14

 スラム街の子どもたちに、夕食を作ると、私とヴェス王子はすぐに寮へと戻った。

 心配だし、もうちょっといたいのだけど………寮には門限があるからなぁ。


 寮に戻るまでに、ヴェス王子から「スラム街には1人でいかないように」と釘を刺された。

 ………なぜ分かったんだ。こっそり1人で行っても、バレないと思ったのに。

 ヴェス王子では、1人だと大変だから、子どもたちの面倒を見ようと思ったのに。


 夜9時が門限の寮には、5分前に到着することができた。

 寮につくなり、ヴェス王子はかつらを外し、いつもの姿に戻る。

 それぞれの寮に戻る前に、ヴェス王子が話しかけてきた。


 「今日のことは、ノエルに秘密ね」

 「え?? なんでですか??」

 「彼はなんだかんだ真面目だからさ。これを知らせたら、彼、国を動かす勢いで動き始めると思うから」

 「それでもいいんじゃないのですか??」


 バーン家の次期当主で、父の病院を継ぐであろうノエル。そんな彼がスラム街のために動けば、よさげに見えるが。

 ノエルならきっとスラム街の人たちを助けてくれるはず。

 そう言うと、ヴェス王子は、困った顔を浮かべ、うーんと唸る。


 「そうなると、他のお偉いさんが黙ってないだろうからね………」


 なんでスラム街のやつなんかに税金をかけるんだと文句を言ってくる人がいる。貴族の誰かが言えば、他の庶民も黙っていないだろう。中にはスラム街に住むことになったのは、自分が努力をしていないせいだという人もいる。

 全ての人が全てそういうわけじゃないのに。


 もちろん、彼の言い分は分かるが、スラム街の人々にそれが当てはまる人はごくわずか。ほとんどが環境によって、あそこに住まざるを得ないのだ。教育もまともに受けられない人々は、安い賃金の職にしか付けず、安い家賃の家にしか住めない。

 これを自分の努力の不足のせいだというのは、おかしいと思う。


 「だから、ノエルには黙っておいてくれる??」

 「………はい」


 ノエルならこの状況をきっと許すことはできないだろう。まともな生活を遅れていない子どもたちを見たら、ノエルは居ても立っても居られなくなるはず。

 そうなると、ノエルがひどい目に合うかもしれないのか………。


 私は、どうしようもない現実に重い溜息をつく。ヴェス王子は、温かい笑みを笑み見せてくれた。

 優しい微笑みだ………。


 「これは今に始まったことじゃない。かなり昔からあるんだ。だから、すぐに変えられるようなことじゃないよ」


 確かに貧富の差って昔からある、ずっと社会問題になってきたことだわ。


 「ゆっくり変えて行こう」


 ヴェス王子のその言葉に私は、コクリと頷いたのだった。

 

 

 

 ★★★★★★★★

 

 

 

 「中間技術テストは、紙に記述している2つの課題のどちらかをやってもらいます」

 

 週末を終え、実習がある火曜日。

 講義に入る前に、1枚の紙を渡されていた。そこには中間技術試験の試験内容と注意事項が表記されてあった。

 前に立つ先生は、声を張って説明をしている。

 

 「生徒1人に対し、教員1人がつき、試験を見ます。そのため、1度にできるのは4人まで。それぞれ試験時間が異なるので、注意してください」

 

 つまり先生にずっと見られるのか………緊張するな。

 試験内容は、2種類。


 1つは、一番初めにやったベッドメーキング。授業では2人で行ったけど、試験では1人でしてもらうらしい。20分以内に1人は少しキツイかも。


 もう1つは、バイタルサイン測定。これには、1人の生徒に患者さんになってもらい、測定を一通り行うもの。これも制限時間は20分。バイタルサインの方も時間はあまりないのね。

 

 「20分と時間は短く感じるかもしれませんが、実際に病棟に行けば、そんなに時間をかけてやっていません。しかしながら、看護師さんは正確に測定を行っています」

 

 もう1人のメガネの先生が、圧をかけて言ってきた。

 つまり速く正確にやれ、ってことね。やっぱりハードだわ。

 

 「でも、今回は時間いっぱい使って行ってください。正確さと患者さんに配慮しながら、ですよ??」

 「練習は、基本午後6時まで。どうしてもという人は先生を捕まえて、時間を延長してください。先生は、時間が来ればすぐに帰る人間なので、早めに捕まえてくださいね」

 

 2人の先生が交互に説明していると、1人のクラスメートが手を上げた。

 

 「なんですか??」

 「朝に練習をしてもいいんですか??」

 

 先生はコクリと縦に頷く。


 「もちろんです。ですが、先生たちはそんなに朝型の人間ではないので、早くても7時からです」

 

 7時かぁ………。

 講義は8時50分から。着替えと準備の時間を入れると、朝はそんなに時間があるわけではないし、早起きするのはつらい。

 私は、ブンブンと横に首を振る。

 でも、貴重な時間だわ。頑張って早起きして有効活用しよう。

 

 

 

 ★★★★★★★★

 

 

 

 それから私は、朝は早起き、夕方は先生を捕まえて夜の8時まで練習をしていた。

 まずは時間内にするという、第1目標をクリアするため、時間と格闘していた。

 

 「うーん。時間のことを考えていると、ぐちゃぐちゃになるわ」

 「そうですね」

 

 私は、以前お話した闇魔導士のマリーさんとベッドメーキングの練習。器用なマリーさんに、私は自分のベッドメーキングを確認してもらっていた。

 

 「雑過ぎても、落とされるのよね??」

 「当然ですよ。雑で大丈夫ならテストの意味がないですよ」

 「そうよね………」

 

 時間に追われるあまり、ぐちゃぐちゃになってしまったベッドのコーナー部分を見つめる。しわだらけだった。

 一方、離れたベッドのところで練習しているショアさん。彼女のメーキングは完璧といえるぐらいピシッとしたものだった。


 なんて器用なのかしら。見ている限り、時間内にできているようだし、きれいだし。ショアさん、さすがだわ。

 

 「よし!! マリーさん。私、もう一回やってもいいかしら??」

 「もちろんです。じゃあ計りますよ」

 

 中間実技試験まで、2週間。講義の時間のことを考慮すると、やはり時間はない。

 スラム街の子どもたちにも会いにいきたいのに。

 でも、落とされたら、再試験を受けないといけない。それはそれで面倒だわ。

 

 そして、実技試験1週間前の日の朝。

 私は、1人でベッドメーキングの練習をしていた。マリーさんは、用事があるらしく、朝は出れないということ。マリーさんは、ほぼ時間内にできていたし、少し練習すればいいと思うわ。

 時間内に未だ終わらせることができない私は、もっと練習しないと。

 

 「そのシーツの広げ方、不潔だわ」

 

 実習室の入り口には、長い黒髪をお団子にしたショアさんが立っていた。彼女の目は相変わらず鋭い。

 

 「………おはよう。ショアさん」

 「おはよう」

 

 そう小さく挨拶をすると、ショアさんは真っすぐこちらに歩いてきた。

 

 「そんなにバサバサしていたら、ほこりがたつでしょう?? こうして………こうすれば、スムーズに行くし、時間短縮になる。それにほこりがたつことはない」

 「わぁ………本当だわ」

 

 ショアさんは、私が持っていたシーツを取るなり、さっさとすばやく広げていく。彼女の横シーツの広げ方は、とてもスマートだった。

 ショアさんは広げ終わるとキレイに畳んで、私に横シーツを渡す。そして、ため息交じりに言った。

 

 「まぁ、ベッドメーキングなんて、現場に行けば、専門の業者の人がやってくれるんだし。私たちは、そんなにする機会はないのよね」

 「それなら、なんで………」


 「何か起こった時、業者の人が必ず動いてくれると思う?? 例えば、自然災害ね。災害が起これば、彼らが動けず、私たちと患者さんしかいない場合がある。その時、ベッドメーキングをするのは、当然私たち。その私たちがベッドメーキングすらできなかったら、患者さんの生活を支援できるはずがない」

 

 最初にベッドメーキングをさせるのは、そう言う意味があったんだ。

 ショアさんは、「それで………」と話しかけてきた。

 彼女から話しかけてくるなんて珍しい。

 何か、私に用事があるのだろうか?? 

 

 「あなた、毎日朝早く来て、夜遅くまで練習しているわよね??」

 「うん」

 「あんなに練習してこれ??」

 「………」

 

 ショアさんはちらりとベッドを見て、私の方に目を向ける。セットしていた下シーツには、まだしわがあった。

 自分でも分かってる。こんなに不器用だったとは、と思い知らされている。

 何も言えない私は、ショアさんから目を逸らした。

 

 「無駄な努力ね」

 「………ごもっともです」

 

 ショアさんは、ハァと重い溜息。そりゃあ、呆れますよね。

 どうしようもない自分に、私は顔を俯むける。

 

 「まぁ、努力のベクトルの向きがダメだけであって、向きをしっかりなおせば普通にできるはずよ」

 

 腕を組むショアさん。彼女は、いつもと違った。

 

 「1回やって、ダメだと思ったところを、次は意識を置いて気を付ける。それを何度も繰り返す。やみくもにやるより、すぐにうまくなるわ」

 

 ショアさんは相変わらず真顔。彼女は、話し続けた。

 こんなに分かりやすいアドバイスをくれたこと、一度もなかったのに。

 いつもイラつかれるだけだったのに。

 

 「それに1人じゃあ分からなかったら、誰かに聞く。そうね………私になんでも聞いてちょうだい。といっても、私も生徒だから分からないことも当然あるわけだけど」

 

 なんでそんなことを………言ってくれるの??

 貴族の私が嫌いだったじゃなかったの??

 その私の呟きが聞こえていたのか、彼女は答えてくれた。


 「ただの偉そうにする貴族かと思っていたけど、どうもあなたを誤解していたようね。私も私で言動が幼稚だったわ」

 「え………??」

 「貴族は嫌いだけど、あなたとあなたの努力は尊敬するわ」

 

 私は思わず目を見開いていた。

 ————彼女は、優しくニコリと笑っていた。初めて笑みを見せてくれていた。


 「さぁ、ぼっーとしてないで。朝はそんなに時間があるわけじゃないから、ちゃっちゃとするわよ」

 

 そうして、私はショアさんに練習を付き合ってもらった。本当にありがたい。

 実習室の窓から差し込む朝日は、いつも以上に明るく感じた。

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