第2話 田舎?
人気が少なく自然豊かな場所に転移してほしいと願ったが、まさか人の気配が皆無な樹海に送られるとは思ってもいなかった。
前世の田舎のようなつつましく暮らしている集落や、村みたいな場所を想像していたのだがこれは想像以上にハードそうだ。
食料や水は勿論のこと、すぐに住めるような家すらない。
ここにある木材を切り出して作るしかないか? などと考えていると、そんなことをしなくてもすぐにできるという確信があった。
どうやって? 目の前には木々が乱立していて家を建てるようなスペースもないというのに。
しかし、身体はやり方を知っているかのように自然に動く。
右手に持っている神具の杖を振るうと、邪魔な木々がひとりでに抜けた。
しっかりと木の根から掘り起こされて横たわる。そして、地面から巨大なツルが隆起して、倒れた木々に巻き付いて端に移動させた。
そのお陰で樹海の真っただ中にだだっ広いスペースができた。
「これが植物神の加護……」
こういう超常現象を起こしているのを神界で見た。
エルフィーラもこんな風に植物を自在に操ることができた。その加護を受けたということは俺も、その力を授かったということなのだろうか。
試しに木材で小さなイスができないかと念じて杖を振るってみると、地面から木が生えてきてたちまちイスとなった。
どうやら俺はあらゆるところに樹木を生やす能力を得てしまったらしい。
確かにこの能力があれば、木製の家を作ることも造作もない。
俺は子供の頃に住んでいた祖父母の家を思い出しながら杖を振るう。
すると、地面から大量の木が生えてきて、瞬く間に日本風の民家へと形を変えた。
「あっという間に家ができたな」
現代でも組み立て技術が発達してかなり家を建てる速度は上がったが、ここまで一瞬で作ることはできないな。
でも、この力があれば少なくても住処に困る必要はなさそうだ。
転移させてくれたアルスはこういう能力があるとわかっていたので、敢えてこの樹海に転移させてくれたのかもしれない。本当は違うかもしれないがそうポジティブに思っておこう。
ひとまず、完成した家を確認するべく俺は玄関に向かう。
スライド式の扉を開けると、実家と同じ玄関が視界に入った。
「懐かしいな」
素材が百%木製なので記憶にある畳の匂いと違って木材の匂いだ。
だけど、昔出入りしていた場所と同じ内装というのは俺の心を酷く落ち着かせた。
ゆっくりと深呼吸をすると、靴を脱いで玄関を上がる。
やたらと広い玄関をくぐると左手には区切られた部屋が四つある。
実家ではここはすべて畳の敷かれた和室となっていたが、木材で作られているために畳にはなっていない。
少し残念であるが似たような素材があれば畳のようなものを作って敷いてみたいものだ。
扉で区切られてはいるが、それを外してしまえば大きな部屋として使える。寝室やちょっとした物置に使ってもいいだろうな。
部屋の端には押し入れがあり、日光や風を通しやすい長い廊下がある。
実家では庭で家庭菜園をやっており、そこで獲れた野菜を縁側で食べたりしたものだ。
プライベート部屋から戻って玄関を通り過ぎると囲炉裏のある部屋があり、その奥には台所がある。とはいっても、現代日本のようなカウンターキッチンではなく土間のような感じだ。
その近くには洗面所、脱衣所と続いて浴場などがある。
きちんと風呂があることは嬉しいのだが、肝心の水や排水なんかが課題のような気がする。
水道も通っていないのにどうやってお湯を用意するのか。
まあ、それは現段階では優先度が低いので後にしておこう。
基本的に実家の内装そのままだ。
全てが木材なことやら足りない物もたくさんあるが、ひとまずここを拠点とすることはできる。仮に不便であっても、この能力があればすぐに家を作ることはできるので問題もない。
拠点となる住処が確保できたとなると、次は水と食料だ。
人間は水がなければ四日程度で死んでしまうが、水と睡眠ができれば他に何も食べずとも二週間から三週間は生きられるという。
なによりもまず水を確保することが重要だ。
まずは水場を探す必要がある。その道中で勿論食料も。
とはいっても、このような樹海に水場はあるのだろうか。それに何よりも人を襲うことのある魔物という存在が心配だ。
でも、それらの危険を怖がっていて何も行動しなければ飢えて死ぬだけだ。
幸いなことにエルフィーラの加護によって、樹木を生やすことができる。
いざという時は樹木の中に閉じこもったり、樹木を飛ばして撃退するようなことができる。
自分の中の感覚がそう告げているし、問題ないだろう。
俺は水場を探すことにした。
家を出て真っ直ぐに進んでいく。
視界は深い茂みと高々とそびえ立つ樹木ばかり。真っ直ぐに進んでいるだけで方向感覚がわからなくなりそうだ。
通った道の証として印をつけよう。
ナイフとか鋭いものが欲しいな。そう念じると杖が鋭いナイフとなった。
木製とはいえ侮れない。刃はとても鋭利で、試しに木を切りつけてみるとスッと切れ目が入った。
まったく木の抵抗感がなくて驚いた。
試しに力を入れて切り付けてみると、木がズルッと切りつけた方と反対側に滑るように倒れた。
静かな樹海の中で倒れる音がやけに響いた。驚いたのか周囲の木々にいたらしい野鳥が飛び去っていく。
「えええええ」
小さな木製のナイフで木が倒れた。衝撃の事実過ぎて叫び声すら出なかった。
興味本位でもっと切れ味を見たいと思ったらこれだ。侮っていないつもりだったが、俺はこの道具を侮っていたようだ。
さすがは神からの貰い物といったところだろうか。
ナイフの代わりになって嬉しいが、取扱いには十分気を付けることにしよう。
通り道を塞ぐように倒れてしまった木を、生やした蔓で邪魔にならない場所に退けて歩き出す。
目印となる木々にはナイフで優しくそっと切り傷をつけた。
樹海の中は人の歩いた形跡がまったくない。
道らしい道は存在せず植物が自らの領土を主張するかのように生えていた。
整備されていない道は慣れていない者にとって歩きにくい。
木々の根や段差、傾斜はともかく、自分の背丈ほどあるような雑草には本当に困る。
ナイフで斬ってしまおうかと思ったが、邪魔だと思った瞬間に雑草が勝手に反り返って道を作ってくれた。
多分、これも俺の加護による力なのだろう。
雑草を意識して丸まれと念じると、雑草がくるりと丸まって輪っかになった。
どうやら樹木を生やすことだけじゃなく、生えている植物にも干渉できるようだ。
木を引っこ抜くこともできたのだし、これも当然か。
アルスが自然の中で暮らすならエルフィーラの力が頼りになると言っていたのが納得できた。
「これで樹海の中でも楽に歩けそうだ」
俺は邪魔な枝葉を退けながら、ドンドンと進んでいくのであった。
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