HARIYAMA

西順

第1話 針山地獄

 針山を登る。


 何故か。その上では絶世の美女が手招きしているからだ。


 よく何故山を登るのか、登山家のインタビューを見ると、「そこに山があるからだ」と訳の分からない話をしているのを見掛けていたが、流石に針山を前にして、そんな戯言を言う登山家はいないだろう。


 それ以前に健全な人間は地獄に落ちる事もないか。


 針山のある衆合地獄に落とされるのは、生前、殺生や盗みに、邪淫の罪を行った者が落ちる地獄だ。


 私は生前良い夫ではなかった。


 妻がいる身でありながら、女性の尻を追い掛けて、あっちへふらふら、こっちへふらふら、自社の女性には見境なく声を掛け、仕事先でも女性と見れば声を掛けていた。


 色狂いと呼ばれても仕方がない。


 挙げ句その筋の女性に声を掛け、それなりの関係になったのがいけなかった。


 女性の男がそれに気付き、口論から売り言葉に買い言葉に発展し、私の最期は男十数人による私刑リンチでの撲殺だった。はあ、せめて最期は女性に抱かれて死にたかったものだ。


 そんな未練があったからか、いや、生来の性分だからだろう、女性を見ればどんな困難が眼前に立ちはだかろうと、私は迷わず立ち向かう。


 針の山と言うより、剣の山と改名するのをお奨めする程に、針山の針は険しい。


 一歩進めば身体中に突き刺さり、二歩で肉が削がれ、三歩で八つ裂きだ。


 そんなに痛い思いをしても、馬鹿な男は針山を登る。どうしようもないそんな屑が私の周りには山程いる。


 地獄が出来てから何千年経ったのか知らないが、この地獄から転生出来るのは、106兆5800億年後らしいので、地獄の住人は増える一方だ。


 そんな永い永い時間を過ごす地獄。多少の目的がなければやっていけない。いや、それが女性となれば100兆年や200兆年なんぞ短いものだ。



 などと考えていつの間にか千年が経っていた。いや、万年経っていたかも知れない。


 時間の感覚なんぞ、いつの間にか忘れ果てて久しいが、眼前の美女はまだ抱けていない。


 自分は何をしているのか、訳が分からなくなり気が狂いそうになるが、その度に絶世の美女が手招きをして、私を正気に戻してくれる。


 周りの馬鹿どもも同じだろう。皆自分を手招きする美女の為、必死になって針山を登っている。


 登る度にザクザクと身体を切り刻まれ、正気に戻された私の痛覚が、その激痛を私に伝えるのだ。いっそ狂えればどれだけ楽になれるか、それが出来ない地獄が憎い。



 どれだけ登り続けただろう。既に億年は経ったのではないか。私は正気に戻った一瞬に、隣の新入りに話し掛けてみた。


 おかしな事を言う奴だった。新入りの話が本当ならば、私は地獄に落ちてからまだ三年と過ごしていない事になる。そんなはずがない。


 今度は先達に話を聞いたが、それも私の望む答えではなかった。その先達は私が来る前に既に数兆年は経過したと答えていたが、先達が死んだのは私の死んだ前年だ。


 気が狂いそうになる。なるが、その度に美女が手招きして正気に戻され、我々は針山を登らされる。


 何億回、何兆回、何京回、何垓回針山を登っただろう。そうして私は一つの攻略法を生み出していた。


 針山は八つ裂きになると、身体を元に戻されて、また麓からやり直させられるのだが、八つ裂きになって麓に戻るまで、数秒の時間差がある事を見切ったのだ。


 そうして出来る八つ裂きの肉の山を、私は駆け登った。他の者もそれに気付いたらしく、針山を駆け登る。駆け登る者が増えれば増える程、針山は八つ裂きの肉山と替わり、登るれる距離が増えていくのだ。


 そうして私は数多の同類の犠牲の果て、とうとう針山を登りきる事に成功した。


 やっと絶世の美女が抱ける。眼前の美女は替わらず私を手招きしていた。


 一歩、二歩と歩を進め、三歩で美女を抱いた私を待っていたのは、天にも昇る美女の抱き心地ではなく、硬質な物が私を突き刺す激痛であった。


 美女であると錯覚していたそれは、葉がまるで剣の様に鋭い樹であったのだ。


 剣樹を自ら抱き締めた私は八つ裂きとなり、いつの間にか針山の麓に戻っていた。


 針山の頂上では絶世の美女が手招きしている。あれが剣樹であると私は既に理解していたはずだ。しかしてその手招きを見た瞬間、私は正気に戻された。



 針山を登る。


 何故か。その上では絶世の美女が手招きしているからだ。

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HARIYAMA 西順 @nisijun624

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