09




 視界が霞んでいく中でリリスティアが少女のアバターへと戻っていく。




 「終わりね、最後のプレイヤーさん。もうあなたの理性は消えていくだけよ。」




 俺は声を殺した笑い声をあげる。こんなことが有り得るのだろうか。




 「何がおかしいの?」


 「ん、いやだって――ライフゲージが回復しているからさ」




 驚くべきことに何故かライフが回復しているのだ。


 リリスティアは一瞬目を見張ると、その姿に似合わぬ舌打ちをする。


 どうやら何か知っているようだ。






 「忘れていたわ、ラスボスたるジャッジメントオーブの




 どうやら一度じゃ俺は倒れず、しかも第二形態に移れるらしい。








 ――身体が突然見えない力によって綺麗に起こされる。


 顔の口に向かって垂直に裂け目が生まれたのが分かった。


 恐らくリリスティアから見て鉄球頭に十字が刻まれているはずだ。




 「なるほどな」




 開発も考えたものだ。


 俺が口を開けば頭は食虫植物の親玉の如く、×印に開く。




 ジャッジメントオーブ――その名に恥じない、十字架と罰を象徴するラスボスな訳だ!!






 「ふふ、喜んでいるところで悪いけど、意味のある変化は無いわ」


 「どういうことだ」


 「ジャッジメントオーブの第二形態の能力――プレイヤーが今まで倒してきた敵NPCを召喚できるのだけど、これは私がこのゲームの支配者でいる上で全敵を掌握させてもらってるから使えないの。

 残念だけど、あなたはもう一度私に倒されるだけなのよ」




 再び笑みの戻ったリリスティアはそう宣告する。






 「そんなのやってみなきゃ分からねえだろ」




 ステータスを見れば文字化けした能力があり、これだと思い発動させる。


 その途端、天井が崩れ去り赤くなった空が顔を覗かせた。


 そしてそんな世紀末じみた上空にはいくつもの棺桶が漂っていた。




 「派手なエフェクトなだけで中身は空っぽよ!! 滑稽こっけいにも程が――」




 リリスティアの嘲笑ちょうしょうが終わらぬ内に棺の蓋が外れ、住人達が姿を現す。


 それは敵モブなどではなかった。








 「何でのデータが……」




 姿を現したのは広場で無惨にやられていたプレイヤー達だ。


 但し、本人たちの意識は宿っておらず、それこそ先の俺のドッペルゲンガーもどきのように機械的な動きでこちらへ降りてきている。




 「なるほど。お前にとって倒してきた敵がプレイヤー達だから、こうして俺が召喚できた訳だ」


 「――ッ!! 論理ロジック的にそうなった訳ね!!」




 彼女にとって完全に予想外な出来事だったようだが、そもそも彼女というコンピュータウイルス自体が俺らにとっては予想外な存在なのだ。


 彼女がこの世界を支配してしまったからこそ、俺やアリシア、果てにはこの能力までイレギュラーな事態が連鎖している。






 「総員攻撃!!」




 俺がステータスに表示された号令を叫べば、プレイヤーの亡骸なきがらたちは一斉に手に持った銃の引き鉄をひきはじめた。


機関銃の雨を遥かに凌駕りょうがする、まるで銃弾の土砂降りがリリスティアを襲った。




 「こんなもの私には効かな――!?」




 彼女は自身が液体であるために銃撃は効かないと言いたかったらしい。


 無論、通常の銃弾ならばそうだったろう。




 「データそのものを射出するなんて!!」




 簡単に説明するとプレイヤーたちの放った銃弾は純粋なデータそのものであり、リリスティアのデータを打ち消しているのだ。




 「くっ!」




 弾丸が有害だと分かると必死に回避し始める彼女。


 俺はもちろん突っ立ったままでいるつもりはない。




 「ふんっ!!」




 リリスティアめがけて大斧を振り下ろすが逃げられる。だが、それも計算のうちだ。




 「ひっ!?」




 彼女が逃げた先にはプレイヤーたちの弾丸が撃ち込まれていく。


 じゅわっと蒸発するような効果エフェクトが発生し、リリスティアの身体が一回り小さくなった。




 俺は再び攻撃をしたら今度は避けられなかった。銃弾よりも俺の攻撃を受けることにしたらしい。


 効果が無いと思い込んでいて追い込むために攻撃していたが、くぐもった声を聞く限り痛みは感じているようだ。




 「あなたの大斧まで私を怯ませるまでに変化してるわね……」


 「とんだ誤算だったな、自分がもたらした変化のひずみにやられていくなんてさ」




 結局彼女は俺とプレイヤーたち全員の攻撃を回避せざるを得なくなった。


 攻防逆転、俺が有利となった今ひたすら逃げ回るリリスティアを追い続ける。


 プレイヤーたちも容赦なく弾丸を浴びさせていく。これら全ての攻撃の回避などもちろん無理な話。


 俺の攻撃が掠めるだけでリリスティアは呻き、彼女の身体を弾丸が削り取る。






 銃弾に晒されて、塩をかけられたナメクジのように小さくなっていく彼女に近づいていく。




 「ま、待って」


 「待たねえけどゆっくりやってやるよ。いたぶってくれたお礼だ」




 大斧を振り下ろす。


 ぱちゃ、と小さな水音がしたかと思えば例の蒸発音とともにリリスティアの身体は削除デリートされた。






 終わったのだ。


 この悪夢の元凶を遂に倒したのだ。








 「まだよ」




 リリスティアの笑いが混じった声に振り返る。


 そこには未だに拘束されたままのアリシアがいた。




 「……! 拘束している身体が残っていたか!」


 「そうよ。そしてアリシアを傷つけられたくなければ私の言うことを聞きなさい」




 リリスティアは通告する。


 アリシアを奪還するためにここまで来た。しかし彼女を見捨てなければ世界が獣の庭になってしまう。


 俺はどうすれば――。






 「ノゾム、私のことはもういいの」


 「アリシア!!」




 今まで黙っていたアリシアの口が開く。


 リリスティアは「体のコントロールは奪ったはずなのにどうして!?」と困惑していた。




 「私の記憶、偽物だったわ。私は造られた存在だった」




 アリシアの独白が続く。

 リリスティアが再び完全拘束を試みているようだが、上手くはいってない。




 「それでもノゾム、あなたは一緒に戦ってくれた。私のためにここまで来てくれたわ」




 アリシアの目が開く。大粒の涙が零れ落ち、彼女は笑った。




 「リリスティアに向かって言った言葉、とってもカッコよかったわ。


 ――今までありがとう」




 「何を言って――!?」


 「な、何よこれ!?」




 アリシアの身体が突如光りだし、リリスティアはパニック気味にスライム状の身体を蠢かした。


 

 「ノゾム、私は言うなればリリスティアに対する免疫機能なの。彼女の影響で〈パンドラガーデン〉を防衛するため自然発生したの」


 光がどんどん広がっていく。拘束するリリスティアを、市庁舎センタービルの部屋をどんどん塗りつぶしていく。


 「おい、アリシア! これからどうなるんだ!? 俺もお前も、この世界も!」


 もはやアリシアは影も形もなかったが、それでも俺は彼女が笑っているような気がした。


 「私含めたこの世界はリリスティアもろとも消えるわ。だからノゾム、あなたは生き延びて」

 

 「ふざけんな! お前も一緒に来い!」


 アリシアから悲しそうな雰囲気が伝わってくる。それでも彼女は今まで一緒の時に聞かせなかった、柔らかな声で答えた。


 「それは無理なの。私とこの世界ごとでなければ、リリスティアは消せないわ」


 「そんな……」


 「ばいばい、ノゾム」


 暖かな光がついに俺を包みだす。






 「ありがと」





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