第3話 樹海で採取
慣れない樹海の中を加護の力を駆使して進んでいると、リンゴのようなものを実らせている木を発見した。
形は完璧にリンゴであるが下半分がオレンジがかっている。
見た事のない果実であるが、知識から自然とグラベリンゴという名称が湧いてきた。
この辺りにだけ生息する果実である食用。少しの酸味と甘みが特徴。
「……全然知らないはずの果物なのにわかる」
これもエルフィーラの加護のお陰だろうか。
まったく知らない果物であるというのに知っていたかのようだった。
試しに違う場所に生えている知らない植物を見てみる。
【トビヒゴ】赤い茎の部分は食べられるが、食べ過ぎると下痢になりやすい。
【アオノコ】十センチ程度のものならば美味しく食べられる。それ以上大きくなると味がほとんどなくなる。茹でてアクをとると、上品な甘みになる。
根元だけが赤くなっている草と小さなタケノコのように生えているものをみると、どちらも自然と知識が出てきた。
次に地面を歩いているお尻が膨れ上がったアリを見つめてみる。
しかし、こちらは植物のように知識は出てこなかった。
どうやら植物についての知識は加護のお陰でわかるが、生き物についてはわからないようだ。
自然の中にある食材を集めて生きていくしかない現状で、この力はとても頼もしい。
これなら毒草なんかを食べて死ぬこともなく、食用のものかをしっかりと見分けることができるだろう。
エルフィーラの加護を信じて、グラベリンゴを一つとって齧る。
すると、グランベリーのような酸味とリンゴの甘みが口の中で広がった。
「これは美味い」
自分の口にした部分を見てみると身の部分が赤かった。そして、オレンジがかったところまで食べ進めてみると、身の色もオレンジ色に変化していた。
普通のリンゴであれば白っぽいものであるがまったく違う。似ているようで違って面白い。
グラベリンゴはとても果汁が豊富で食べているだけで喉が潤う。
シャクシャクと食べ進めると、あっという間に芯と種だけになってしまった。
手の平に残った黒っぽい種を俺は見つめる。
もしかしたら、これを植えたらグラベリンゴを育てることができるかもしれないな。
アルスはエルフィーラの加護には作物を育てる力もあるといっていた。
それならば、多少土が合わなくても育てることができるかもしれない。この種は持ち帰って植えることにしよう。
それと今日の昼食と夕食のためにもグラベリンゴを採取しておこう。
水場を探すのが大きな目標であるが、やはり食料も大事だからな。
とはいえ、手荷物になると邪魔になるので、地面から蔓を生やして即興の背負い籠を作る。
これなら食料を採取していても移動は楽ちんだ。
ついでにいくつかのアオノコも籠の中に入れて再び歩き出す。
グラベリンゴを採取して四十分ほど歩くと、水の音が聞こえた。
静かな樹海だからこそ聞こえた微かな水の跳ねる音。
聞こえた音を頼りにして進んでいくと大きな湖を発見した。
「綺麗だな」
かなり大きな湖なのだろう。今いる場所からではどこまで広がっているのか見えないほどだ。
ここまでの道中では食べられる野草や薬草なんかを採取しながらだったので、一直線に向かえば十五分くらいだろう。
それくらい近場に水場があるのならば、最初に転移した場所に家を建てたのはそれほど間違いではなかったな。
また家を作り直す必要はなさそうだ。
水面を覗き込むと俺の顔が映り込んでいた。
黒髪黒目の典型的な日本人顔で二十四という年齢の割には少し童顔。
「特に顔に変化はないようだな」
ぱっとしない俺の顔はどうでもいいとして水質の確認だ。
見たところ湖の水はとても澄んでいる。手ですくってみるも濁りや異臭もしないし、目立つような汚れはない。
軽く口に含んでみるもおかしな味はしない。
そのまま呑み込んでみると、実に喉通りのいい美味しい水であった。
できれば加熱した方がいいだろうが、今はそのまま味見だ。後でお腹が痛くならないように願おう。
湖の周りを歩いていると水中で魚が泳いでいるのが見えた。
これは釣り道具を用意すれば魚が釣れるかもしれない。
試しにナイフに変化させた杖に念じると、あっという間に木製の釣り竿になった。
だが、糸や釣り針、餌がない。
今すぐに釣りをしたい衝動に駆られるがまた今度にしよう。
そういう楽しみとしてとっておくのも悪くはない。
今は周囲の状況を確認し、生活基盤を整えるのが先だからな。
さて、これで水問題については解決したといっていいだろう。この樹海は想像以上に自然が豊富だ。果物や木の実、山菜なんかもあるので当面は飢える心配がない。
まだまだ探索していないところがあるので色々な食料があるだろう。そんな食べ物を見つけたいものだ。
なんて思いながら歩いていると、なにやら生き物がやってきた。
「……なんだ? 緑色の鹿か?」
魔物かと思って茂みに身を隠しながら見つめてみると、緑色の深い毛を纏った大きなシカが現われた。頭からは角の代わりに枝のようなものが生えている。
そいつは周囲を警戒するように見渡すと、水をごくごくと飲み始めた。
安全に行動するのであれば、このままひっそりと立ち去るべきだろう。
だが、相手はどちらかというと魔物よりも草食動物のような気がする。鹿と同じような生き物だろう。
ここで狩ることができれば貴重な肉を手に入れることができる。
果物や山菜がたくさんあるので食べるのに困らないが、やはり食べ応えのある肉は欲しい。
実家の近くに住んでいたおじさんが猟師であり、何度か手伝ったこともあるので解体ならできる。
あのような大きさの鹿に体当たりをされれば、大怪我をしそうだがこちらには加護がある。
神具をナイフから杖に戻して、俺は鹿の足元に蔓を生やす。
鹿は驚いてその場から離れようとすると、幾本も生えてきた蔓に瞬く間に拘束された。
この力はこういった拘束なんかも得意だな。近付く必要もないし、これさえあれば大抵の獲物を狩ることができる。魔物だって倒せるだろうな。
後はこいつにとどめを刺すだけだ。
生き物を殺すことに気が引けるが、生きるためならば仕方がない。
拘束した鹿が暴れないように蔓の拘束強度を上げた。
槍になるように念じると、杖は形を変えて木製の長槍となった。
それを鹿の心臓めがけて一気に突き刺す。
槍は相変わらずの切れ味でストンと心の臓に突き刺さった。
鹿の瞳から光がなくなり、ビクビクと痙攣した末に動かなくなった。
問題なく仕留めることができてホッと息を吐く。
後は血抜きをして、内臓を取り出し、水に一日浸けておけばいい。
俺は鹿の下処理にとりかかるべく、槍をナイフへと変形させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます