08
現実世界の俺の姿をしたボスを見据える。
何度見ても好きになれない、しかしよく見知った姿に攻撃しようとする度に体が硬直する。
本能というべきなのだろうか。
こちらが怯んでいる隙に機関銃の雨あられが再び俺を襲いだす。
大きく身体を動かすことでこれをかわし、反撃の瞬間を伺う。
「げっ!!」
意を決して攻撃に踏み込もうとすれば、向こうがロケットランチャーを構えて発射。
まるで古い有名映画のように上半身をそらして回避する。
「ちくしょう……」
悪態をついたところで、無感情の相手は挑発も何もしてこない。
相手の攻撃の隙を狙い、ようやく一手打てたと思えばかわされる。
現実世界の俺は全くできなかったのに、アバターを被ってるボスといえど本当の俺見たく上手く動かないでくれと願わずにはいられない。
そんな攻防が続くが遂に終わりが来た。
俺の願いが聞き届けられた訳ではないが、相手はよく肥えた俺のアバター。
物理法則が元からなのかリリスティアのせいか分からないが、やたらリアルな〈パンドラガーデン〉で上手く動き続けるのは無理だったようだ。
「苦しんでる俺の姿を見たくねえからな、一瞬で終わらせてやる」
そう言い捨てて斬り捨てる。
心臓に深い傷を負わせ、ばったりと倒させた。
自分の死に様など見たいものではない、アリシアを助けるためにもさっさとリリスティアの後を追うことにする。
「何じゃこりゃあ!!」
思わず叫んだ外の有様は悲惨なものであった。
まず、そこら中が血の海。
獣人間の群れ。
人形達。
首無しゾンビ軍団。
雑魚モブオールスターであった。
「ぬおおおおおおおおおお!!!!」
敵の群れに突っこみながら進んでいく。
雑魚共を無理やりにでも割っていき、リリスティアの去っていった方角へ走る。
アリシアの横顔を思い浮かべる。
セクハラの応酬ばかりしてしまったが、俺は彼女のことを――
獣人間が隙ありとばかりに襲いかかってくる。
思考すら許してくれず、思わず叩きつけるようにカウンターを決める。
獣人間も人形も首無しゾンビもバラバラになっていく。
それでも数は減るどころか増えていくばかりだ。
流石に先の俺のドッペルゲンガーもどきみたいに銃弾の歓迎を受けることは無いが、うっとうしいにも程がある。
いつもなら「人気者はつれーな」ぐらいの軽口を叩くのだが、アリシアの安否を思うとそんな冗談すら言えやしない。
「マジかよ……」
雑魚をぶっ飛ばしながらなんとか進んでいたが、暗雲が立ちこみ始めた。
これ以上行かせるものかという風に、敵が一気に雪崩れ込んできたのだ。
「うおらああああああああああああああ!!!!」
掛け声と共に大斧をヘリコプターの如く回転させて迎え撃つ。
ミンチの雨というグロテスク極まりない光景が広がっていくが気にしてられない。
一分一秒でも早く先へ進んでやると歯を食いしばる。
まるでVRバッティングセンターの電子球のように飛んでくる敵をホームランしていく。
スコアがあったら凄いことになってそうだが、もしあったとしても確認している余裕は無い。
敵の多さに辟易しながらも先へと進めば見えてくる建物が一つ。
市庁センタービルだ。
悪の親玉は高いところを好むという言葉を思い出して飛び込む。
雑魚は何故か入ってこれないようだ、一息だけつくことにする。
「エレベーターは……駄目か」
楽はするなということだろうか。
階段を地道に上がっていくしかなさそうだ。
最上階まで黙々と昇った。
レッドレイクシティの市長さんは随分と高いところでお仕事していたようだ。
歩みを進めると両開きの扉が見えてきた。
「アリシア!!」
勢いよく扉を開けば、リリスティアのスライムじみた体に拘束されたアリシアが磔にされていた。
こんな状況でもなければ飛びついていたレベルのエロさである。
「あら早かったわね」
リリスティアがリリーの姿で現れる。
「私の体って分離可能なの。便利でしょう?」
「アリシアを放しやがれ」
「せっかちさんね」
リリスティアは口を尖らせながらいじけた演技を見せてくるが俺には通用しない。
「まだ調べてる途中なのよ、全然分からないの」
「はっ、良かったな」
ざまあみろと鉄球頭をがしゃがしゃと鳴らしてやる。
「ねえノゾム君」
「君付けするな」
リリスティアはにっこりと微笑みながら俺の顔を覗き込む。
「手を組みましょう」
「は?」
急な申し出に俺は困惑した。
今の今までこちらの命を狙っておいて何のつもりだ。
「私の目的を教えてあげるわ。私は情報の海の中でVRダイヴしてくる人間を観察していた。本能という欲望を満たしたがっているのに、理性と秩序に縛られて叶えられない哀れな生き物だと見てて思ったわ」
リリスティアはうつむきながら、手を後ろで組みながら、俺の周りを歩き出す。
「そこで思いついたの。私がダイヴしてきた人間の意識をハッキングして理性を奪ってしまえばいい」
彼女は俺の目の前で来て足を止め、顔を上げ、両手を広げる。
「現実世界の人々は本能に従う純粋な獣となる。そして私は支配者たる女王様――いいえ神様になる」
俺は呆然としていた。この未知のコンピューターウイルスは狂っている。
「もう一つ教えてあげるわ。なぜ私がこの〈パンドラガーデン〉というゲームを選んだかを」
彼女は手を広げたまま、回って踊りだす。
「ギリシャ神話のパンドラの箱を知ってる?人間が増えすぎて困った神様は人間同士を戦わせるために、悪意の詰まった箱をパンドラに持たせて地上に送ったの。
パンドラの箱が開かれて人間は憎み合い、食べ物と水と女を求めて争いだす。
それって現実世界の人間も一緒なの。人が増えれば人同士が殺しあって数を減らす、まるで人間の生態系なの。
ね? 私の計画にピッタリな名前の舞台ゲームでしょう?」
リリスティアは再び動きを止めて目をカッと開き、笑いながら宣言する。
「私の計画が成功すれば現実世界は〈
彼女はそこまで言い切るとニヤリと笑みを三日月型に変えて俺に再び問う。
「ノゾム、あなたはラスボスのステータスを受け継いでいる。何か役に立ってくれるはずだわ。
私に任せれば現実世界で最強の戦士にしてあげる、ゲームじゃなくて現実で獣人間狩りができるの。
だから私の元に来なさい」
リリスティアは手を差し出し、アリシアのほうを横目で見ながら更に話を続けた。
「後、アリシアの解析が終わったら彼女のこと好きにしていいわ。ぐちゃぐちゃに犯したいでしょ?」
その一言で俺の腹は決まった。
「嫌なこった」
「は?」
「てめえと手を組むのは嫌だと言ったんだよ、スライム女」
俺はリリスティアに近づくためにゆっくり、一歩ずつ踏み出していく。
「アリシアがNPCだろうが何だろうが、彼女は意志を持った人間・・だ。
そんな彼女を無理矢理犯すなんてことは、たとえ俺が変態だろうと人間としての主義に反するね。それに――」
さらに接近してガンつけてやるながら言ってやる。
「理性がなきゃ人生は楽しめないし、ゲームはゲームだから楽しいんだろ?」
「ノゾム、あなた……」
「獣になった人間をリアルでぶち殺して楽しい奴なんて狂ったサイコ野郎だ。つーわけでてめえの計画は邪魔させてもらう」
殺意もとい抹殺の敵意を全面に解き放つ。
相手は人間のように振舞っているがコンピュータウイルス、しかも全人類に害を及ぼすレベルのものだ。
消さなければいけないと、人間としての理性と本能が俺の中で必死に叫んでいる。
「残念だわ。じゃあぐずぐずに溶かしてあげる」
リリスティアは心の底から残念そうに呟いた後に、身体をスライム状にして襲い掛かってきた。
恐らく彼女のハッキングのせいでゲーム内での痛覚がリアル数値になっている。
溶かされる痛みなど想像できない上に、こちらの意識を捻り潰しに来ているはずだ。
俺は全力で回避する。
液体というだけあって攻撃が読めにくく、全力を持って対応するしかないのだ。
「ふんぬっ!」
反撃を加えていく、ところが物理攻撃が効いているようには到底見えなかった。
「この世界で私に対する攻撃は無意味よ。選択を誤った己の愚かさを呪いなさい」
リリスティアの体の一部に吹っ飛ばされる。
ちくしょう、一思いにやらずにいたぶりに来ているようだ。
「アリシアの解析が終わるまで暇だから、それまでに死んでもらっては困るのよ」
スライム殴打が続く。
水泳の飛び込みのように、水が身体を何度も打ち付けてきて痛みが走る。
感覚が麻痺しそうだ。
「…………!!」
今度は水攻めだ。リリスティアの肉体の内に閉じ込められる。息が出来ない。
開放されたかと思ったら再び吹っ飛ばされて天井に叩きつけられる。
そして床に落ちるのだって何も感じないということは無い、つまりめちゃくちゃ痛い。
「ぬおおおお……!」
それでも動く、ジャッジメントオーブの肉体。
その座を奪われたとはいえ流石はラスボス。
諦めることなくリリスティアに立ち向かうが――
「えいっ」
いつも俺が向かってくる雑魚を大斧でホームランを決めるが如く、スライム状の肉体で撥ね返してきた。
壁に叩きつけられ、あまりの勢いにめり込んでしまった。
身動きが全くできない上に、表示されたライフゲージの短さが危険を物語っていた。
「思ったより早く飽きたわ。それじゃあ、終わらせましょう」
今度は身体を剣山のように固体の棘状に変化させたリリスティア。
そして俺に覆いかぶさってくる。
悲鳴をあげることも許されずに、体が貫かれていく。
意識が遠のく中でライフゲージがゼロになったのを俺は見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます