行き倒れた青年

 町の東側に、小さな丘がある。

 その中央に、どんと一本の木が枝を広げて立っていた。高さ二十メートル程のそれが何の木なのか、誰も花も葉も見たことがない。もう枯れてしまったのだと皆が思っていた。

 かつてはそこからさらに東の方にも町は続いていたのだが、吹き付ける風と砂ですっかり風化して、今は見る影もない。枯れ木の隣に立てば、その先は広大な砂漠が見えるだけだった。


「この木と丘が、砂を遮ってくれてるんだな」


 東の大国の軍服ツナギに身を包んだ青年は、その景色を見てそう言った。

 軍服と言っても作業員の着るようなオールインワンで、簡易のプロテクター胸当てを着けただけのいわゆる下っ端装備だ。

 倒れている彼を件の小さなオアシスで見つけた時、胸当てと肩側面に入ったロゴを見て、カイムが嫌そうに顔を顰めていた。

 周囲には軍所有のエアバイクが一台と、それに括りつけられた三十センチ四方の箱がひとつ。一通り検めて、危なそうな装備は取り上げてから、彼を叩き起こした。


 目を覚ました彼にカイムは彼の銃を突き付けて、二つの質問をした。


 ・砂漠に入った目的。

 ・この場所にいる理由。


 突きつけられた自分の銃に両手を上げて、青年は焦ったようにべらべらとそれに答えていく。


 ・とある地点まで荷物を運ぶ任務だった。

 ・交戦可能地域ウォーエリア境界からエアバイクで走行していたが、ナビが不調を起こして、終いにブラックアウトした。走行システムも不安定なまま目測で進んで来たら、水の沸く場所に辿り着いたものの、日帰りの予定だったので食料も多くない。救難信号を発信して救助を待って三日目。体力維持のためにできるだけ動かず過ごしていた。


「たまにある、軍の一般募集に応募したクチなんだよ。うちは親父が早くに亡くなって苦しかったから、俺がいなくなるだけで少し食い扶持が増える。余裕があるようなら仕送りも出来るし、うっかり流れ弾に当たったら死亡見舞金まで出してくれる。今回の任務は特別手当まで出すって言うから、飛びついたんだ。中身は知らない。知らないって! 気になるなら開けてみろよ!」


 軍の事情にも国の情勢にも興味はない。自分が食いながら、弟妹に仕送りが出来る。だから、選んだに過ぎない。と、皺の寄った家族の写真を手に、青年は笑った。


「すぐ下の妹が、結婚することになったって手紙が来た。お祝い、しなくちゃだろう?」


 今日日きょうびの戦争は交戦可能地域決められた場所で無人兵器が衝突する、というスタイルだ。

 砂漠が広がり、減り続けている人口をこれ以上いたずらに減らすわけにはいかない。東西の大国が仕切って取決め、一応の締結がなされた。

 もちろん、賛同しない国や地域が国境付近で小競り合いを起こすのはしょっちゅうだし、今、微妙なバランスを保てているのも、互いに水資源が確保できているから。水源の枯渇なんてことになったら、あっという間に戦火にまみれるのは目に見えている。


 カイム曰く、一見平和に見える水面下で、情報戦争が繰り広げられている、と。

 国々は緑残る場所、海に隣接した地域を手に入れようと、あるいは渡すまいと、日々真偽入り混じった情報を垂れ流している。「海水の真水への置換は未だコストがかかりすぎる」というのはどこまで信じられるのか。

 東西の大国はひっそりと兵器開発に力を注いでいる。金回りがいいわけではない。単純作業は機械の仕事になり、人間は専門分野の数人だけ、なんてこともざらだ。そのくせ、兵卒の数だけは常に確保して周辺国に見せつけるのをやめない。締結が破られれば、困るのはどちらだ? と。

 馬鹿げた競争は、挿げ替える頭が無くなるまで、終わらないのかもしれない。


「くだらない話だろう?」


 青年の乗ってきたエアバイクのナビからデータを吸いだしながら、誰にともなくカイムは言った。

 青年とエアバイクを運び込んでから二日ばかり。若さなのか、しっかり食べて寝たら、それだけで青年は回復した。バイクの修理はある程度彼が自分でしたらしい。ナビ以外はどうにか動くようになっていた。


「さぁ。俺には分からないや。少なくとも俺はそこに食わせてもらってるしな。本部とかではアンドロイドも使ってるって聞いたけど、見せかけでいいなら、そういう部隊を作ればいいのに。に、してもよくわからないな。ここは何処に属するんだ? 東、と思っていいのか?」


 バイクを点検しているミギワの手元を覗き込みながら、青年は首を傾げた。

 そもそも、この町は地図に載っていなかった。小さすぎて見逃されているのかもしれないが、交戦可能地域内だと思われるし、危険はないのだろうか。

 町の人々はのんびりした雰囲気で、軍服の青年を見ても、特に敵視するような感じも無い。彼等といたから、かもしれないけれど、余所者に気さくにかけられる声に、彼は少しばかり驚いていた。


「アンドロイドはコストがかかりすぎて、数が揃えられないんだ。前線や訓練で壊されると赤字なんだよ。だいたい、人型は戦闘効率が悪い。スパイや暗殺系の任務に使いたいらしいが、それもまだ微妙なとこらしい。あと、ここは中立な」

「なんだよ。詳しいな? 知り合いでもいんのか?」


 カイムは黙って口の端を持ち上げて、ミギワに視線を流した。


「カイムは情報オタクなんですよ。アンドロイド一体作るのにどのくらいかかるかわかれば、だいたいの予想はつくでしょう? ここは僕たちが来てから中立を守ってて、いくつかのルールさえ守ってくれれば、誰でも受け入れることにしてるんです」

「へぇ。じゃ、今回のことでクビになったら、よろしく頼もうかな」


 肩を竦めつつ軽い調子でそう言った青年は、人懐っこく手先が器用で、カイムとミギワについて回っては、生活用品の修理を手伝い始めた。

 実家にいた時はそれで小遣いを稼いでいたのだと。

 初め警戒していたカイムも、少し教えるだけでみるみる手際の良くなる彼を、使えるものは使えとばかりに連れ歩くようになった。


「信用しちゃっていいんですか?」

「無料奉仕はしないことにしてるからな。払えるものがないなら、身体で返してもらうのは当然だろ」


 普段、軍とは出来るだけ距離を置いているのに、仕方がないと言いながらあちこち連れ回す様子は、弟子を可愛がる気難しい職人のようだった。念の為と言って、家での作業パソコン業務は控えて積極的に外に向かうカイムを、ミギワは苦笑しながらひっそりと歓迎していた。


 青年を見つけてから七日目。カイムはナビの修理に見切りをつけた。

 出来なかったわけじゃない。そっくり入れ替えるとか、なんなら上位互換にすることもできる。

 問題は砂漠の真ん中ここでそれが可能だったと軍に知られたくないことだった。

 ナビの故障の理由が、どうもきな臭い。青年には告げてないが、壊れるようになっていたとしか思えない。ただの整備不良の可能性も、確かにあるのだが……

 青年が寝てからしか作業できなかったからと言い訳してみるものの、少し時間をかけ過ぎた自覚はあった。

 『荷物』が爆発物とかではなく、時々電波を発するだけの無害なものだったのも判断を鈍らせていた。何種類かのAI兵器のリストが収められていたが、東側では目新しいものでもない。


「『宝探し』のような訓練でもするつもりだったのかね? どうする? 今からだと任務失敗の可能性は高い。『荷物』だけ放り出して、姿をくらます選択もあるぞ」


 暗に、ここに留まらないかと誘って、カイムは青年の答えを待った。


「え。だって、俺、オアシスで救難信号出してたし、探されてるはずだろ? まだ誰も来ないのは変だと思うけど、にしたって、今更……」


 カイムは吹き出した。

 笑われる理由が解らなくて、青年はムッと表情を険しくする。


「端末、ちゃんと確認しましたか?」


 見かねて、ミギワが助け船を出した。


「確認?」


 青年は内ポケットから手のひら大の端末を取り出す。

 オアシスで目覚めて、まず銃を突き付けられたことはおかしいとは思ったが、信号をキャッチしたから助けに来たのではないのだろうか。軍が迎えに来るまで保護してくれてるのだとばかり。

 一見、端末には何の異常もないようだった。ただ、よく見ると『No line』と上部に小さく表示されている。


「……あ、あれ?」

「一度も端末使おうとしなかったのか?」

「指示連絡とかにしか使わねぇもん。通報してくれたんじゃないのか?」


 民間ならまだしも、軍の衛星ネットワークが繋がらないなんて信じられない。

 焦って無意味に端末をタップしている青年を、ミギワがすまなそうに止める。


「範囲外に出れば元通り使えますから。こことあのオアシス周辺は軍の通信を遮ってるんです。特に送信は厳重に管理してるので……僕らは軍と関わり合いたくないんです」

「……はぁ!? 民間だって一部軍の衛星に相乗りしてるだろ? その辺のやつらフツーにみんな使ってたよな?!」

「ココで使えるのは、専用回線に登録した端末だけだ」

「専用?」


 ドヤ顔したカイムは地図の表示された古ぼけた端末をひとつ青年に放り投げた。


「ここに住んでるのは脛に傷持つ人間が多いから、色々あるんだよ。お届け場所はサルベージした。マップも用意した。軍に帰るんなら、それを使え。マップしか入ってないから軍に取り上げられても問題無い。流浪民ジプシーに助けられたとでも言えば、言い訳は立つんじゃないか」

「あんたらジプシーなのか?」


 カイムはにやりと笑って、煙草に火を点けた。


「そういうことにしておくよ」

「……ずっと思ってたけど……それ、うちの上官クラスに配給されるヤツだよな……だから、知り合いでもいるのかと思ってたのに。じゃあ、どうやって手に入れてるんだ?」

「さあな」


 吸い込んだ煙を、カイムはわざと青年に吹きかけた。




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