第5話 紗耶香からの提案

 それからの生活は実に楽しいものだった。


 毎日日記を書けと言われたらすべて文字で埋まるような充実感を味わっていた。絶対にこっちの世界に来る前よりも楽しい。


 叶井かないさんとは同い年だったらしく授業が終わると空き教室で長々と話した。他愛のない話をしているだけで笑顔になれるし、何より叶井さん自身がよく笑ってくれる。


 こっちの世界に来る前は女子ともあまりしゃべる機会がなかったので(自分から話そうとも思わないし)とても新鮮だった。


 俺の充実した高校ライフが一か月ほど続いた頃、異変は急に起こった。

 


 登校しようと家を出て歩き出したとき、ビルに設置されている液晶で放送されていたニュース番組がふと目に留まった。


 “アシダー党は今日午後、全国民に対し一斉発報システムで、現在の関係に関して火星側が一週間以内に何らかの改善の姿勢を見せなければ軍事的制裁を加えると発表しました。同時に火星に対しても同様の声明文を送り付けたとみられています。”


 放課後、この件について叶井さんと話をした。


 「今日登校中に見たニュースで、火星側が要求をのまないと軍事的制裁を加えると言ってたんだ。」

 「私も見たわ。一週間以内に改善の姿勢を見せる事を要求するって。」


 俺は正直、長期にわたって政治を行っているからって調子に乗りすぎているんじゃないかと思う。確かにアシダー党は国民の意思を反映し、支持を得ているが今回ばかりはやりすぎだ。


 「このままだともしかしたら火星と地球の間で戦争が勃発ぼっぱつなんてこともあり得るわね。地球側は移住計画によって科学技術が衰退すいたいし、ほとんどの技術が持っていかれてるわ。しかも火星側には大手企業の技術と圧倒的財力があるわ。」

 「確かに、このまま戦争が始まると地球の大損害もしくは五分五分になって長期化するってことになるかもな。どっちにしろ地球に大損害が与えられることに間違いはないな。」


 でももうこれは国間の話とかではなく、惑星ほし間の話であるから俺たちがどうにかできる話ではない。ましてや戦争を止めようなど無理に決まっている。俺はこれはただ見守るしかないと思っていた。


 「この戦い、私たちで止められないかしら?」


 一瞬の静寂が訪れる。




 その間俺は混乱しながらも様々な思考が頭の中をよぎっていた。


 何言ってるんだこの女は。これまで叶井さんのことをわかっていた気でいたが、今回ばかりは理解しかねる。俺たちに何ができるっていうんだ。


 「どうするんだよ。今回の話は俺たちの力でどうにかできる話じゃないのは叶井さんもよくわかってるだろ。」

 「できる、できないじゃないわ。するのよ。私たちにはSNSがあるわ。もはや地球上のほとんどの人がSNSをしているから、一斉発報システムなんて比にならない拡散力がある。それを活用すれば人々を一気に誘導することができるわ。」


 「そんなの無茶だ。」

 「やってみなくちゃわからないでしょ。やる気がないのなら抜けてもらってもいいわ。足手まといよ。」

 

 俺は即座に断るつもりだったがそんな風に言われたら決意も揺らいでしまう。


 「分かったよ、一日待ってくれ。それまでに決断するよ。」

 「分かった。じゃあ明日午後5時にこの教室にきてちょうだい。」



 そんな話をして俺たちは別れた。

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