私は毎日健康的な生活を送りながら、猛勉強を始めた。ペーパーテストもちろん、ヘレナたちや、お父様が雇ってくれた先生と面接の練習もした。

 そんな生活をし始めて2週間が経った時、夕食後に突然兄ノエルから呼び出された。


 急に呼び出してなんなんだろう??

 私は不思議に思いながらも、ノエルの部屋に向かう。

 ノックすると、「ルナメアだろう?? 入れ」とすぐに返答してきた。彼の部屋に入るなり、ノエルがソファに座るよう言われる。


 「久しぶりにお茶でもしようか」


 妙にノエルの口調が柔らかい。

 ………………………………………………逆に怖いわね。

 ノエルはメイドにお茶を入れさせると、私と向かい合うようにソファに座った。


 机には紅茶とともにイチゴのモンブランがあった。とても美味しそう。

 スイーツに弱い私はそのケーキを口へ運びながら、ノエルの話に耳を傾けた。


 「お前が大真面目に勉強をして、2週間が経ったな」

 「はい。結構あっという間でしたね。正直試験までに時間がなくて、少々焦りが出てます」

 「焦りは禁物だ。判断を鈍らせるからな…………それで、俺はお前の勉強の様子を見ていたんだが」


 「書庫室で勉強している時ですか??」

 「それ以外もだ」

 「うわ」

 

 私の部屋を覗きにきたの?? やだぁ。

 訝しげな目で見ると、兄は「ヘレナに見せてもらったんだ」と言い訳をする。妹の様子が気になったって素直に言いなさいよ、ったく。

 兄はコホンと咳払いをし、話を続ける。

 

 「そして、お前の最近の行動で分かったがある」

 「??」

 

 なんだろう??

 

 「お前が看護師になりたい気持ちだ。本気だったんだな」

 

 ノエルは優しい瞳をしていた。やんわりだが、微笑んでいる。ノエルのこんな顔、幼い時以来かもしれない。

 

 「お前が聖女といわれているウルリカにいじめをしていたのは、王子から婚約破棄を申しだしてもらうため。

  お前は陛下のお気に入りだし、父上や母上に相談しづらかったのだろう?? だから、自然に婚約破棄になるように仕向け、看護師への道に進めるようにした。そうなんだろう??」


 兄は笑みを浮かべ、片手にしていた緋色の紅茶を飲む。

 ちょーと違うけど、ノエルの勘違い、利用させてもらおうかな。

 にこっと笑顔を見せ、私は元気よく答えた。


 「はい!! そうなんです!! 私、どうしたらいいか分からなくて…………」

 「それなら、さっさと俺に話せばよかったのに」


 ノエルは来いと言っているのだろうか、空いている隣の席をポンポンと叩く。

 私は素直に彼の隣に座った。


 「もう悩むことない。看護師の道に進め。困ったことがあったら、俺に言え。いいな??」


 そう言って、ノエルは私の頭を優しく撫でてきた。兄に撫でられるなんて、何年ぶりのことなんだろう。


 「ずっとあんなのかなと思っていたけど、成長したんだな、お前は」


 彼は聞こえないようにと考え小さく呟いたのだろうが、私の耳には届いていた。

 成長したというより、別人なんですけどね。うん。

 私は思い出したかのように、ノエルに話す。

 

 「あ、丁度いいです。お願いがあります」

 「遠慮なしだ。言ってみろ」

 「あの、お勉強を手伝っていただけませんか??」


 満面の笑みで頼み込んだ。忙しいと思うけど、やっぱ現役医学生の力は借りたいんだよね。

 すると、ノエルは妖艶に笑う。不覚にもドキッとしてしまった。


 「いいだろう。でも、今日は十分勉強しただろう??」

 「あ、まぁ、はい」


 そんなにやってはいないけど。

 ノエルは「なら」と話を続ける。


 「もうちょっと話さないか。こうして、お前とまともに話せたんだ。もう少し話をしたい」

 「はい。私もお兄様とお話したいことがいっぱいあります」

 

 そうして、

 私は、兄はメガネを外した方がカッコイイとか、

 ノエルは、前の私のわがまま具合がめちゃくちゃ嫌いだったとか、

 本音をぶちまけ合った。


 思わず本音にムカッとした瞬間もあったけど、でも、楽しかった。

 もちろん、聖女の力については話さなかったけど。

 その日は久しぶりに兄と楽しい時間を過ごせたような気がした。




 ★★★★★★★★




 その日の夜。

 ノエルとの団らんの後、すぐ眠った私は、ある夢をみた。

 私と、第2王子クローディアス、知っているであろう女の子、そして、もう1人誰かが登場する夢。

 意識内の私自身は遠くから様子を見ていた。


 クローディアスは、私の方に真っすぐ銃を向けていた。彼の手元は震えている。

 一方、彼を止めようとする、女の子は彼にすがり、必死に叫んでいた。しかしながら、私には彼女の姿ははっきり見えない。

 遠くに見える私も険しい顔のクローディアスに向かって叫ぶ。


 『殿下、その銃を——————してください!! 止めてください!!』

 『これ以上—————いかない!! 国を守るためだ!!』


 クローディアスも何か叫んでいるが、大事な部分が聞き取れない。

 私の横を見ると、もう1人の人も叫んでいる。姿は見えないけれど、その人はどこかで会ったことがあるような気がした。

 私とその人で、発砲しようとするクローディアスを止めてと訴える。

 しかし、数秒経った瞬間、クローディアスは引き金を引いた。


 「ハッ!!」


 勢いよく上体を起こす。窓の方を見ると、月明かりが差し込んでいた。

 結構リアルな夢だった。怖かった。

 私は額に手を抑え、軽く息をつく。


 「ノエルの言う通り、疲れていたんだわ」


 知らないうちに疲れていたんだ。でも、ちゃんと寝れば、回復するわよね。

 私はもう一度布団の中に潜り込み、そして、目を閉じた。

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