第4話 木造ゴーレム
下処理をした鹿は、湖から少し離れた場所にある小川に浸けておくことにした。
こうすることでしっかりと血管から血が排出されて、しっかりと血抜きができるのだ。
蔓で囲って水に流されず、肉食獣なんかにちょっかいをかけられないようにした。
そうやって鹿の処理を終わらせると、すっかりと日が傾いていた。
青い空を茜色が塗りつぶそうとしている。
夕日が差し込んできて樹海を照らす光景は中々に綺麗であるが、今はのんびりとしている場合じゃない。
木に印をつけているので道に迷うことはないが、いきなり夜の樹海を歩きたくはない。
俺は木籠を背負って足早に自分の作った家に戻った。
採取をすることなく真っ直ぐに歩いて帰ると、予想通り十五分程度で家につくことができた。
樹海の中に佇む家を見つけると、なんだかんだとホッとする。
玄関でしっかりと土を落として、家の中に入る。
しかし、日の光がなくなってきたせいか家の中は真っ暗に近い。
「そうだ! 火をつけないと!」
ここは樹海の中だ。水道やガスも通っていなければ電気も通っていない。
ボタン一つで便利な光がついたりはしない。
火をつけなければ真っ暗な状態で過ごすはめになる。
俺は真っ先に囲炉裏部屋へと移動して火をつけることにした。
木材百%の家で火を使うのはかなり怖いが、それでも灯り無しで過ごすよりはマシだ。
囲炉裏の部分は木材だと燃え移ってしまうので、そこだけは大きめにくり抜く。
そして、外に出て神具をスコップへと変形させて土を採取。
囲炉裏のところに採取した土を敷き詰めた。
本当は灰を敷き詰めるのがいいのだろうが、何も燃やすことができていないので灰はない。応急処置だ。
ひとまず周りに燃え移らなければそれでいい。炎が大きくなった時は土をかければいい。
そうこうして囲炉裏の準備をしている内に、夕日もすっかりと落ちそうになっている。
俺は火起こしのために棒と土台を生み出し、ナイフで成形していく。
しっかりと乾燥しているようで、これならば摩擦で熱を生み出せそうだ。
爺ちゃんが昔見せてくれた火起こし方法を今こそ試す時だ。
確か爺ちゃんは土台となる木材にくぼみを作っていたな。こうすることで棒の先端の摩擦がしっかりと伝わりやすくなるのだとか。
下には火の受け皿として葉っぱを敷いてやる。
後はくぼみのところでしっかりと棒を摩擦させるだけ。
両手を擦り合わせながら上半身を真っ直ぐ下に落としつつ摩擦する。
棒が摩擦できない位置まで下がったら、素早く上に手を戻して摩擦温度が下がる前にまた回転を再開させる。
これをひたすら繰り返すことで炭化した木屑が排出され、火種がつくはず。
……はずなのだが一向に炭化した木屑が出ない。
一所懸命に棒を回転させるが木屑が少し出るだけで黒に変わることもないし、煙も立ち上りはしない。
室内が暗くなっていくこともあって大いに焦る。
爺ちゃんはあんなに簡単そうにやっていたというのに。
もしかしたら、俺のやり方が悪いのかもしれない。
慣れていないせいか回転にムラがあるし、土台がガタガタして揺れてしまう。
そのせいでしっかりと回転が伝わっていないのかもしれない。
俺の代わりに誰か棒を回してくれる相棒がほしい。
そう思うと、自分の中の感覚で人手を増やせるとわかった。
感覚に従って木を生やしていくと、あっという間に木造ゴーレムが出来上がった。
木やコケで形成された力強い体。体格はとてもよく身長が二メートル近くある。
暗い室内で成形されたゴーレムはなんだか怖いが、ゴーレムはこちらに害意を向けることはない。
「えっと、この棒を回して火を起こしてくれる?」
俺がそう頼むと、ゴーレムは棒を手に取って両手で擦り合わせ始めた。
すると、シュルシュルシュルと見事な回転音を立てて棒が回転した。
あまりの回転の速さに驚く。俺が棒を回転させていたときは、もっと情けない軽い音が出ていた気がする。
やはり、回し方がダメだったのだろうか。
何はともあれ、このゴーレムの力ならあっという間に火種ができそうだ。
土台を抑えることに専念しているとドンドンと炭屑が排出されて煙が出てきた。
「おお!」
赤熱した火種はまわりにある木屑に吸着していく。
俺は急いで土台は外し、木屑や葉っぱで覆って息を吹きかけ酸素を送り込む。
十分な酸素が供給されたからか、火種は一気に大きくなって木屑を燃やした。
囲炉裏の中心に生み出した木材を組んで、出来上がった火を設置。
そこに小さな枝や木屑なんかを投入すると、たちまち火は大きくなって安定した。
室内が一気に明るくなって思わずホッとする。
「ふう、これで何とか灯りは確保できた――って、何か遠くないか?」
気が付けば俺の生み出したゴーレムが距離を取っていた。
囲炉裏部屋と台所を阻むように立たれると落ち着かない。それに火の光のせいか陰影ができて妙な迫力を醸し出している。
「火が怖いのか?」
木造ゴーレムなので喋りはしないが、なんとなく肯定しているような気がした。
やはり木でできているだけあって火が苦手なのだろう。
動物的な行動をするゴーレムが微笑ましい。こんなに大きな身体をしているのに。
「まあ、引火さえしなければ燃えることはないから」
過剰に火に怯えるゴーレムにそう声をかけて、俺は夕食の用意にとりかかる。
とはいっても、昼間のうちに採取したものを食べるだけだ。
背負い籠を持ってきて、採取したものを取り出す。
トビヒゴ、アオノコ、グラベリンゴ、アマグキ、ピンクチェリー、モゾルといった山菜や木の実が採取できた。慣れない樹海を歩きながら短時間でこれだけ採れたのだ。
この樹海がいかに自然豊富かわかる。
アマグキはサトウキビのような長い植物で、茎の部分を剥いて齧ると甘いのだ。
外皮や他の部分は食べられず、満腹感は得られないだろうが貴重な甘味。
なにかの作業をしながらや、寝起きに齧ると良さそうだ。
ピンクチェリーはサクランボのようなものだ。グランべリンゴと同じ貴重な果物枠ということもあり、多めに採取してきた。
モゾルはトビヒゴやアオノコと同じで茹でると、美味しく頂ける山菜だ。
「――あっ、山菜っていっても茹でる鍋がないから茹でれないじゃないか」
水に関しては樹木で作った水筒に汲んであるので大丈夫だ。しかし、それを入れる容器がない。
鍋だろうとフライパンだろうと樹木で作ることはできるだろうが、間違いなく燃えてしまうだろう。
沸騰する間くらいなら保つかもしれないが、この家は百%木製なので無理はしたくない。
異世界初日が火事で締めくくるられるなんてダサい真似は嫌だ。山火事ならぬ樹海火事になったらシャレにならない。
あー、鍋があれば山菜類を湯がいて食べられるのに。山菜鍋とかできるのに。
無いものをうだうだと言っても仕方がない。一日でやれることには限界がある。
山菜は生で食べるとお腹を壊すものが多いので、今日は自粛しておく。
俺は気持ちを切り替えて、今食べられるグラベリンゴやピンクチェリーを食べ、アマグキを齧った。
「山菜が食べられなくてもここにある果物で十分だな」
採ったばかりの山菜が食べられないことに嘆いていたが、別に果物だけでもかなりの満足感だったな。
とはいえ、今後の食のバリエーションのためにもフライパンや鍋は欲しいところ。
力がありそうなゴーレムがいることだし、石を切り出したら形になりそうだな。
なんて考えていると急に眠気が襲ってきた。
まだ随分と早いだろうが、異世界初日ということもあってか疲労が押し寄せてきたようだ。
神様との出会い、死んだこと、転移して初めての樹海、食料探しなど。色々な出来事があり過ぎたからな。
柔らかいベッドがないが、このまま床で寝てしまうと翌朝身体がバキバキになりそうだ。
せっかく家の中にいるのだから休息もしっかりととりたい。
俺は樹木を生やして、枝についている葉っぱを揺すらせる。
すると、大量の葉っぱがサラサラと床に落ちた。
こんもりと膨れ上がるくらいになると、かなりのクッション性となった。
すぐに寝転びたいが、その前に囲炉裏の炎を消す事にする。
本当ならば灰を被せて火種を残しておくべきなのだが、まだ土と少しの灰しかないので消してしまうこと
にする。
まあ、ゴーレムがいればまたすぐに火をつけられるし、
欠伸をしながら葉っぱの即席ベッドの上に寝転がる。
「それじゃあ、俺は寝るから。おやすみ」
ジーっとこちらを見つめているゴーレムにそう言うと、すぐに意識は闇に落ちていった。
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