第十幕


 第十幕



 カフェを退店したバーバラらはケネスが運転する乗用車でイスタンブールの市内を駆け抜けると、やがて旧市街のエミニョニュ地区に建つアパートメントへと辿り着き、階段を駆け上がって最上階へと足を踏み入れた。アパートメントの内部はモサドによって踏み荒らされた状態のまま放置されており、リビングのローテーブルの上には、クンツの祖父の形見であるルガー拳銃がぽつんと取り残されるように転がっている。

「まずは着替えだ。いつまでもこんな糞ダサい格好をしていたら、あたしの美的センスと審美眼まで腐って来ちまう」

 そう言ったバーバラは、モサドに着せられた安物の無地のTシャツとハーフパンツを脱ぐや否やゴミ箱に放り込み、文字通りの意味でもって脱ぎ捨てた。そして一糸纏わぬ全裸の彼女は寝室へと移動してクローゼットを開けると、お気に入りの黒いレースの下着を身に着け、その上からやはり黒いレースのキャミソールとブーツカットのデニムジーンズ、それに黒い革のライダースジャケットを羽織る。後は踵に拍車が取り付けられたカウボーイブーツを履き、両手に革のタクティカルグラブを穿いてメタルフレームのサングラスを掛ければ着替えは完了するが、未だ身支度は完璧ではない。

「今回の敵は、モサドのメトツァダと銃剣キードーンどもだ。いつもの殺しの仕事の様な、並の装備じゃ歯が立たない」

 今度は寝室の中央に置かれたクイーンサイズのベッドの脇まで移動すると、バーバラはそのベッドのマットレスの下の空間を利用した引き出し収納を開け、内部を確認した。するとそこには安眠を約束する寝室には似つかわしくない、種々雑多な銃火器の類がずらりと並ぶ。各種拳銃、短機関銃サブマシンガン自動小銃アサルトライフル散弾銃ショットガン、それに軽機関銃や重機関銃に至るまで、その種類は様々だ。

「室内での戦闘じゃ、でか過ぎる銃は却って不利だな」

 バーバラはそう呟きながら、使い慣れた二挺のモーゼル拳銃の『モンティ』と『パイソン』とを左右の腰のホルスターに納め、更に左の脇の下のホルスターには野太い銃身バレルが剥き出しになった、やけに大きく無骨な一挺の拳銃を納める。勿論腰のガンベルトのポケットには、それらの拳銃の予備の銃弾をぎっしりと詰め込む事も忘れない。

「エマ、万が一の事態に備えて、お前もこれを持っておけ」

 ベッドの下の隠し武器庫から取り出した小さな拳銃の一つを、バーバラはエマに投げ渡した。それは樹脂製のポリマーフレームを採用した軽量小型なコンシールドタイプの拳銃、つまりグロック社製のグロック26であり、そのグロック26をエマはデニムのショートパンツの尻ポケットに捻じ込む。

「よし、行くか」

 突撃用の二挺の機関拳銃マシンピストルと予備の弾倉マガジンに加えて、ドイツのグロスフス社製のMG42汎用機関銃と弾帯が詰まった複数のアンモボックスを背負ったバーバラは、彼女と共に着替えを終えたエマを背後に従えながらアパートメントの寝室を後にした。

「おうおうおう、こいつはすごい装備だな。これから戦争でもおっ始める気か? あ?」

 リビングに姿を現した重装備のバーバラをケネスが囃し立て、トレンチコートの袖から覗く手を叩きながらげらげらと笑う。しかしバーバラにとっては、そんなケネスの笑い声がどうにも面白くない。

「おいケネス、老いぼれた皺くちゃの糞爺のくせに、何をガキみたいに笑ってやがる。お前もとっとと武器を手に取って殴り込みの準備を済ませろってんだよ、この黒んぼのアメリカ人めが」

「おっと、残念ながら、俺はお前達と一緒に殴り込みに参加する訳には行かない。なにせ俺様はこう見えても立派な公務員で、しかもMIT《トルコ国家情報機構》の正規の構成員だ。そんな公人同然の俺が他国の大使館なり総領事館なりに無断で足を踏み入れたりなんかしたら、最悪の場合は外交問題に発展しちまう。だから俺に出来る事はと言えば、お前らに有益な情報を与えて後方支援に徹する事と、せいぜい車で送り迎えしてやる事くらいだな。ああ、それとバーバラ、俺が黒んぼだったらお前だって黒んぼじゃねえかよ、このレズビアンのベルベル人め」

 ケネスは呆れ顔でそう言うと、トレンチコートのポケットからスマートフォンを取り出し、それを振りながらほくそ笑む。

「ところでついさっき、新たな情報を入手した。どうやらお前らの愛しのアデーレちゃんは、今夜遅くにも、イスタンブール国際空港からイスラエルのテルアビブへと空輸される予定らしい。だからこんな所で無駄口を叩いてないでとっとと助けに行かないと、手遅れになっちまうぞ? ん?」

「そう言う事は先に言えってんだ、この死に損ないの糞爺が!」

 銃火器を背負ったバーバラは悪態を吐きながら廊下を渡り、アパートメントの玄関へと足を向けた。そして彼女は大股でのっしのっしと歩きつつ、その場に居合わせた全員に命じる。

「エマ、クンツ、準備が出来たらあたしについて来い! ユダヤの豚どもからアデーレを助け出すぞ! ケネス、お前は車を出せ! 行き先は、イスラエル総領事館だ!」

「おう!」

 鬨の声を上げ、バーバラに先導されながら階段を駆け下りた四人は、アパートメントの前を走る路上に駐車されていたケネスの乗用車に乗り込んだ。そして運転席に腰を下ろしたケネスがハンドルを切り、アクセルペダルを踏み込むと、四人を乗せた乗用車は宵闇に沈みつつあるイスタンブールの街を疾走する。

「クンツ! お前、この機関銃を撃った事はあるか?」

「え? あ、いいえ、ありません」

 ケネスが運転する乗用車の車中で、グロスフスMG42汎用機関銃を手にしたバーバラに尋ねられたクンツは、正直に答えた。するとバーバラはかぶりを振って呆れ返り、クンツを罵倒する。

「なんだよ、親衛隊気取りのナチ公のくせに、MG42すらも撃った事が無えのかよ、この童貞インポ野郎が! だったら今ここで、簡単に教えてやる! いいか、このレシーバーを一旦後ろに引いてから、こっち側のこの穴からベルトリンクで連結された弾帯を装填するんだ! そうすれば、後は狙いを定めて引き金を引きっ放しにするだけで銃弾が連射される! それと、調子に乗ってあんまり連射し続けると銃身が過熱されて弾詰まりや暴発を引き起こすから、適度に間を置いて冷却させる事を忘れるな! 分かったな? 分かったら返事をしろ!」

「あ、ああ、はい、分かりました」

 何が何だか分からないまま返答した後部座席のクンツに、助手席のバーバラはグロスフスMG42汎用機関銃と、その銃弾が詰まったアンモボックスを投げ渡した。銃本体だけでも軽く十㎏を超える鉄の塊をいきなり投げ渡されたクンツはその重さに怯み、思わず「ぐえっ」と苦悶の声を喉から漏らす。しかし幸いにもと言うか不幸にもと言うか、今現在の段階ではこのグロスフスMG42汎用機関銃を使ってバーバラが彼に何をさせようとしているのかと言った点を、当のクンツ本人は未だ理解していない。

「それで、バーバラ」

 四人が乗る乗用車のハンドルを握るケネスが、旧市街のエミニョニュ地区からガラタ橋を渡った先の新市街のカラキョイ地区を疾走しながら、改めて尋ねる。

「これから向かうイスラエル総領事館には、真正面から堂々と乗り込むか? それとも裏口から、こそこそと忍び込むか?」

「決まってんだろ、アメリカ人! 真正面から突撃だ!」

 ケネスの問いに胸を張って答えながら、バーバラは狭い車中で拳を振り上げた。

「やっぱりそうか、このじゃじゃ馬のお転婆娘め! まったく、つくづく諜報機関インテリジェンスには向かない女だな、お前は!」

「そりゃそうさ、なにせ、知性インテリジェンスがまるで足りてないもんでね!」

 声高らかにそう謳い上げたバーバラとケネスの二人は、まるで実の親子の様に息ぴったりのタイミングでもって、互いの肩を叩き合いながらげらげらと笑い合う。そして気付けばバーバラら四人が乗った乗用車は新市街のカラキョイ地区を駆け抜け、やがて目指すべきイスラエル総領事館が建つイスタンブール市内のビジネス街へと足を踏み入れた。そして総領事館の正面玄関前で、乗用車は停車する。

「さあさあさあ、行って来いバーバラ! 残念ながら俺にはここで見ている事しか出来ないが、骨は拾ってやるから全力でもって『肉屋』の本領を発揮するがいいさ!」

「よっしゃあ!」

 笑いながら囃し立てるケネスに背中を押される格好でもって、バーバラは乗用車の助手席からビジネス街の市道の路面へと降り立った。少し遅れて、小型のグロック拳銃を隠し持ったエマと、グロスフスMG42汎用機関銃を胸に抱えたクンツもまた彼女に続く。そしてアスファルトで舗装された市道をイスラエル総領事館の正門に向かって颯爽と歩くバーバラの両手にはそれぞれ一挺ずつ、アメリカ合衆国に本社を置くオリンピック・アームズ社製のOA98機関拳銃が握られていた。ちなみにこの機関拳銃は、アメリカ合衆国で制定されたAWB《連邦攻撃武器規制》に於ける「重量が五十オンス以下」と言う拳銃の定義を満たしている事から「機関拳銃」を名乗ってはいるものの、やはりアメリカ合衆国に本社を置くアーマライト社が開発したAR15自動小銃アサルトライフルを原型として5.56×45㎜NATO弾を使用する、事実上の「片手で扱える自動小銃」である。

「何だそこのお前は! 銃を捨てろ! 銃を捨ててそこで立ち止まるんだ! 止まらんと撃つぞ! 止まれ! 止まれと言ってるんだ!」

 在イスタンブールイスラエル総領事館の正門を警備していた三人の警備員達が、両手に抜き身のOA98機関拳銃を持ったまま堂々と接近して来るバーバラの姿に驚き動揺しつつも、IMI社製のタボールAR21自動小銃アサルトライフルを構えながら怒鳴り声を上げて警告した。しかし彼らに警告された当のバーバラは一向に足を止めず、それどころか口角を吊り上げて猟奇的にほくそ笑みながら、ツインドラムマガジンが装填された機関拳銃の銃口を警備員達に向けて照準を合わせる。

「たとえ安月給の雇われ警備員だろうが、邪魔するなら容赦無くぶっ殺すぞ! このユダヤの豚どもが!」

 敵を挑発するように罵声交じりの雄叫びを上げながら、バーバラは両手に構えた二挺のOA98機関拳銃の安全装置を解除し、躊躇無く引き金を引いた。彼女が右手に構えた一挺には『ジョン』の、左手に構えたもう一挺には『ポール』の銘が、それぞれの銃身バレルにエッチングでもって刻まれている。そしてその『ジョン』と『ポール』の銃口からフルオート射撃でもって次々に射出された5.56×45㎜NATO弾の鉛の弾頭は、三人の警備員達を悲鳴を上げる間も無く一瞬にして蜂の巣にし、遮蔽物の無いイスラエル総領事館の正門前を真っ赤な鮮血と臓物、それにピンク色の肉片と脳漿が飛び散る地獄絵図へと変貌させた。

「さあ、行くぞ! エマ、クンツ、あたしについて来い!」

 後続の二人に向かってそう命じたバーバラの周囲には無煙火薬の主成分であるニトロセルロースが焼けた硝煙の香りがぷんと漂い、アスファルトで舗装された路面には、真鍮製の空薬莢が鮮やかな黄金色に輝きながら幾つも転がっている。

「糞、やっぱり開いてねえか」

 イスラエル総領事館の正門を潜り、その先の正面玄関の扉に手を掛けたバーバラが舌打ち混じりに呟いた。当然と言えば当然の事だが、彼女が手を掛けた扉は不審者の侵入を阻むために電子ロックによって固く施錠されており、採光と入館者の顔を確認するための窓に嵌め込まれたガラスも分厚く頑丈な防弾ガラスである。このままではアデーレを救出する以前に、総領事館の中に足を踏み入れる事すら出来ない。するとバーバラは革ジャンのポケットから、紙巻煙草の箱ぐらいの大きさの何やら黄土色の塊を取り出し、それを扉のドアノブ付近に圧着した。

「エマ、クンツ、物陰に隠れろ!」

 再びバーバラが後続の二人に命じ、彼女とエマ、それにクンツの三人は一旦扉の前から退避すると、総領事館を囲む外塀の陰に身を隠す。すると数十秒後、耳をつんざく爆音と全てを焼き尽くすかのような爆炎を従えながら、先程の黄土色の塊が爆発して扉とその周辺が跡形も無く吹き飛んだ。爆発の際のすさまじい轟音と衝撃に、三人の中では一番肝が据わっていないクンツが、まるで鼻っ柱を殴られた子犬がきゃんきゃんと鳴き喚くかのような情け無い悲鳴を上げる。

「ちょっとばかり、爆薬の量が多かったかな?」

 身を隠した総領事館の外塀から顔を覗かせながら、現在の状況を改めて確認したバーバラが呟いた。どうやらその口ぶりから察するに、爆発の規模とその結果は、彼女の想定を若干ながら上回っていたらしい。ちなみに今しがたの爆発を引き起こした黄土色の塊はセムテックス、つまりビルの爆破解体などで使用される、トリメチレントリニトロアミンを主成分としたプラスチック爆弾の一種である。

「まあいいか、行くぞ!」

 そう叫んだバーバラはエマとクンツの二人を背後に従えながら、再び在イスタンブールイスラエル総領事館の正面玄関に足を向けた。先程とは打って変わって粉々に吹き飛んでしまった扉は彼女らを拒絶する事無く、易々と総領事館の建屋内への侵入を許す。そしてバーバラらはかつて総領事館の正面玄関の扉だった瓦礫の山と、その爆発に巻き込まれたらしい数人の総領事館の職員達の死体を踏み越えて、建屋の二階まで見渡せる吹き抜け構造の広いロビーに足を踏み入れた。

「おい、クンツ!」

「は、はい!」

 突然名前を呼ばれたクンツが、バーバラの元へと駆け寄る。

「アデーレが持っている兎のぬいぐるみの中のGPS発信機は、未だ生きているか?」

「え? あ、はい、ちょっと待ってください……ええ、未だ生きてます」

 バーバラの問いに、胸に抱えていたグロスフスMG42汎用機関銃とアンモボックスを一旦床に置いたクンツは、ジャケットの胸ポケットから取り出したスマートフォンを操作しながら返答した。どうやらこのスマートフォンにインストールされているGPS追跡アプリを経由する事によって、アデーレが肌身離さず身に着けている筈の兎のぬいぐるみ、つまり『ヴォーパル』の位置情報を取得出来るらしい。

「よしクンツ、そいつをよこせ」

 バーバラはクンツのスマートフォンを強引に奪い取ると、それをエマに投げ渡して命じる。

「エマ、それを持って、この建物のどこかに居る筈のアデーレを探すんだ。あたしは逆方向から探しながら、メトツァダと銃剣キードーン、それにあのベレルマン大佐とか言うナルシストの腐れユダ公をぶっ殺しに行く。それでもしアデーレを見つけたら、電話であたしを呼び出せ。いいな?」

「うん、分かった。気を付けてね、バーバラ」

「お前を気を付けるんだぞ、エマ」

 互いの身を案じ合いながら、愛し合うバーバラとエマの二人は視線を絡め合った。そしてそんな二人の姿をぽかんと呆けたような表情で見つめつつ、再びグロスフスMG42汎用機関銃を胸に抱え上げたクンツがバーバラに尋ねる。

「えっと……それで私は、この機関銃で何をすればいいんでしょうか……?」

「お前はそいつをそこら中で撃ちまくって敵の眼を引き付けて、エマがアデーレを探し易いように囮になれって事だよ、この童貞の早漏包茎インポ野郎が! それと、もう暫くしたら集まって来るだろう警察がここに近付けないように、建物の外への牽制射撃も忘れるな! 分かったな? 分かったら返事をしろ!」

「は、はい!」

 怒鳴りつけられたクンツは反射的にバーバラの命令を了承してしまったが、自分がどれほど危険な重責を負わされてしまったのかと言う点を、未だ彼は理解していない。

「さあ、それじゃあ作戦開始だ! アデーレを助け出すまで暴れまくるぞ!」

 再びの鬨の声と共に、バーバラとエマ、それにクンツの三人はそれぞれの為すべき事を為さんと一斉に行動を開始した。エマはエレベーターで一旦イスラエル総領事館の最上階へと移動し、そこから一階層ずつ下降しながら、各階層を巡回して囚われの身のアデーレを探す。逆にバーバラは下の階層から上の階層に向かって建物内を巡回しつつ、彼女を排除しに寄り集まって来るであろうモサドの暗殺部隊たる銃剣キードーンと、その指揮官であるベレルマン大佐を返り討ちにする魂胆だ。

「おっと、さっそくユダヤの豚どものお出ましか」

 吹き抜け構造のロビーに武装した総領事館の職員達が姿を現すと、バーバラはそちらの方へと歩み寄りながら二挺のOA98機関拳銃『ジョン』と『ポール』を構え、照準を合わせる。

「お前らみたいなスーツ姿の雑魚どもは相手じゃねえんだよ! とっととこの場から立ち去って道を空けねえと、全員ぶっ殺すぞ!」

 バーバラは罵声交じりの警告と共に、ダークスーツに身を包んだ総領事館の職員達に向けてOA98機関拳銃を乱射した。眼が眩む程のマズルフラッシュが営業時間を終えた薄暗い総領事館の館内を明るく照らし出し、銃口からは5.56×45㎜NATO弾が耳をつんざく銃声を従えながら次々と射出され、排夾口からは鮮やかな黄金色に輝く真鍮製の空薬莢が滂沱の雨の様に排出される。

「賊は一人きりだ! 囲め! 背後に回り込め!」

 総領事館の職員の一人がそう指示を出した直後、バーバラが発射した数発の小銃弾が彼の頭に命中し、まるでコンクリートの壁に叩き付けた腐ったトマトの様に無残に吹き飛んだ。頭部を失った射殺体は力無くその場に崩れ落ち、真っ赤な鮮血と灰色の脳漿とがぼとぼとと零れ落ちて、ロビーの床に敷かれたフェルト地のカーペットを汚す。

「お前達は下がってろ! あいつは俺達が相手をする!」

 ダークスーツの下に薄手の防弾ベストを身に着けただけの総領事館の職員達を制する格好でもって、濃紺色の夜間迷彩服の上からケブラー製のボディアーマーとフェイスガード付きのヘルメットを装着したメトツァダと銃剣キードーンの工作員達が、バーバラを取り囲むような布陣を敷きつつ進軍を開始した。

「お? 来やがったな?」

 敵のレベルとギアが一段上がった事を肌で感じ取ったバーバラは、ここからが本番だとでも言わんばかりに気合いを入れ直し、これから始まる血の惨劇を想像してサングラスの奥の瞳を輝かせながら猟奇的にほくそ笑む。

「さあさあさあさあさあ! この糞野郎ども、お楽しみの殺し合いの時間だ! お前ら全員、血反吐を吐いておっんじまいな!」

 迫り来るメトツァダと銃剣キードーンの構成員達を挑発するように雄叫びを上げながら、バーバラは二挺のOA98機関拳銃を乱射し続けた。

「怯むな! ライオットシールドで身を守りつつ前進! 囲め囲め! 可能ならば各個に応戦せよ!」

 メトツァダの指揮官らしき工作員の一人が命じると、透明かつ軽量、その上頑丈なポリカーボネイト製の盾であるライオットシールドを手にした数名の工作員達が姿を現し、そのシールドの陰に身を隠しながらバーバラに迫る。彼女の主武装メインウエポンであるOA98機関拳銃から射出される5.56×45㎜NATO弾ではライオットシールドを貫通する事は出来ないので、このまま防御に重点を置きつつ包囲し、最終的にはバーバラを無傷で取り押さえようと言う魂胆だ。

「おっと、やっぱりそう言う手で来やがったか」

 しかしメトツァダと銃剣キードーンの魂胆も、百戦錬磨のバーバラにとっては想定済みの事態である。彼女は一通りOA98機関拳銃を乱射し、敵が構えたライオットシールドやフェイスガード付きのヘルメットによって銃弾が阻まれてしまうのを確認すると、手にした二挺拳銃を吊紐スリングでもって一旦背負い直した。そしてキャミソールの上から羽織った黒い革のライダースジャケットの懐に手を差し入れ、左の脇の下のホルスターからやけに大きく無骨な一挺の拳銃を取り出したかと思えば、その拳銃の撃鉄ハンマーを起こすと同時に安全装置を解除する。

「死にな」

 虚心担懐かつ単刀直入にそう呟いたバーバラは、彼女を取り囲もうとするメトツァダの工作員の一人に向けてライオットシールド越しに拳銃の照準を合わせると、躊躇無く引き金を引いた。すると撃鉄ハンマーが落ちて銃弾の薬莢内の無煙火薬が瞬く間に燃焼し尽くされ、まるで銃そのものが爆発したかのような一際大きな銃声とマズルフラッシュとがイスラエル総領事館の空気をびりびりと震わせるのと同時に、拳銃を持つ右腕が根元からぎ取れるかと思う程の甚大なる反動がバーバラを襲う。そしてそれだけの反動を生み出すエネルギーを一身に浴びながら射出された弾頭は超音速でもって飛翔し、メトツァダの工作員が手にしたライオットシールドに直撃するや否や、頑丈なポリカーボネイト製のそれを易々と貫通した。市場に出回る一般的な拳銃弾では到底考えられない、メトツァダにとっては想定外の貫徹力である。

「!」

 弾頭はライオットシールドだけでなく、それを手にしていたメトツァダの工作員の胸をボディアーマーごと貫通すると、夜間迷彩服の下の生身の肉体に巨大な風穴を開けた。射出時のエネルギーを維持したままの弾頭が直撃した胸骨は粉々に砕け散り、肋骨が裏返るかのように変形したかと思えば、その周囲の皮膚と肉とはずたずたに引き裂かれる。そして心臓を中心とした人体の急所である胸部をほぼ完全に破壊されたメトツァダの工作員は苦しむ間も無く一瞬にして絶命し、膨大な量の真っ赤な鮮血と内臓とを周囲にぶち撒けながら、糸が切れた操り人形の様にその場に崩れ落ちた。

「何だ今のは?」

 想定外の事態に、隊列の最後尾に控えるメトツァダの指揮官らしき工作員も驚きを隠せない。そして彼らメトツァダと銃剣キードーンの一団が狼狽うろたえる姿を確認したバーバラは、その無様さを嘲笑うかのように猟奇的にほくそ笑みながら歓喜の声を上げる。

「ディンズデール♪」

 陽気かつ能天気な口調で謳い上げたバーバラが手にした拳銃の銃身バレルにも、彼女が口にしたのと同じ『ディンズデール』の銘がエッチングでもって刻まれており、その銘が窓から差し込んで来る月明かりを反射してきらきらと輝いていた。そしてバーバラがコッキングレバーを引くと、拳銃の排夾口からこれまたやけに大きく無骨な真鍮製の空薬莢が排出され、紫煙をくゆらせながらカーペットが敷かれた総領事館の床をころころと転がる。その空薬莢の大きさは、明らかに拳銃弾のそれではない。

「どうだ、.50BMGの味は? 脳天にがつんと来る、爽快な味わいだろう?」

 猟奇的にほくそ笑みながらそう言ったバーバラの言葉通り、彼女が手にした超大型拳銃『ディンズデール』が使用する銃弾は俗に言うところの.50BMG、つまり12.7×99㎜NATO弾である。この銃弾は本来であれば車輌や航空機などを攻撃対象とした対物兵器、つまり重機関銃や対物ライフルなどに装填されるべき強力な小銃弾であり、至近距離から人間を撃つための拳銃に装填されて然るべき銃弾ではない。だがしかし、バーバラはそんな強力な小銃弾を射出する規格外の拳銃を、モサドの包囲網を突破するために敢えて持ち出して来たのだ。

「昔、アメリカのガンスミスに冗談半分で作らせたのが、まさかこんな所で役に立つとはなあ!」

 バーバラはそう言いながら、腰のガンベルトのポケットから取り出した新たな.50BMG小銃弾を、超大型拳銃『ディンズデール』の薬室チャンバーに装填し始める。この超大型拳銃は、銃本体と比較した際の銃弾のサイズがあまりにも大き過ぎるために、一発撃つ毎に薬室チャンバーを開放して手動で再装填しなければならない。そして装填を終えたバーバラは新たな標的に向けて照準を合わせると、やはり躊躇する事無く引き金を引いた。

「ディンズデール♪」

 轟音とでも言うべき銃声とマズルフラッシュと共に射出された弾頭がメトツァダの工作員をライオットシールドごと血祭りに上げると、バーバラは再び歓喜の声を上げ、猟奇的にほくそ笑む。

「ディンズデール♪」

 一人また一人と、行く手を遮る敵を羽虫でも叩き潰すかのように淡々と射殺しながら総領事館の廊下を歩き続けるバーバラ。そんな彼女の冷酷無比なる姿を眼にしたメトツァダと銃剣キードーンの工作員達は混乱し、次第に統制を失いつつあった。なにせ万全の防備と思われたボディアーマーもヘルメットもライオットシールドも、まるで鋼鉄製の鋭利な鋏を前にした薄紙の様に易々と打ち砕かれてしまうのだから、その心中は察するに余りある。

「ディンズデール♪」

 だがしかし、幾ら工作員達が統制を失おうとも、バーバラの手と足とは止まらない。彼女は新たな.50BMG小銃弾を装填しては撃ち、撃っては装填してを繰り返しながら、モサドの死体の山を見る間に築き上げて行く。

「ディンズデール♪」

 やがて二十数発ばかりの.50BMG小銃弾が射出された後に、一人殺しては歓喜の声を上げていたバーバラの足が不意に止まった。彼女が周囲を見渡してみれば、総領事館のそこかしこに転がるのは脳天や胸部と言った人体の急所を大口径の小銃弾でもって粉々に粉砕された物言わぬ死体ばかりで、まだ息のある生きた人間は見当たらない。

「お? もう全員ぶっ殺しちまったか? 未だ未だ食い足りねえってのに、歯応えの無え奴らだなあ、おい」

 不満げにそう呟きながら新たな.50BMG小銃弾を超大型拳銃『ディンズデール』に再装填したバーバラは、壁に寄り掛かるような姿勢のまま絶命した銃剣キードーンの工作員の死体をカウボーイブーツの爪先でもって、軽く蹴り飛ばした。フェイスガードを貫通した.50BMG小銃弾の弾頭がヘルメット内で跳弾しまくった結果、頭部がぐちゃぐちゃのミンチ状になった死体は大量の鮮血と脳漿とをぼとぼとと零れ落としながら、寄り掛かっていた壁から床へと転がり落ちる。

「ったく、だらしねえなあ。……おい、クンツ!」

 バーバラはブーツの爪先にこびりついた血を、その血の出所でもある工作員の死体が着ている夜間迷彩服の裾で拭き取りながら、背後のロビーに居る筈のクンツの名を呼んだ。

「は、はい!」

 クンツが返事をすると、バーバラは重ねて命じる。

「あたしは奥の部屋までアデーレを探しに行って来る! お前は引き続き、そこで警察が入って来ないか見張ってろ!」

 異論も反論も許さぬ高圧的な口調でもってそう命じたバーバラは、クンツの返事を待たずにイスラエル総領事館の廊下をずかずかと大股で闊歩し始めた。照明が落とされた薄暗い廊下にはモサドの工作員達の死体が点々と転がり、それらの死体の腹からまろび出た血まみれの臓物や、更にはその臓物から溢れ出た消化途中の排泄物から漂って来る血生臭い死臭と腐臭とが鼻を突く。そして彼女が廊下の最奥の一角、ちょうど男子便所の前まで差し掛かった所で、その男子便所の柱の陰から姿を現した何者かがこちらへと飛び掛かって来た。

「!」

 その何者かは夜間迷彩服とケブラー製のボディアーマー、それにフェイスガード付きのヘルメットを装着したメトツァダの工作員であり、姿を現すと同時にその手に握られたタボール散弾銃の銃口をバーバラに向ける。

「死ね! この売女ゾーナーめ!」

 ヘブライ語による侮蔑の言葉を発しながら、不意討ちを敢行したメトツァダの工作員はバーバラの顔面に照準を合わせたタボール散弾銃の引き金を三回、続けざまに引いた。

「させるかよ!」

 しかしバーバラは上体を大きく横に捻って身を翻し、タボール散弾銃による一連の銃撃を間一髪のタイミングでもって回避してみせる。男子便所内の照明が廊下に落とす影の形から、柱の陰に何者かが身を隠している事を看破していたのだ。しかし至近距離から撃ち込まれた散弾銃による連撃を回避してみせた彼女の身のこなしは神懸かりの領域に達しており、もはや常人のそれではない。そして身を翻しながらメトツァダの工作員のフェイスガードに覆われた頭部に素早く照準を合わせると、バーバラは超大型拳銃『ディンズデール』の引き金を引いた。五感を陵辱するかのような凄まじい銃声とマズルフラッシュと共に、鉛を銅でコーティングした.50BMG小銃弾の弾頭が射出される。

「!」

 しかし身を翻しながらの射撃には無理があったのか、それとも.50BMG小銃弾の強烈無比なる反動を受け止め続けたせいで腕が痺れて狙いが逸れたのか、バーバラが射出した弾頭はメトツァダの工作員の顔を覆うフェイスガードを弾き飛ばしただけで、致命傷を与えるには至らない。そしてメトツァダの工作員はフェイスガードを弾き飛ばされた衝撃でもって体勢を崩して転倒し、その手から取り落とされたタボール散弾銃もまた総領事館の廊下を転がった。

「ちっ! り損ねたか!」

 バーバラは舌打ち混じりに悪態を吐くと体勢を立て直し、銃口から紫煙が漂う超大型拳銃『ディンズデール』を脇の下のホルスターに一旦仕舞い直してから、転倒したまま立ち上がれないでいるメトツァダの工作員の元へと歩み寄る。

「その声と言葉遣い、やっぱりお前か、この売女オロスプめ」

 ヘルメットに装着されていたフェイスガードを失い、隠されていた素顔が露になったメトツァダの工作員を見下ろしながら、バーバラが呟いた。その工作員の正体はブルネットの髪の女、つまりアデーレを拉致した張本人のデボラであり、彼女の下顎には過去二度に渡ってバーバラに殴打された傷を隠すための絆創膏が貼られている。そしてバーバラは身を屈めてデボラの胸倉を掴むと、被弾の衝撃によって脳震盪を起こし、意識を半分失っているらしい彼女を強引に立ち上がらせた。

「何度ぶちのめしてやっても、身の程もわきまえずにしつこくあたしの前に現れやがって。こいつは一発、きついお灸を据えてやらなくちゃな。そうだろう?」

 バーバラが猟奇的にほくそ笑みながらそう問うと、デボラは虚ろな眼を泳がせつつ答える。

「殺せ……この売女ゾーナーが……」

「いいや、お前はあたしの強さを後世に語り継がせるための生き証人として、今は殺さないでおいてやる。ただし、二度とあたしに逆らおうだなんて思わないくらい痛めつけた上でだがな」

 そう言い終えた次の瞬間、バーバラは煉瓦の様に硬い右の拳でもって、デボラの下顎をしたたかに殴り抜いた。すると、ごきんと言う鈍い音と衝撃と共に殴り抜かれた下顎骨が真っ二つに割れて、神経をずたずたに引き裂かれるような凄まじい激痛がデボラを襲う。だがしかし、バーバラによる責め苦はこの程度では終わらない。彼女は繰り返し何度も何度も、顎が割れて変形したデボラの顔面を殴り続けた。全ての前歯が折れ、唇は裂けてそこら中に鮮血が滴り落ち、紫色の痣だらけの顔面は通常時の倍ほどにまで腫れ上がる。

「やめっ! やめてっ! ひいっ! ひいいいいぃっ!」

 デボラは苦痛に喘ぎ、悲鳴を上げながら繰り返される責め苦の静止を懇願するが、それでもバーバラの拳は止まらない。

「薄汚い売女オロスプごときが、この程度で許してもらえると思うなよ! 身の程をわきまえるまで、何度でもぶん殴ってやる!」

 顔面を殴るのに飽きたらしいバーバラは気を取り直すと、今度は打って変わって、もはや抵抗する気力も無いデボラの無防備な腹部を殴り始める。いくら軍用のボディアーマー越しとは言え、煉瓦の様に硬いバーバラの拳を何度も何度も繰り返し叩き込まれる衝撃は生半可なものではなく、一撃毎にデボラの腹を襲う激痛は、まるで内臓が破裂したかと見紛うほどのそれであった。

「そら! まだまだ! どうした! もう終わりか! へばってんじゃねえぞ!」

 もはや立っている事すら出来なくなったデボラの腹を、それでもバーバラは執拗に殴り続ける。まるでボクシングジムのサンドバッグさながらに一方的に殴られ続けたデボラの口からは、血と胃液と折れた歯が混じった吐瀉物がどぼどぼと滝の様に溢れ出て、薄暗いイスラエル総領事館のカーペット敷きの廊下の床にぶちまけられた。そしてその吐瀉物溜まりの中に、完全に膝の力が抜けてしまったデボラは殆ど意識も無いままどさりと崩れ落ちて昏倒する。

「いいか売女オロスプ。これに懲りたら、もう二度とあたしらに手を出そうだなんて馬鹿な考えを起こすんじゃねえぞ」

 最後にそう命じると、バーバラはとどめの一撃とばかりに、既に昏倒しているデボラの顔面をまるでサッカーボールの様に力任せに蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた顔面は鼻骨がぐちゃぐちゃに砕け、膨大な量の鼻血が噴出して床の上に赤い血溜まりを作り、その血溜まりの中で完全に意識を失ったデボラはぴくりとも動かない。しかも彼女は床に突っ伏したまま失禁してしまっていたので、夜間迷彩服の股間の周辺が染み出た尿によって見る間にびしゃびしゃになったかと思えば、赤い血溜まりと混じってデボラの全身を黄褐色に染める。

「さて、探索を再開するとするか」

 そう呟いたバーバラは、再びアデーレの居所を突き止めるべく総領事館の第一階層を巡回し始めた。事務室や倉庫は勿論、パントリーや守衛室などもくまなく探し回るが、どこにもアデーレの姿は無い。そして第一階層の探索がおおよそ完了した頃になって、バーバラのスマートフォンが着信音を奏で始めた。

「もしもし? エマか?」

 受話器の向こうの通話相手は、総領事館の上の階層を探索している筈のエマである。

「もしもし、バーバラ? そっちはどう? アデーレは見つかった?」

「いや、未だ見つかってない。どうやら一階には居ないようだ。上の階の方はどうなっている?」

「こっちも駄目。各階のGPSが発信されている箇所の部屋を回ってみたけれど、アデーレはどこにも居なかったの。それで、このGPS発信機は経度と緯度は表示されるけど、地上からの高さは表示されないから……」

「探索していない箇所で高さが違うのは……地下か!」

 バーバラとエマとが、同時にアデーレの居所を看破してみせた。このイスラエル総領事館の地下は、ここに勤務する職員のための駐車場として利用されている。

「エマ、あたしは階段で、お前はエレベーターで地下に向かう事にしよう。たぶんあの鼻デカ爺さんとナルシストの腐れユダ公も一緒に居る筈だから、お前が先にアデーレを見つけたとしても、あたしが到着するまでは危険だから手を出すな。分かったな? よし、それじゃあ地下で落ち合うぞ」

 バーバラはそう言うと通話を終え、スマートフォンをデニムジーンズの尻ポケットに仕舞い直した。そして建物の最奥に位置する非常階段に足を踏み入れると、地下駐車場を目指してそれを駆け下りる。

「待ってろよアデーレ……」

 非常階段を駆け下りながら、バーバラが呟いた。そして総領事館の地下に広がる駐車場に辿り着いた彼女はぐるりと視線を巡らせて、どこかに居る筈のアデーレの姿を探す。すると視界の片隅に、今にも発進せんとする一台のセダン型の、念入りにワックスが掛けられた車体が黒光りするベンツ社製の高級車が眼に留まった。

「アデーレ!」

 バーバラは囚われの身の幼女の名を叫びながら高級車の元へと駆け寄ると、その進路上に身を投げ出して、強引に行く手を遮る。突然の闖入者に驚き、耳をつんざく甲高いブレーキ音と共に急停車する高級車。するとその高級車のハンドルを握る運転手に向けて、バーバラは彼女の懐刀である超大型拳銃『ディンズデール』を構えてみせた。言うまでもなく拳銃の照準は、防弾処理が施されたフロントガラス越しに垣間見える運転手の眉間にぴたりと合わされている。

「おい、そこの運転手! 死にたくなかったら、この車に乗ってる奴らを今すぐ全員降ろせ! もたもたしてないで早くしろ! 言っておくが、これは脅しじゃないぞ! 十数える内に降ろさなければ、問答無用でお前を撃ち殺す! 十……九……八……七……」

「やめろ!」

 運転手を撃ち殺すまでの残り時間を数えるバーバラを、高級車の後部座席から地下駐車場の路面へと降り立った大柄な人影が制した。それは両手にカランビットナイフを手にした長身で体格の良い壮年の男性、つまりモサドの暗殺部隊、銃剣キードーンの指揮官たるベレルマン大佐その人である。

「お前もかつては諜報機関インテリジェンスの人間だったのなら、非戦闘員に銃口を向けるようなみっともない真似はするな」

 ベンツ社製の高級車のドアを後ろ手に閉めたベレルマン大佐が、バーバラを睨み据えながら忠告した。

「生憎と、あたしは知性インテリジェンスが足りないもんでね。こう言ったやり方しか出来ないのさ」

 バーバラはそう言うと、ベレルマン大佐を睨み返す。

「だったらお前のそのやり方で俺達を止めてみろ、このレズビアンの邪教徒が」

「ああ、望み通りやってやるさ、このナルシストの腐れユダ公め」

 差別的な侮蔑の言葉でもって相手を挑発し合いながら、イスラエル総領事館の地下駐車場の一角で、どちらも長身で筋肉質の肉体を誇るバーバラとベレルマン大佐とは真っ向から対峙した。そして一歩一歩、にじり寄るようにしてゆっくりと互いの距離を詰めながら間合いを計り合い、激突の瞬間に備える。どちらの陣営も、もはや一歩も退く事は出来ない。

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