白髪少女に噛まれました

御殿あさり

第1話

 白髪美少女を背負って、夜道を歩いている。

 ……これだけ聞けば、なんかやましいことをしているような感じがするが、全くそんなことはない。無実である。

 俺のアパートのドアの前で爆睡していて、ゆすっても起きる気配がなかったので、交番に連れてっているだけである。いや、本当に。今は大通りを歩いているのだが、すれ違う人の視線が痛い。

 しかし、俺が社会的に死にかけている原因は、そんなことには全く気づかず、すやすやと気持ちよさそうな寝息を立てている。

 ため息をつきながら駅前の交番への道を歩くと、急に背中の少女がもぞもぞと動き、

「んぅぅ……」

と言いながら、不意に首筋に歯を立ててきた。

 歯を、立ててきた。

 あまりの痛さに、とっさに少女を振り落とし、首筋をおさえながら地面をころげまわる。駅前から続く大通りに21歳の男の絶叫が響き渡った。

 え、こいつ、噛み癖あるの!? 犬なの!?

 というか振り落とされてもまだぐっすりと寝ている。尊敬の念さえ湧いてきた。

 しかし放置するわけにも行かないし、仕方ないので起こすことにした。

「おい、起きろ!」

 10回ほど体をゆすったところで、ようやくこいつは目を覚ました。

 状況が飲み込めないような顔をしてきょろきょろとあたりを見渡すと、

「……ここどこ?」

と、呑気な発言が彼女の口から飛び出した。




「それは、……非常に申し訳ない。恨まないでくれ」

コンビニのイートインスペースで、深々と頭を下げられた。

「噛まれたぐらいでそんな恨まないって。もう怒ってないから」

 まるで俺がなんでも100倍返しマンみたいじゃないか。

「いや、そうじゃなくてだな……」

と、彼女は目をそらした。

「実は、」

「実は?」

 なんか嫌な予感しかしないぞ。

「実は! 私は吸血鬼なんだッ!」

 どこか吹っ切れたかのように、彼女はそう言った。

 前言撤回。やっぱちょっと怒ってる。




 そもそも、なぜ吸血鬼であるこいつが、うちの前にいたのか。

 その事情はこうらしい。

 実家で棺桶にこもってぐうたらしていたこいつは、「いい加減家を出なさい」と、一人暮らしさせられることに。新居に来てみたはいいものの、部屋を間違え、隣の部屋でがちゃがちゃ鍵を開けようとしていたら、力尽きて爆睡。というかこいつ俺のお隣さんかよ。

「で、寝ぼけて首筋をひと噛み……、ねぇ」

「うぅ、まぁ、大体合ってる」

と、がくっと頭を垂れる。

「まあそう下ばっか向いてるなって」

 瞬間、パアッと顔が明るくなりこっちを向いたところを、

「で、お前が血を吸うと俺にはどんな影響があるんだ?」

「おい! やめろ顔を押さえるな! というか笑顔がこわい! 顔に貼り付いたその笑顔がこわいって!」

「まあまあ、そう怖がらずに。吸血鬼同士、仲良く話そうじゃないか」

「だからその落ち着ききった笑顔が怖いんだよ! あとお前は一つ重大な勘違いをしている!」

 その言葉に、涙目でじたばたしている吸血鬼を放した。

「……まずだな、お前が吸血鬼になることは決してない」

「噛まれて、血を吸われてもか?」

「そうだ。大体血を吸った奴が吸血鬼になってたら今頃人類滅びてるだろ……」

 まあ確かにそうだ。

「じゃあ、俺は何になるんだ」

「そうだな、いわゆる眷属、ってやつだ」

「具体的に」

「お前は私に血を吸わせる。私はお前に力を与える。まあこんな感じだ」

 えぇ嫌だよ痛いもん。

「乗り気じゃなさそうな顔だな。でも私の力はすごいぞ!」

「……」

 本当か?

「寝なくても生活できる! というか寝れない!」

「ダメじゃないか」

「……では仕方ないな」

と、残念そうな顔をして。

「お前には吸血鬼化の呪いを……」

「わかった! 俺眷属になる! 眷属になります!」

 こうして、俺は半ば脅迫に近いものを受けて、お隣さんの吸血鬼の眷属になった。




「――そんなこともあったな」

「あったなじゃねえよお前! 脅迫だぞ!」

「そう怒るな。今日はお前の眷属化一周年パーティだぞ」

 目の前には、「眷属化1年おめでとう」と書かれたケーキやら、皿に山のように盛られたチキンやらがある。

「まあ、それは、用意してくれてありがとう」

「おう、まあお前はおいしく食ってろ」

 それより、といった顔で、こいつは首筋をじー、と見てくる。

「ほら、今日は右側だ」

と、その視線に応えて右の首筋を差し出す。

「これからもよろしくな」

と俺の耳にささやくと、吸血鬼はぷすりと歯を立てた。

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