


「我ながら短時間でよくここまで仕上げられたものだな」


 大仕事をやり切ったかのように爽やかな笑顔で言うと、ゴーレムからジトッとしたような視線を感じた。


「嘘です。俺は一列ちょっとしか耕せませんでした」


 この畝のほとんどはゴーレムがやったものだ。


 最初は力任せで不器用だった癖に、俺の振り方を見てあっという間に学習したんだよな。そうなると無尽蔵な体力を持つゴーレムに敵うわけもなかった。


 だって、疲労を感じずノンストップ作業なんだ。ただの人間である俺が敵うはずがないだろう。向こうは重機でこっちは人力のようなものだ。


 鍬をさらに生成し、蔓で持つことによって抵抗すればよかっただろうか。


 でも、久し振りの農作業だったのだ。自分自身の手でやりたかったのだ。


 結果としてはほとんどをゴーレムにやってもらうことになってしまったけど。


 まあ、ひとまず畝ができたのはいいことだ。


 俺は早速グラベリンゴとピンクチェリーの種をゴーレムと一緒に植えていく。


 小さな種を植えるのは難しいのかゴーレムがやけに苦戦しているのが微笑ましかった。


 種を植え終わると軽く水をかけてやり、畝に手をかざして育てと念じる。


 畝が淡い翡翠色の光に包まれ、瞬く間に土から枝葉が出てきた。


「おお! もう枝葉が出てきた!」


 豊穣を司る植物神の加護だけあってか、一瞬で成長させることができた。


 このまま成長していけば、樹海にあったものと同じようなサイズになりそうだ。


 でも、それは管理が大変そうなので、しっかりと剪定をしてコンパクトなものになってもらおう。


 大きなものはもう少し余裕が出てからだ。


 このまま力を使えば、一気に成長して収穫までできるらしいのだが、無理をさせると土地が枯れてしまうと知識が告げていた。


 それを避けて急成長させる方法もあるのだが、それは今度でいいだろう。


 土地の栄養を枯渇させないように、少しずつ力を使って育てていくのが一番いいみたいだ。


 通常なら果物を育てるならば何年という時間がかかるだろうが、加護の力があれば一気に短縮することができそうだな。


 収穫できる時が楽しみだ。


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