夕食を終えた私は、さっそく兄ノエルの部屋に向かった。

 コンコンと扉を叩き、声を掛ける。


 「お兄様、私です。ルナメアです」

 「…………………………………………入れ」


 少しの沈黙の後、中からノエルの冷たい声が聞こえた。

 今思うと、ノエルの方が父親みたいな性格してるのよね。お父様はどちらかというとおっとりしている。本当に親子なのかしら。


 私はそっと扉を開け、静かに部屋に入った。カリカリとペンの音が響いている。

 ノエルは課題が出ているのか、勉強をしていた。机の上にはたくさんの本。書類もいっぱいになっていた。私が部屋に入っても、彼の手は止まることはない。


 「なんだ??」


 こちらに目を向けることなく、彼は尋ねてくる。ちょっとはこっちを見てほしいな。

 私は先ほど話していた、お父様とお母様がノエルの許可が下りたら、看護学科に通っていいということを説明した。

 兄は手を止めることはなく、素っ気なく答える。


 「そうか」

 「それで…………………………………………お兄様のお考えは??」


 私は作り笑顔で、恐る恐る尋ねる。かわいい妹のお願いよ。このニコニコスマイルに免じて許可して。

 ノエルは手を止め、やっとこちらを見てくれた。


 あっ!! もしかして!! OK!?

 私は両手をぎゅっと握り、希望の瞳でノエルを見つめた。

 彼は爽やかにニコリと笑う。そして、言った。


 「そりゃあ、ダメに決まっているだろう??」

 「なっ」


 さも当たり前だろと言わんばかりに答えると、ノエルはすぐにペンを動かし始めた。

 こ、このぉ。

 兄とはいえ、さすがに腹が立つ。特にこの言い方は腹が立つ。

 しかし、私は笑顔を崩さない。いらだちを少し含めた声で問うた。


 「なぜダメなんです??」


 ノエルは重い溜息をつく。いちいち行動が鼻につくんだけど??


 「すでに前期の試験は締め切っているんだぞ?? 後期はあるが、お前にあの試験が受かるはずがない」


 よしてくれよ、と言わんばかりに笑い、彼は横に首を振った。

 私がそんなに頭よくないことは事実だけど、やっぱり腹立つぅ。


 「なら、私が後期試験を合格するぐらいの、頭を持てばいいのねっ!?」

 「ああ。そうさ。でも、1ヶ月でできるはずがないだろう」


 ノエルはハッと鼻で笑う。

 むぅ。絶対なめてる。前世では受験生だったのよ?? 


 「できるわっ!! やってみせるわ!!」


 くるりとノエルに背を向ける。そして、ドアノブに手をかざした。


 「絶対お兄様が文句なしに許可がもらえるくらいに勉強するんだから!!」


 乱暴にドアを開け、私はさっさとノエルの部屋を出た。




 ★★★★★★★★




 今は6月末。受験があるのは8月半ば。1ヶ月ちょっとあるが、正直あまり時間がない。

 ノエルに宣言した次の日。私は起きて、朝食をとって、準備をすると、自室で勉強を始めた。

 この世界にはセンター試験というものはなく、一発勝負の試験。センターの点数を基準にして、行きたい大学は決めることはない。


 1回の試験だから楽といえば楽かもしれないけれど、私の場合、後期だから落ちたら、即終わりなのよね。

 そうして、自分の机と向き合い、勉強を始めた。ルナメアは勉強なんてまともにやってきたことがなかっただろうけど、私は平均8時間超える勉強を毎日やってきたんだ。楽勝よ。

 夢中になって勉強をしていると、気づけば夕方になっていた。


 寝るまでに時間はある。睡眠時間をちゃんと取っておけば問題ないからね。

 すると、肩をとんとんと優しく叩かれた。振り返ると、ヘレナが立っている。大きな顔の変化はないもの、彼女から心配の気持ちがうかがえた。


 「お嬢様。いくら勉強が大切とはいえ、お食事はきちんととっておかないと。お昼も食べていませんよね」

 「ああ。そういえばそうだったわ」


 すっかり忘れていた。夢中になると、お腹空いたことさえ、忘れてしまうことがあるのよね。


 「看護師になるのに自分の体を大切にしないのは一番よくないですよ。自己管理ができていない証拠です、と姉がかつて言っておりました」

 「そ、そうよね」


 ヘレナの言うことに従い、私はペンを置く。食堂に向かうと、お父様、お母様、ノエルがすでにいた。

 お母様は心配そうな顔をしていた。


 「ルナメア、ヘレナから聞いたわよ。お昼を抜いたんですって??」

 「つい勉強に夢中になっちゃいまして……………………」


 そう答えると、3人はまた目を丸めた。お母様は「まぁ」と感嘆の声を漏らしている。

 私が勉強するのってそんなに珍しいのね。まぁ、ノエルはすぐに自分の食事に集中しはじめたけど。


 「自分の健康管理ができない者は医療従事者として失格だな」


 ノエルはぶっきらぼうに言ってきた。言っていることは正しいのだけれど、どこかムカつく。

 お父様も兄の意見に賛同し、うんうんとうなずく。


 「ノエルの言う通りだ。試験のためとはいえ、試験の日に体を壊してはいけないからな。次から気をつけるように」

 「はい、お父様」


 お父様に向かってニコリと笑い、返事をする。そして、私は前にいる兄に目を向けた。

 絶対許可を貰ってやる。「ルナメア、見直したよ」って言わせてやる。

 兄に睨みながら、私はちぎったパンを口に放り込むのだった。

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