発明少年とお嬢様のスカウト

川野マグロ(マグローK)

第1話 発明少年とお嬢様のスカウト

 始業式が終わった。どうやら有名人が転校してきたらしいが僕とは関係ない。それを除けばいつもどおり始まってみればどうという事はない。例年通りで特筆すべき点などないまま終わった始業式だった。

 後は、クラスごとに分かれて担任の先生の挨拶を聞けば帰れるだろう。

 そんな思いで教室へ移動してからぼーっと過ごしているとどうやら担任挨拶も終わったらしい。こうして一日が溶けていく。先生の話よりも驚く事があったのだが、完全に自分とは縁遠い事だ。関係ない。目の前で起こっている現象だが放っておけばいいだろう。

 それでもぼーっとし続けていると机を叩く大きな音が鳴った。僕の机が叩かれたらしい。僕は眉を寄せて前を見た。

 意外な事に目の前には見目麗しく可憐な少女がいた。が、帰る。今日の用事は終わったのだ。残っている理由はない。それに机を叩くような相手からやってくるような用などない。そもそも、今目の前で机を叩いた事も他の何かを示しているのかもしれない。決して、断じて目の前の少女と関わりを持っている記憶はない。

 立ち上がり教室を出ようと出口のドアへ向かおうとすると後ろから制服の襟を掴まれた。

 苦しい。

「工藤理比斗さん。私の部下になりなさい」

 周りがざわめく。

「嫌だ」

 さらにざわめく。

「なら、話があるから学校裏まで来てくれる?」

 机を叩いた少女こと、花嶺高子は言った。

 僕は即座に言った。

「それも、嫌だ」

 僕の生活を乱しやがって。

 花嶺高子はこの辺りじゃ名前を知らない人間はいないほどの有名人で、今日話題の転校生だ。そして、言ってしまえばお嬢様だ。

 そんな人間が僕に用とはどういう風の吹き回しか、どういう理屈か、どういう訳か。しかし、理由など興味はない。理由なんてどうとでも作り出せるものだ。花の女子高生、JKだかなんだか知らないが、相手をする気はない。きっとワナだ。何かの間違いだ。

 しかし、僕の思いとは関係なく僕の体は前へ進まない。思っていたよりも握力が強いお嬢様は未だに掴んだ手を離さない。

「あなたに拒否権はないわよ」

「嫌だと言っている」

「な」

 ザワザワとどよめく周囲。それはそうだ。有名なお嬢様の頼みをただの一般人が断ったのだ。別におかしな事ではないが目の前で起こることは稀だろう。そして、驚いているのはそこら辺の僕と同じ一般人達だけではないらしい。

 まあ、後ろに立っているお嬢様の顔までは見えない。僕は後ろに目のついているタイプの人間ではないのだ。しかし、予想はできる。きっと顔を赤くしてムッとしている事だろう。

 何故わかるか。

「いいから来なさい!」

 お嬢様は有無を言わせない勢いで引っ張った。態度からも分かるが、理由は手が熱いからだ。

 そして、僕はここら一帯で名を知られているお嬢様。花嶺高子に引っ張られて校舎裏へ連れて行かれた。


 校舎裏へついたはいいものの、花嶺高子は黙っていて何かを話し出す気配がない。嫌だと言われた事がそんなにショックだったのか。うつむき加減で黙りこくっている。

 そんな様子は僕としても居心地が悪いのだが。

 ふと思いつきを試してみたくなった。堂々とかばんを探って必要な物を取り出した。

「まあ、そんなにしょげてないでこれでも食えよ」

 僕が帰ったら食べようと思ってとっておいたパンを渡した。買い食いではない。スキあらば食べようとして持ってきていた物がスキがなく食べらなかっただけだ。

「あ、ありがと」

 お嬢様が渡した物に集中している内に僕はその場を去る。帰る。見ていない事を祈って。

 付き合いきれない。

 悪い奴ではなさそうだが、何故僕なのかが分からない。本人にしてみればそれくらい心当たりがあるでしょと思っていそうだが、明確に言ってもらわねば分からない。僕はテレバシストではないのだ。

「あ・ん・ぱ・ん? あんぱん。ってこれあんぱんじゃないの! ってもういないし。もー」

 お嬢様が大声を出したので僕は足音を立てないように戻り、校舎の角から様子を見た。今はあんぱんの袋を開けて食べるところだ。空腹か? 興味か? なんだかよくはわからないがとてもおいしそうに食べている。その辺で買ったただのあんぱんだぞ? いや、本当に初めて食べるなら人は目を閉じあんぱんを味わう事もできるのか? 僕もあんぱんは好きだが絶品を味わうように食べた記憶はない。

 面白い収穫が得られた。これからも通じるかは分からないが、あんぱん作戦は続けていこう。今日で終わりとは限らないのだ。終わったら僕が食べればいい。

 クスクスと笑いながらお嬢様を見ていると後ろから肩をツンツンと突かれた。

「はい?」

 振り返ると無言で紙を胸に押し付けられた。

 受け取った物を見ると封筒のような入れ物だと分かった。

「え? あの、ちょっと?」

 ゆったりとした調子で渡された方向を見るとそこにはもう誰もいなかった。どれだけ腕を伸ばしても掴むのは空気だけだった。

 小さかった気もするし、素早かったような気もする。しかし、明確な事は何も分からない。

「おっかしいな」

 しかし、渡したやつは事実として、ほんの数秒封筒に目を落とし意識をそらしていただけで、視界の外へ出てしまうほど素早いという事だ。

 ふと、気づいた事があり声を出しそうになってから慌てて両手で口を抑える。今大きな声を出せばお嬢様にばれてしまう。

 僕は気づかれないように最初の数メートルをゆっくりと足音に気をつけて走り十分な距離をおいてから全力で走り出した。ダッシュだ。


 変な邪魔が入って忘れていた。今日は塾だった。あやうく遅刻するところだったが全力疾走のかいあってギリギリで間に合った。

 今は休み時間だ。

 息が切れた状態で受けた授業はもうなんだか分からなかった。

 一息つきたいが僕は誰からか渡された封筒を開ける。中身は招待状。次の土曜日にクラスメイト全員参加で花嶺高子の誕生日会があるらしい。そして、差出人は花嶺高子となっている。花嶺高子か。これが本当なら一体誰が僕に渡したんだ?

 そこでチャイムが鳴った。授業に戻らなくては。

 僕は封筒を閉まって席についた。

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