別れ
彼は結局、それ程悩まずに、荷物を指定場所に届けると言った。期限は切られなかったから、ダメ元だと。
察したのか、考えるのをやめたのか、あっさりとカイムたちへの追及を諦めた青年は、最後の夜を陽気に過ごした。
片手にビール、片手に
そうして日が昇ると、あの丘に立って眩しそうに目を細めた。
カイムとミギワは、彼を見つけたオアシスまでバギーで先導して、そこで青年の背中を見送る。
青年が見えなくなると、彼を追跡するかのようにしばらくバギーを走らせて、夏のリゾート地よろしくパラソルとテーブルを展開した。バギーの後方にはパラボラ型のアンテナが組み立てられていて、コードのいくつかはミギワの腰の小さな鞄と、モバイルパソコンへと繋がっている。
忙しなく指を動かすミギワを、後ろから黙ってカイムが眺めていた。今日は髪をひとつに纏めて、咥え煙草で首に下げたゴーグルを時々弄っている。
画面の右側には地図上を赤い丸が点滅しながら移動していく。左側の窓には、形を変える山形のグラフがいくつかモニターされていた。
「彼、東側レーダーに捕捉されました。探してたんですね」
「探してたのは、『彼』か『荷物』か」
「目的地まで残り五キロ……あれ。未使用のはずのチャンネルがオープンに……西、かな?」
「西?」とカイムが呟いたところで、コォォ、と飛行音が聞こえてきた。二人とも、思わず空を仰ぐ。西の方から三機やってきて、青年が向かった方角へと飛び去っていく。一機は戦闘機型、追随する二機は角の丸い三角形のドローン型だった。
彼等が通り過ぎる前に、ミギワがキーボードを叩きつけた。とたんに、雑音まじりの誰かの会話が、爆音に負けじと大音量で流れ出す。
『――目標発見。移動中。すでにそちらが回――たものか』
『こちらも先――で見失っていた。今、回収に向か――いる。第三国が手を出してき――能性も考慮中』
『設置ポイントに向――ているよう――?』
『――でにオペレーション開始日時は過ぎ――る。現在誰が確――ていようと、予定通り、何の問題も無い』
鼻で笑った誰かが、『
小さく見えていた戦闘機はゆっくりと方向を変え、こちらに戻ってくる。
途中でちかちかと連続して光が瞬いた。
「カイム! ターゲット、目標地点到達前に停止!」
『目標は“陽、没する地”が確保。速やかに奪還せよ』
頭上を先程通り過ぎた三機が戻って行く。ドローン型の片方がアームで何かを抱えるようにしていた。少しの間を開けて、東から複数の機影が追いかけていく。
「ミギワ、彼は」
「動きません……」
「行くぞ」
「え。あ、はい!」
最低限の機器だけ片付けて、バギーを飛ばす。
荒い運転に、出しっぱなしでぐらぐらと折れそうなアンテナを掴んでいるミギワに、カイムが怒鳴る。
「通信、まだ入ってるか?!」
「断片しか……!」
カイムの舌打ちは、バギーのエンジン音と巻き上げる砂の中に埋もれて消えた。
訓練なのか出来レースなのか、『荷物』は奪い合いされるらしい。東側が取り返して戻って来られると厄介だ。西の空では時折、機影の間に先程と同じような光の瞬きが見えていた。
「……カイム、いいんですか? 見つかると面倒なんじゃ……!」
「このままだと割に合わない。助け損とか、ムカツク!」
小さな段差でバギーが跳ねた。着地の衝撃でカイムの髪を束ねていたゴムが切れて、黒髪が風になぶられる。
正直に、彼を気に入ってるから助けたいのだと言えばいいのに、ミギワの主人は素直じゃない。
彼が動かなくなった地点まで直線で二十キロ弱。だが、闇雲にそれを進むと砂に足をとられる。カイムはナビを睨みつけながら、冷静にコース取りをしていた。
そこに着いた時、一瞬、砂漠に赤い花が点々と咲いているように見えた。
その花が群生している中心に青年が倒れている。
駆け寄ったカイムが、青年を仰向けにして頬を叩いて刺激すると、彼の睫毛が震えた。
「…………あ、れ。天使と……悪魔が。お迎え、か?」
「誰が悪魔だ! しっかりしろ! 冗談を言えるなら、傷は浅い」
青年の口角が弱々しく上がる。
ミギワが何ヶ所かの傷にガーゼを押し当てたものの、全ての傷に追いつくだけの用意はなかった。
「嘘つけ。見舞金、ちゃんと……出るか、なあ」
「見舞金じゃなくて、治療費ぶんどって、家でゆっくり休め!」
「……家で…………」
一瞬、遠くを見た瞳に透明な液体が盛り上がって、スッと一筋流れ落ちた。
「だめだ。帰れないんだ……母は、俺の死体さえ、いらない……」
冷やりとした指先がカイムの腕に添えられる。もう、掴むほどの力は残ってなく、微かな震えがカイムに伝わった。
「感覚もおかしい。寒いし、熱い。うっかり助かるより、このまま……他国に、荷物掠め取られたマヌケに、軍も治療費、出さないだろ」
「あれは……」
口を開きかけたミギワをカイムは視線で制した。
報せなくてもいい。どちらでも同じこと。国は青年を使い捨てた。あるいは、初めから。
「軍に、関わりたく、ないんだろ? いいから戻れ。運が良ければ、救助が、来る」
「運に頼るな。連れ帰ってやる」
青年の身体に腕を回そうとしたカイムに、小さく首を振り、彼は細く息を吐いた。細かい震えは全身に広がっている。
「町まで……保たない。なんとなく、わかる。金を、残さないと……カイム。手を貸して、くれるなら、……楽に」
カイムの袖を引くように指を引掛け、その手は彼の銃まで導かれた。
一瞬、口を引き結んだカイムは、表情を消して、冷たく青年を見下ろす。
「依頼するというのなら、それなりの報酬を要求する」
「……報酬?」
「例えば、そこに転がってるエアバイク。あんたの装備一式。それなら、サービスで死体の始末までつけてやる。砂に埋めるでも、海に沈めるでも、防腐加工したうえで、嫌いな上官に送り付けるでも」
青年は笑おうとして咳込み、痛みに顔を歪めた。
「ネームタグがあって、プロテクターの生活反応
「そんなに、連れ帰りたいの。もの好きだなぁ……」
「猫の手だってあれば便利だ。こんなバカげた仕事より、誰かの役に立つ方がいいだろう?」
「……あぁ……楽しかった……出来る、ことなら――」
小さな工具を取り出して、プロテクターに手をかけようとしたカイムに青年は囁く。
「カイム……ありがとう。わかってる、だろ? 運ぶなら、死体の、方が……その代わり……埋めるのは、花の、見える、場所に」
「……花?」
そんなものどこにと言いたげな顔。
カイムを通り越して、青年は空を見上げる。
「あの、丘。あの、木……」
最後に促すようにカイムと目を合わせてから、ゆっくりと閉じられていく瞳に、カイムは諦めたように彼が示した銃を手にした。ミギワがその銃を引き受けようとするのを、カイムは小さく首を振って拒否する。
「あの花が……見たいなぁ……」
青年の微笑みを合図に、引き金は、引かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます