第2話 お嬢様の誕生日会

 昨日は集中できなかった。しかし、仕方ないだろう。僕の落ち度は塾がある事をど忘れしてしまった事くらいだ。

 今日は土曜日。もう誕生日会の日じゃないか。そんなつもりで見ていなかったため途端に緊張してくるが。主役は僕じゃない。行くだけ行って帰ってこよう。人任せ、他力本願な気がするがホストではなくてゲストなのだ。それくらい問題はないだろう。

 昨日の時点で母にもぽろりと言ってしまい、

「行きなさい」

 と言われてしまった。別に母の決定は絶対ではないがあまり無駄に逆らいたいとは思わない。まあ、自分としても行くのは嫌でもないのだろう。

 母に見せた時には昨日の今日で誕生日会だと気づいていたのだろうから言ってくれればよかったのに。僕は今気づいたのだ。危うく行かないところだった。って知ってると思ったのか。

「はあー」

 しかし、予定が目前になって面倒臭さを感じ、僕はため息をついた。ため息を吐ききる前に準備を済ませて家を出た。


 誕生日会場についた。

 緊張感からか少し早くについてしまったが問題なかろう。

 中はざっくりと例えるならきれいで豪華な体育館といった印象を受けた。普段は本当に体育館かもしれない広さだ。

 中には他に人の気配はなかった。一番乗りだろうか。マジカ、そんなつもりはなかったんだがな、まあ時間になれば分かるだろう。


 しかし、どれだけ待っても他に人が来る様子はなかった。外を通る人の足音が聞こえるほど静かでその足音もただ通り過ぎていくだけだった。

 嘘だろ。主催者さえ現れる気配がない。

 だが、まだ開始時間まで時間はある。僕に仕掛ける理由は分からないがドッキリという可能性も考えておこう。


 開始時刻。

「ふふふ、やはり来たわね」

 声がした。

 女の声、聞いたことのある声。

 僕はその声を聞いて舞台に背を向け、入ってきた扉へ歩き出した。

「ちょ、ちょっと、待ちなさい。まだ始まってもいないのよ? ねえ、無視しないで? ねえ!」

「うるさいな。聞こえてるよ、来たよ、来た来た。でも意外だったな。僕以外誰も来てないが花嶺高子お嬢様にお友達はいないのか? それとも、僕が間違ってるのか?」

「えぇ、おホン。間違ってないわ。あなただけなのは当たり前じゃない。あなたしか誘っていないからよ」

 僕は止めていた足を再び動かす。

「どうして? ねえどうして? ちょっと、話くらい最後まで聞きなさいよ。昨日もそうだったじゃない」

「分かったよ」

 と言いつつ僕は一度足を止めた。

「ふ、わざわざこの花嶺高子があなたのために私の誕生日会を用意してあげたのよ。さあ、存分に楽しみなさい。って、何してるの?」

「帰る。話は聞いた。気はすんだろ? 僕だけならわざわざ呼ばなくてもいいだろ」

 僕は止めていた足を再び動かした。

「そんな事ないわ。それよりどうして帰る事になるのよ」

 もう一度止まり少し考えてみた。

 確かに僕だけなら呼ばなくてもいいというのは帰る理由には弱いように感じた。そのため僕は舞台に立っているお嬢様に向き直った。

「もともとの予定なら他にも人が来ていたはずだった。だから、人の中に混じっているふりをしてこっそりひっそりと過ごす予定だったんだ。それができないなら帰ったほうがマシだ」

 僕は説明を終えたと思い。回れ右して歩き出した。

 高子はふふん。と笑った。

 僕はその様子を気にせずに歩き続けた。思っていたよりも奥まで入っていたらしい。扉まで時間がかかっている。

「あら、本当にそれができるのかしら?」

 さっきまでの余裕のない雰囲気とは違った。しかし、構わず進んでいく。

「痛っ、どういう事だよ」

「すみません。お嬢様の頼みなので」

 低い声、男の声。

 聞いた事はない。

 入ってきた扉の前には170cmをはるかに上回る身長の男がいた。上を向かないと目の前に立つ男の顔を見る事ができないほどの巨漢だった。

 決して僕が小さい訳ではないだろう。

 高校二年の僕だって170cmはあったはずだ。だから、男が170cmを超えていると分かるのだ。

 優しげな表情だが、その優しい雰囲気を上回る恐怖を男の体格から感じる。身長だけでなく筋肉もありそうだ。例えるなら巨人だ。

 いや、人の遺伝子の限界を超えた身長をしている訳ではないだろう。しかし、天才には勝てない、か。何にしてもこれだけの身長を持った人材を見つけてくる事は凄い。が、しかし、なら余計に何故僕なのだ。昨日も今日も呼び出すのは別に僕でなくてもいいだろう。もっと逸材がいるだろう。

 そう僕は一般人だ。

「なら、帰るのは諦めるよ。堂々と帰るのだけはね」

 そう言うと手に持っていた物が消えた。

 最悪を想定して持って来ていたかばんが消えた。

 勉強道具も手荷物も全て消えた。しかし、消えるのはありえない。奪われたのか。

「あ! 多分、あの時の」

 かすかに感じる雰囲気だけだが僕は今目の前にいる人物に見覚えがあった。ひと目見た訳でもないが認識の中で招待状を渡した存在のデータ、僕の勘がメイド服の人物をそう判断した。目の前の人物こそ誕生日会の招待状の渡し主。

 彼女はペコリと頭を下げると風のように姿を消してしまった。かばんは盗られてしまったらしい。

 入れ替わるようにまた誰かが現れた。

「ねぇ、私の出番はまだ? ってガラガラじゃない。何よこれ。高子ちゃん嫌われてるの?」

「まだよ、春美。それに私は嫌われてないわ。誘ってないだけ」

「そうなのー? ゲッ高井じゃん。マジカー」

「姫宮さん。お嬢様の前です言葉遣いに気をつけてください。それにお客様もいらっしゃってます」

「はいはい。え! うそー。本当じゃ~ん。うわ、男かー、ねぇ高子ちゃんこれどういう事? 聞いてはいたけど」

 花嶺高子はパンパンと二度手を叩いた。

 即座に片膝を立ててさっきのメイドが現れた。

「黒子、春美の相手をしてあげて」

「はい」

「え、いーの? じゃ、引っ込んどくね。出番になったら言ってね高子ちゃん。少年、楽しみにしとくんだぞ」

 何やら指をさされて言われてしまったが、僕は姫宮春美とやらの出番まで残っているとは言ってないぞ。

 だが、手ぶらの状態では脱出は不可能だろう。僕の意志とは無関係でいる事になるかもしれない。そもそも今の僕に何ができるのか。

「あまり警戒しなくていいわよ」

「そーかい」

「あくまで今日は私の誕生日パーティなのだから」

 まあ、ドラマで見る金持ちのパーティシーンで使われるセットとかにも似てるといえばそうだろう。特にシャンデリアなんかはかなりそれっぽい。これを口にすればニセモノのとホンモノを比べるなとか言われそうだからやめておこう。


 誕生日会だというのに大理、黒子、春美の登場以来特に何も起きずに時間が過ぎた。部屋中ウロウロしてみたが、駄目だった。何もない。出口は僕が入って来て大理がいるのが1つと春美が出入りしたもう1つも可能性としてはそうか。

 大理のいない方も人はいるしそれに超スピードの黒子とやらまでいる。あいつ相手じゃ追いかけっこで勝つのは無理そうだ。脱出は不可能か。せめてあの靴があればな。いや、それも無理だ。今は故障中だった。あってもただ目立つだけの存在になっていただけだ。パーリーピーポーだ。

 それに元はといえばクラスメイト全員参加のパーティの予定だったのだ。人の中に紛れてやり過ごす予定だったのだ。ノリノリなやつとして扱われるであろうあの靴を履いてくる事は考えていなかった。それに何かあったときのための備えとして持ってきていた携帯用品も盗られてしまった。という事は、やはり、残るは自分のみ、か。

「一応プレゼントもあるのよ」

 僕は突然の言葉に自分の耳を疑った。

「へ? そんな物持って来てないぞ? 聞いてないぞ」

「言ってないわ。私からあなたへのプレゼントよ」

「普通逆じゃないのか?」

「力づくでも逃げようとした時のためよ」

「そりゃどーも」

 用意がいいな。はじめから出していれば僕だって無駄な抵抗はしなかったかもしれないのに。そう考えると段取りは悪いな。

「でも、逃げないし必要なさそうね。」

 そういう事か。もらえるものはもらうのが僕の信条。ここで諦めるわけにはいかない。

「いや、分からんぞ? まだ僕は逃げる事を考えてるかもしれないぞ。それに、見せたら終わりまで残るって言うかもしれないぞ」

「うーん。それもそうね」

 よし。

「では見せるわ。これよ」

 布が被せられた何かが姿を現した。やけに薄い。テレビだろうか。お嬢様が布を取るとその中身を確認できた。それはありとあらゆるパーツ、ツールが画面に写ったテレビに見えた。

「現物はここにはないけど、画面に写っている物があなたへのプレゼントよ」

 あれなら、靴も、それだけじゃない自転車だって自分の力で直せるじゃないか。今までできなかった事もできそうだ。

 よだれが出るのを感じ即座に拭う。くそう。乗り気じゃなかったが興奮してきている証拠だ。

「まあ、残念だけど帰るのなら渡さなくてもいいわ」

「残る。残るからどうか、お願いします。それを下さい」

「他に言うことは?」

「え? 家に置けるかわからないので、できれば倉庫も欲しいです」

「他には?」

「家だと狭いのでできれば研究施設もほしいです」

「ほ・か・に・は?」

「まだ何か注文してもいいのか?」

「もちろん注文をつけてもいいけど、それで安心して受け取れるかしら?」

 どういう事だ。何かお返しをしろという事か。そういえば昨日何か言ってたな。

「部下になってもいいです。あ」

「分かったわ。ではプレゼントはあなたの物よ」

「ちょ、ちょま、待った。せめて、他の、他ので、他のやつで」

「駄目よ。あなたはもう既に部下になってもいいと言った。それとも嘘つきとして後世まで名を残したいのかしら?」

「そんな事できるのか?」

「ええ」

 そんな。いや、はったりかもしれない。しかし、事実だったら。

「さあ、今日のパーティはまだ始まったばかりよ。楽しみましょう? 私の部下の工藤理比斗さん?」

 ぐぬぬ。してやられた。もうやけだ。欲しい物は手に入った。それでいいじゃないか。でも、ぐぬぬ。

 何故頭によぎったことを言ってしまったのだ。特に考えずに。後悔が頭を駆け巡る。僕は目の前のパーティに集中した。


 後日聞いた話によると。

「よし、とうとう私の出番ね。少年。私に惚れなさい。ってあれ? 少年は?」

「帰ったわよ」

「何でよー」

 という事があったらしい。そして、姫宮春美は本物のアイドルらしい。見ればよかっただろうか。

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