07
「次に怪しい場所は……大学付属の精神病院かしらね」
アリシアが言うには精神病患者を入院させつつ、治療と病の研究を行う場所があるらしい。
ホラーの鉄板をこれほどかというほど踏んでいて最早意外性も無くなって来た。
ただボスキャラに関してはさっきの鋏女みたいなのは勘弁して頂きたい。
人形の苦手を通り越して、あれは本当に怖かった。
「なあ」
「何」
「誰かに見られてる」
ふと気づいた誰かの視線。
「走るぞ!!」
「わ、分かったわ!」
その場にいてはマズイ。直感でそう判断してアリシアと走り出す。
その直後、ドゥルルルルルルという音を響かせて――多分、機関銃――銃弾の雨が俺らのいた場所に降り注いだ。
「プレイヤーか!!」
最初の頃にその匂いを漂わせていたプレイヤーキラーが遂に俺らに牙を剥いたようだ。
持っている武器が強力すぎて他の奴らがやられていたのも納得――
風を切るような音がしたかと思うと、目の前の建物が爆発した。
「ロケットランチャーまで持ってるわ!!」
「クソッタレええええええええええ!!」
思いつく限りの罵詈雑言を心の内で叫びながら走る走る。
目的の病院が目の前に迫っていた。
「かなり頑丈に造られてた建物だから、多分攻撃されても陥落しないわ!」
「よっしゃ!! 突入!!」
駅員さんに怒られそうなスピードで病院の入り口に向かう。
さすがに今回はドアはふっ飛ばさず、ちゃんと開けて閉める。
そしてありったけの机やら椅子やらをかき集めてバリケードの出来上がり!!
「ふぅ……疲れた」
机にしなだれかかるその姿にこっちがふぅ……ですよ。
エロい目で見てたらシャキっと立ち上がった、休んでていいのに。
ちゃんと一休みしてから院内を探索していく。
と、第一モブ発見! 獣人間か人形か――
「え」
「どうなってやがる」
驚愕する俺らの視線の先には頭の無いゾンビみたいなのがふらついていた。
いやゾンビといえば頭が弱点だろ、なんで無いんだ。
……そうか、確か貧民街に巣食うゴキブリも頭潰しても生きてるっていうしそういう原理だ。
試しにアリシアに首なしゾンビの心臓目がけて発砲してもらう。
パン、という乾いた音に続きドサっとゾンビが倒れこむ。
「呆気なかったわね」
「思ったより楽そうだなこりゃ」
二人で肩を撫で下ろす。獣人間と人形に比べて楽で助かった。
「なあ、何か聞こえるし床が揺れてないか?」
「ええ、何か聞こえるし床が揺れているわ」
二人でぎぎぎ、と擬音がつきそうなぎこちなさで後ろを振り返る。
ありとあらゆる通路から首なしゾンビが走って集まってきた。
「くっそおおおおお集合フェロモンかよおおおおおお」
仲間の敵討ちにやってきたとか、こいつら蜂がモデルかよ!!
やられた仲間の死体食わずに運んで行ってるし、葬式でもやるつもりだろうか。
「おらああああああああああああ!!」
半ばやけくそになってゾンビ共を吹っ飛ばす。
アリシアも残り銃弾が少ないだろうにお構いなしに撃っている。
「ノゾム!!」
久々に名前を呼ばれてアリシアが指し示す方向を見てみると。
「同じ服装のやつ……」
使いまわしのグラフィックだと普通は思うだろうが、このゲームは妙に凝っているのか首無しゾンビ共の服装が個体ごとに違う。
となれば答えは一つ。
復活してやがる。
「相手するだけ無駄か!!」
「でも包囲されてるわよ!!」
ならば答えは一つ。
「野郎、ぶっとばしてやらああああああああ!!!」
大斧をフルスイングして首無しゾンビを吹き飛ばすことで道ができる。
俺とアリシアは奴らが怯んでいるうちに素早く駆け抜ける。
「しかしミソが無いのにどうやって動いているんだか……」
「私はアナタの鉄頭に脳がちゃんと詰まってるのかも疑問だわ」
HAHAHA、それに関してはアバターがですね――よく考えると俺のパターンは相当なイレギュラーだ。
他のプレイヤーは顔や体格そのままで特殊部隊の格好してた訳だし。
「ねえノゾム」
「おう、どうした」
さっきの冗談交じりの口調ではなく、深刻そうでしかも俺の名前を呼ぶ彼女。
これってもしかして……いやさすがにこのタイミングはないですよ俺!!
「それどころじゃない事態が続いていたから気づかなかったけど、私のポーチから無制限に弾丸出てくるの」
「やっぱりここはゲームの世界、もしくはゲームとアリシアの居る現実が入り混じったか」
「ゲームの世界じゃないって口を酸っぱくして言ってるじゃない。私には子供のころからこの街で過ごした記憶があるんだから」
「それが用意された記憶・・・・・・・だったとしたら?」
「…………」
NPCとして用意された彼女が過ごした人生が仮想の記憶だったとしたら。
脳科学の技術が発達した現代で、そうした偽の記憶の植え付け事件は大きな話題となっている。
麻酔を使う手術には必ず監視機関の者が見張るものだが、そいつらが買収されていたらどうにもならない。
話が少し逸れたがアリシアの持つ記憶も偽者の可能性を否めないのだ。
「……ノゾムは自分の記憶が真実だとどうやって判断できてるの?」
「他者との共有、物の感触とかだな。VRゲームで物の感触まで再現されちまったのは、現実と妄想の混濁になるって騒がれたよなあ」
「……あくまであなたは私がゲームの存在だと言いたいのね」
「ああ、パンフレットに載ってたからな。だけど――」
続く言葉を口に出そうか迷っていると、アリシアが不安げな顔を覗かせてきた。
臭い言葉なので躊躇してたが、やらない後悔よりやる後悔だ。言ってしまおう。
「俺が見て話してる限りはお前は人間そのものだよ。たとえゲームのキャラクターであったとしてもさ」
「ノゾム……」
あ~~~~~~~!! なんか変な空気になってしまった! 柄にも無いこと言ったせいで体中痒いし!!
「と、いつの間にか研究棟か」
首無しゾンビ共から逃れ、話しながら歩いている内に病院ゾーンから研究ゾーンに入ったのだが……。
「うげえ」
「見ていて気持ちのいいものじゃないわね」
人間の体のパーツのホルマリン漬けが並んでいた。全くこの病院は何を研究してたんだ。
さて俺もアリシアも既に気づいていることだが、奥へ進むにつれてゾンビ共がこっちに向かってきているのが振動で分かる。廊下は走っちゃいけません!!
「つーことはだ」
「奥に見られちゃマズイものがあるって訳ね」
とは言っても、ゾンビにとって見られてはマズイ物など到底思い浮かばない。
男だったらごにょごにょな本なのだが。
最奥の研究室への扉を開け放つ。そこで待ち構えていたのは目を覆いたくなるおぞましい物だった。
一言で言えばデカイ脳の塊。もう一言付け加えるならたくさんの脳みそが集合した脳みそ団子。
大きな円柱のガラス水槽に入れられ、たくさんのチューブに繋がれたソレは脈動している。
「首が無くても動いていたのは脳みそが此処にあったからなのね……」
「それも一まとめにされて、体のほうは働き蟻のごとく動かしてたって訳だ」
さて脳みそ団子が首無しゾンビの司令塔だと分かったからにはやることは一つである。
「どっせい!!」
大斧を思い切り振りかぶり息の根を止めてやる。ガラスが飛び散り、中の水だか溶液だかがぶちまけられる。
「……探せば生命維持装置の電源スイッチとかあったんじゃないかしら」
「いーのいーの。大体ゾンビ共が迫ってきてたんだから」
遠くの方でどさどさ倒れる音が聞こえる。恐らく本体たる脳みそ団子がやられて首無しゾンビたちが倒れているのだろう。
「やっとここまで来たね」
可愛らしい声のほうを振り向くとリリーが机に座り、脚をぱたぱたさせていた。
「どういう意味だ」
「大方ボスを倒したってこと」
俺の中でゲームの世界だということが確定した、と同時に疑問が沸く。
〈パンドラガーデン〉はボスなんてゲーム用語を登場人物に言わせるようなゲームだろうか。
「本当は私は罪を背負ったプレイヤーを導く、無邪気な案内人」
「ノゾム……やっぱり私も……」
「そうよ、アリシア。あなたは正義の乙女というプレイヤーのサポートキャラよ」
アリシアが驚愕の表情のまま凍る。
俺だって自分がゲームの登場キャラだって子供に言われたらショックを受ける。
「真相を知ってるのか、お前は」
「知ってるなんてレベルじゃないわ」
リリーはニッコリ笑う、子供らしい無邪気な笑顔を浮かべて。
「VRゲームでしかなかった〈パンドラガーデン〉の仮想現実を変化させた原因は私よ。いうなればウイルスってことかしらね」
「なっ!!!」
原因究明は原因からによる説明で果たされた。
驚愕、以外の言葉が出てきやしない。
「私は違う世界からやってきて、そしてリリーというNPCデータに乗り移った」
リリーは机から降りてアリシアの方に近づいていく。
「そんな異次元のコンピュータウイルスの私にも分からないことがあるわ。……あなたたちのことよ」
アリシアの顔を見上げた後、その顔を今度は俺の方へ向ける。
まるで人形のように能面で見た瞬間寒気が襲った。
アリシアは自分の事実も加え、震えてしまっている。
「サポートキャラでしかないアリシアはまるで人間のように振舞うし、ノゾム君に居たっては何故かラスボスのジャッジメントオーブになってるんだもの」
「俺ラスボスだったのか……」
鉄球頭の本当の名前が分かった上にラスボスだという事実。
いや目の前の未知のウイルスの方がとんでもない事実だけどな、もし複数いるなら仮想現実たるVRゲームが当面禁止となるだろう。
「多分私がこの世界をほぼ掌握するラスボスに置き換わったせいだと思うわ。案内役もやらなくちゃいけなかったけどね、めんどくさいことに」
リリーは膨れ面をしながら行ったりきたりを繰り返している。俺が鉄球頭になった原因もコイツにあったという訳だ。
「他のプレイヤーはKILL済み、あとはあなただけ。
なんだけど途中で追いかけてくるボスとしてのステータスが厄介で時間がかかるのよ」
よくある逃げイベント。それに出てくる鉄球頭としてのステータスが今の俺に反映されているらしい。
「私としてはアリシアだけ原因が皆目見当つかないからプログラムを調べたいのよ。その間に――」
窓ガラスが割れる音。転がり入ってくる、太りすぎの眼鏡の特殊隊員。
目に光のないその人物はよく見知った顔だった。
「ご紹介するわ、船橋望のアバターを被った途中に出てくるラスボス代理さんよ」
俺の姿をしたソレは機関銃やロケットランチャーを装備していた。
序盤プレイヤーを襲い、俺達に向かって銃撃してきたPKはコイツだったのか。
すぐさまアリシアを抱きかかえて逃げようと思ったが遅かった。
リリーの体が溶けて水のように・・・・・・・・なった、と思った瞬間アリシアが包まれてしまった。
「アリシア!!」
「~~~~!!」
アリシアは液体の中でごぼごぼと声にならない声をあげる。
『ああ、そうそう。私の名前だけど、リリーのアバターに因んで自分でつけてみたの』
水色のスライムのような液状になったリリーの声がまるで脳に語りかけてくるように聞こえる。
『私の名前はリリスティア、悪魔の涙リリスティアよ』
そのままアリシアを連れて割れた窓から出て行く。
「待て!!」
追いかけようとしたが、俺の前に奴が立ちはだかった。
ぼさぼさの頭、眼鏡、肥えた肉体。
醜くて嫌いな俺自身。
「……野郎、やってやろうじゃねえか」
とは言っても自分と瓜二つな身体を傷つけることに抵抗はある。
だがアリシアが連れ去られた先、何をされるか分からない。
彼女は共にこの世界で戦ってきた仲間であり、自分にとって――
バババババ、と機関銃の弾丸が迫ってくる。
斧を風車のように振り回し、ガード。
「せっかちだな、さすが俺だ」
俺は斧を構え、覚悟を決めた。
「急いでるからな、とっととくたばってもらう」
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