15
いつもより早く目覚めた日。
私は、着替えなどの身支度をしていると、メイドのヘレナからある話を聞いた。
彼女が私の髪をくしでときながら言った。
「アシュトン王国で、新型の感染症が発生したみたいです」
「何ですって??」
これ見てください、と言って渡された新聞記事には、大きく見出しに『新型か!? ウイルス感染症発生』と書かれてあった。
「発生場所は、街で有名な市場です」
「………その場所は、スラム街からどのくらい離れているの??」
「100メートルもないですね、かなり近いです。あと、新しく現れたウイルスには、感染力がかなりあるみたいです」
そんなスラム街に近いなんて。
その上、感染力が強いときた。スラム街でアウトブレイクが起きてもおかしくない。
ヘレナは、新聞記事を見つめながら、首を傾げている。
「でも、おかしいんですよね………」
「おかしい?? 何がおかしいの??」
「発生場所ですよ」
記事を見ると、発生したのは、生鮮市場。魚類から野菜まで様々なものが売っているらしい。
「そこのお店、清潔で有名なんです。スラム街に近いから、汚いと思われがちですが、実際はきれいなので庶民に人気のお店なんですよ」
「そんな場所からウイルスが………」
「その記事によれば、付着していたウイルスが突然変異したと書いてありますが、とてもそうは思えないんですよ」
「死亡者は、すでにかなり出ているのね………」
「ええ。ご主人様が感染対策委員会に参加されているようです」
「お父様なら、大丈夫………とは言えないわね」
相手は未知のウイルス。治療薬がない今、することは感染対策のみだろう。
「発生した場所の近くの教育機関等は閉鎖中。感染がさらに拡大すれば、この大学も閉鎖するかもしれません」
「それで、感染者が減ればいいのだけれど………」
スラム街の子どもたちが感染しないか心配。
でも、今日は実技試験の日。
私は、大学外に出れるような状況ではなかった。
★★★★★★★★
私は、寮から実技試験のある看護学科棟に向かっていると、ダッシュしている彼を見つけた。
ヴェス王子だわ………あんなに走ってどこへ??
「殿下!!」
私が呼び止めると、ヴェス王子は駆け足だった足をゆっくり止め、こちらを向いてくれた。私は、急いで彼のところに駆け寄る。
彼の顔には焦りという文字が浮かび上がるほど、焦っていた。
「走ってどこに向かわれるのですか?? 授業があるのでは??」
「うん………そうなんだけど。今すぐスラム街に行かないとと思って。君も新聞を見ただろう??」
「はい。でも………」
保健師の方や役人がちゃんと対処してくれると思うから、知識のない学生の私たちができることはないと思うけど………。あるのはちゃんと授業を受けて勉強することぐらい。
ヴェス王子はゴクリと息を飲む。
「クローディアスが動き出したんだ」
「え??」
クローディアスってあのクローディアス??
なんでクローディアスが動くの?? 一番足を引っ張りそうな人間なのに。
「さっき連絡がきたんだ。久しぶりに弟から連絡がきたと思ったら………」
ヴェス王子らしくなく、彼は舌打ちをした。そこまでクローディアスと仲がいいってわけじゃないものね。
「クローディアスは、感染症が爆発的に拡大する前に、未知のウイルスに感染した者を全員殺すつもりだ」
——————————————————え??
殺すですって??
いくらウイルスが怖いからって、そんなこと………………。
困惑の笑みを浮かべながらも、私はゆっくり横に首を振った。
「な、なんでそのようなことを」
「クローディアスは、国民を守るためって言っているけど、たぶん自分の軍隊を守りたいんだと思う。噂である通り、他の国と戦いたいみたいだしね」
ヴェス王子は、最近の弟の考えていることは分からないよ、と小さく呟く。
「治療薬ができれば、治るかもしれないのに………殺すなんて」
新型の感染症に対する治療薬なんて、すぐにはできないけれど。
でも、殺すのは、一番やってはいけない。尊厳死ならまだしも、勝手に人の命を奪うなんて。
ヴェス王子は、ぎゅっと両手の拳を握りしめていた。
「だから、僕はそれを止めにいく。全員を守りたいけど、せめて………せめてあの子たちだけは守れるようにしたい」
「私も行きます」
ヴェス王子、1人でどうこうできるようなことじゃない。私は、看護学科1年だし、入学した半年も経っていない。
でも、私の時の魔法で、患者さんの症状を遅らせることができるかもしれない。
これから本当は試験なんだけれど………………。
試験と人の命。
天秤にかけるまでもなく、命の方が大切だろう。
試験は………………再試験を受ければいいしね。
覚悟を決めたように私は、フッと息を吐いた。
ヴェス王子も私の意思が伝わったらしく、軽く縦に頷いた。
「………………分かった。でも、無茶はしないように」
「はい」
「行こう」
私とヴェス王子でスラム街へと走り出した。
★★★★★★★★
学外出るため、南門に向かって走っていると、ある人に呼び止められた。
振り向くと、立っていたのはショアさん。
確か、彼女と私の試験時間は、一緒だったはず。
彼女は、首を傾げて、こちらを見ていた。
「ルナメアさん?? どこに行くの?? 試験でしょう??」
「そうなんだけど………………私、試験、出れない」
ショアさんは、眉間にしわを寄せている。当然のことだ、怒っているのだろう。
それでも、私は真剣な眼差しを彼女に向け、頭を下げた。
「お願い!! ショアさんに頼み事をしたいの」
「頼み事って………………試験前に何??」
ショアさんは、苦笑いを浮かべ、小さく横に首を振った。
「人の命がかかっているの、助けて」
私は、両手を固く握り、ショアさんに懇願する。
数秒後、彼女は、ハァと息を吐き捨てた。そして、肩をすくめ、やれやれと言わんばかりに両手を軽く上げた。
「………分かったわ。試験を受けない特別な理由があるのね」
「うん、そうなの」
「だったら、早く言ってちょうだい。私は、試験を受けるんだから」
「ありがとう」
ショアさんに頼み事の内容を簡潔に説明する。ショアさんは、私の頼み事を聞き終えると、すぐに看護学科棟へと向かった。
そして、私は、先に行ったヴェス王子を追いかけて、全力ダッシュでスラム街に向かった。
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