8
オリエンテーションの次の日。早速講義が始まった。
実習は来週火曜日にあるので、水曜日である今日は、講義ばかりだった。
正直言って眠たくなりそう。
大学生活って、もっと
看護学科の時間割りは、1から4限目まできっちり埋っている。一コマ90分授業なので、4限目を終える頃には、夕方になっているのだ。
むぅ………なんか違う。前世で聞いた、他の学部に通う先輩は、「楽になるから、受験勉強頑張れ」と言ってたけど、看護は受験時代よりも大変。
サボるという手もあるが、看護の授業はほぼ必須。逃してしまえば、その時の授業内容は、クラスの子に教えてもらわない限り、知らないまま。オリエンテーションの時に、テストは授業内容からも出題すると言っていたので、休むなど言語道断なのである。
看護、鬼畜。なめてたかも。
そんな中、疲れた様子もなく、1週間を過ごしていた人がいた。ショアさんである。
彼女はすがすがしい姿で、居眠りすることなく授業を受けていた。小テストも満点。
なんなんだ、この人。
そして、迎えた実習の日。1年生はナース服に着替え、実習室に集まっていた。
「3人1グループになって、1つのベッドを使ってもらいます」
3人1グループ。出席番号順で分けられるのではなく、シャッフルでグループを作るようだ。あとの2人は誰になるんだろう??
私は実習室の黒板に張り出された表を見る。8番ベッドの所に私の名前があった。
あとの2人は……………………え??
私の名前の下には、サーニャ・フリッドと書かれていた。確か、赤茶色の髪の子だったような。オリエンテーションの時にちらりと顔を見た気がする。
そして、もう1人の名前がフロレンティア・ショア。私、ショアさんと一緒のグループなの??
先生が自分の担当のベッドに集まるよう、指示してきたので、私は8番ベッドの所に向かった。そこにはすでに、黒髪ロングのショアさんとフリッドさんがいた。ショアさんは相変わらず私に冷たい目を向けてくる。
うーん。なんかこのグループ、心配だな。
3人集合すると、フリッドさんが名乗ってきた。私も習って、挨拶をする。
「……サーニャ・フリッドです。よろしくお願いします」
「ルナメア・バーンです。よろしくお願いします」
「私はフロレンティア・ショア。よろしく」
それぞれが軽い自己紹介をすると、先生が今日の授業内容について、説明し始めた。
今日は看護の基本となるベッドメーキング。
事前にどうやって行うかは、各自で調べ、ノートにまとめるよう言われていた。そのまとめたノートは今、手に持っている。
「今日は2人で行ってもらいますが、中間テストの時には1人で行ってもらいます。今日はしっかり覚え、今後練習してください」
先生がそう言うと、各グループでの活動となった。
先に勉強してきたとはいえ、ちょっと自信ないな。
すると、恐る恐るフリッドさんが尋ねてくる。
「誰からしますか…………??」
「私からするわ。フリッドさん、一緒にやってもらえないかしら」
「…………はい」
すぐに名乗りでたのはショアさん。ちらりと覗くと彼女のノートには、たくさんのメモがされてあった。
ショアさんは、オーバーテーブルにそのノートを置くと、ベッドメーキングを始めた。
下シーツ、防水シート、中シーツ、上シーツと順にメーキングをしていく。フリッドさんは少し戸惑っているときがあったけど、ショアさんには迷いがなかった。他のグループはかなり時間がかかっていたようだったけれど、ショアさんたちは20分くらいで済ませてしまった。
さすが首席。
「次、私とバーンさんでやりましょ」
ショアさんは、素っ気なく私を誘ってきた。
さっきから思っているけど、私に対して冷たいような気がする。まぁ、いっか。
ショアさんはベッドの右側、私は左側に立ち、ベッドメーキングを始めた。
下シーツを広げ、マットの下に入れ込もうとした時、
「ちょっと、雑にしないで」
とショアさんが言ってきた。
「雑になんてしてないわ」
「いいえ、雑だわ。ここ見なさいよ」
そう言って、彼女がさす部分を見る。そこには、ちょっとだけしわができていた。
「あなた、分かってる?? メーキングに置いて、しわは禁物よ。ちょっとであってもね。褥瘡の原因になるから。実際に患者さんがいたら、誤魔化しでは済まないわ。褥瘡から、別の感染症にかかることだってあるのだから」
と厳しい口調で言われた。彼女は「令嬢だがなんだか知らないけど、事前課題ちゃんとしてきなさいよ」と付け足してくる。見ていたフリッドさんは、口をあわあわとさせ、慌てていた。私は何も言えず、シーツを持っているだけ。
「看護で行うことには、いつだって根拠があるの。それを調べていないだなんて」
言い方はきついけど、ショアさんの言う通りだわ。私、大きなしわを作らなければいいっていう甘い考えがあったから。
すると、生徒の様子を見ていた先生が、声を掛けてきた。
「ショアさん、協力よ。協力」
「先生、協力以前の問題です。事前課題をしっかりしないなど、言語道断ですよ」
「そういう人がいたとしても、フォローするの。医療はチームだから」
微笑む先生がそう言うと、ショアさんは大人しく「はい」と返事。そして、冷め切った目で私の方を見てきた。
「私は庶民出身だけど、やっぱり貴族の人は嫌いだわ」
ショアさんが小さくそう呟いたのを、私は聞き逃せなかった。
★★★★★★★★
午前中の実習を終えた昼休み。
ナース服から私服に着替えた私は、医学部内にある附属図書館に向かっていた。
実習ってこんなに疲れるんだ。
あの後も、ショアさんはずっと冷たい態度だった。
昼食は、ベルガーさんから誘われていたが、借りていた本を返さないといけなかったし、そこまで食欲もなかったので、断った。
「ルナメア??」
私の名を呼ぶ声が聞こえた。その声は安心感のある、あの人の声だった。
「お兄様??」
俯き歩いていた私は、顔を上げると、前にお兄様がいた。あと、隣にもう1人。
「ヴェス殿下っ!?」
「どうもこんにちは、ルナメアさん。久しぶりだね」
「こ、こんにちは」
ヴェス王子は、優しい微笑みを見せる。柔らかな風が彼の黒髪をなびかせていた。
きれい…………絶世の美少年だわ。
美しい王子を前に見とれていると、ノエルの声が聞こえてきた。
「おーい、ルナメア」
「はひっ!!」
「はひ??」
ノエルは私の奇声に首を傾げる。
こほん。
私は気を取り直して咳払いをし、「それで何でしょう、お兄様??」とノエルに話を促す。
「ああ。さっき落ち込んでいたようだったが、どうした?? 何か困ったことでもあったのか??」
「それは…………」
だんまりすると、ヴェス王子が顔を覗かせてきた。ち、近い。
「これから、僕たちも昼食だし、その様子だとルナメアさんも食べていないでしょ??」
「あ、はい」
ショアさんに怒られて、あまり食べる気分にはなれなかった。
「なら、これから食堂でご飯を食べながら、話さないかい??」
「ルナメアが食べていないのなら、いいかもな」
ノエルもヴェス王子の提案にうんうんと頷く。
ちょっと………王子とご飯って。しかも食堂。変に人目を浴びそうだわ。
「わ、私、ほ、本を返しに行かないといけなくて…………」
「ここで待ってるよ、ね?? ノエル」
「ああ、当然だ」
ノエルは腕を組み、縦に首を振る。
王子を待たせるって…………ノエルは待つ気満々だし。
「………分かりました。すぐに返してきます」
そうなると、王子を長い時間待たせるわけにはいかない。さっさと本を返却してこないと。
私は急いで駆けて、図書館の中に入っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます