15.平和な日々とその終わりと

 ロシア側工作員よる女子寮襲撃以来、マスコミや警察がとっかえひっかえ昼夜を問わず出入りして、その辺をうろちょろしているおかげで、ここ数日は何事もなく、エリサをはじめ、各々が平和な感じの学生生活を送っていた。

 念のため、クラブハウス屋上のアマチュア無線部兼マイコン部からの警戒体制は崩すことなく続けていたが、だんだん飽きてきた男子連中が、見張りの際に部室内の酒をあらかた飲み散らかしてしまい、部室の酒保予算を確保するための麻雀大会が開かれたり、競馬新聞、雑誌の情報をPC98で長谷川が自作した競馬予想ソフトにデータをぶち込み、予想結果となけなしの金を集めて場外馬券場に馬券を買いに行ったりしていた。

 沖田は相変わらず夏休みの研究をサボったツケでレポートに追われており、こちらは寝不足の日々が続いている。

 エリサも普通に授業に出て午後は部活を行ったりと、平和で日常的な学生生活を送っているかに見えた。マユミと智子が何くれとなくかまってはいたが、家族の安否は何もわかっておらず、内心は鬱々とした日々を送っている。

 一方で吹奏楽部での部活や友人達との気兼ねない生活は彼女にとってとても貴重なものとなった。

 そんな複雑な思いを知ってか知らずか、授業、レポート、部活の激務の合間を縫って、沖田はちょこちょことエリサと会っているようだった。

 もっとも、エリサのどちらかというと男前な性格が災いしたのもあるが、他の野次馬達の生暖かい見守りが邪魔をして、あまり進展らしきものはなかったようだ。

 なんとかエリサに繋ぎをつけて、二子玉川のチーズケーキファクトリーに二人で出かけていったところを、吉川、小坂、長谷川、他数名に尾行され、途中で気がついた沖田が連中を追い回す騒ぎになったりしていた。

 ホテルに継続して軟禁しているカーラの方は、こちらも交代で見張りをしてはいるが、毎回カーラ姉さんを励ます会と称して、スウィートに設置されているバーの酒とルームサービスで酒宴を開き、半ばやけくそ気味のカーラもかなりの飲みっぷりを見せていたようだ。

 少しずつではあるがカーラの話を聞き出した男子部メンバーであったが、その境遇にかなりの同情が集まった。

 元々政府職員ではあったが、別段イリーガルな職種でもなく、モスクワ郊外のクヴァルチーラで親子三人、慎ましくも幸せな生活を送っていたらしい。

 幼いときから自分には特殊な能力があるとは思っていたが、世間からの目を気にして、なるべく隠すように生活していたようだ。

 同じ政府関連施設で働いている夫が危険を察知して逃げる途中、夫は銃撃に倒れ、娘は拉致される。

 夫の安否は不明な上、娘は人質にとられ、拘禁されたカーラは特殊訓練を受け今回の作戦に参加することになったそうだ。

 半ば自暴自棄となったカーラを励まそうと、男子連中はあれやこれやと差し入れをしたりしていたようだが、あまり効果はなかったようだ。


 そんなある意味平和な日々が続いた日の午後。

 簡単な手荷物だけで寮を出てきたエリサが、校門を出てバス停へと向かった。

 校門を出たところで一度だけ振り返る。

 かすんだブルーの瞳から、大粒の涙がこぼれた。

 一瞬、校舎を見上げて囁くと、振り切るようにして歩き出した。


 夜になってもエリサが戻らないとマユミ達から連絡が入り、寮部屋に慌てて駆けつけた沖田達のポータブル無線に更に追い打ちで情報が入る。

「カーラ姉さんが消えた」

 その日の当番は小坂と長谷川、藤木の三人だったが、いつものように酒盛りを始めたらしい。

 その日のカーラは珍しく上機嫌で、三人を相手にウォッカのストレートの飲み比べ勝負を挑んできたらしい。調子に乗った三人が勝負に応じ、ことごとく撃破されてぶっ倒れ、最初に意識が戻った藤木がカーラ失踪に気がつき連絡をいれてよこした。

 そんなこんなで、クラブハウス屋上の部室に全員が集まったところで、更にアマチュア無線部の一番高性能な無線にコールが入り、続いてモールスが繰り返される。


 キルゾーンニイルゾ エングンオクル カシハヒトツナシ マルコ


「クソジジイからのメッセージはこんだけ」

 読み上げた長島が頭をかいた。

「役に立たねぇじじいだな」

 沖田がキャメルに火を付けようとして、長谷川に愛用のジッポを取り上げられる。

「貸しの一つは返してくれるみたいだし、当てにしても良いのかね」

 ドクターペッパー片手に椅子の背もたれに顎を乗せた吉川が誰とはなしに言った。

「それよりどうするよ。カーラ姉さんは良いとして、エリサちゃんが誘拐されたとなると早く助けねぇと…」

「んなこと言ったって、どこをどう探したらいいものか」

「カーラ姉さんまで逃げたとなると手の打ちようがないよな」

 男子陣がやんやいいただしたところで、教員室に行っていたマユミ達が部室に入ってきた。

「エリサは自分で出て行ったと思うわ」

「なんで?」

「だって、パスポートも持ち出してるし、学校には休学届が出てたわ」

「なんとっ?!」

 マユミ達が申し訳ないとは思いつつ、エリサの荷物を調べるとパスポートや財布など、簡単な身の回りの物がなくなっていたという。

 教員室に知らせると、母国の国内情勢が不安定とのことで休学して一時帰国すると届けがあったとの話だった。

「オキタ君、驚かないのね」

 やけに冷静な沖田を見て小坂が言う。

「なんとなく、そんな気がしてたからさ」

「そうなん?」

「みんなに迷惑かけたくなかったんだろうよ」

 沖田が窓の外を見て言った。

「となると、空港か」

「もしかしたら、カーラと合流してんじゃないの」

「その可能性も高いな」

「ってなると成田か」

 1990年代当時は、羽田は一部を除いて国内線専用、国際線は成田に集約され、発着便の棲み分けが行われていた。羽田の国際線化が始まるのは2000年代に入ってからだ。

「今から飛ばせば間に合うんじゃね?」

 自動車部の藤木が時計を見ながら言った。

「自動車部の一番でかいバイク貸せ」

 沖田と吉川が立ち上がり部室のドアに向かうと、突然、部室のドアが勢いよく開き、二人を吹き飛ばした。

「Hi!Guys!」

 はっきりとしたクイーンズイングリッシュが室内に響く。

 入り口に腕を組んで仁王立ちした青い瞳の美人が、真っ白な歯を見せて室内を見回した。

 アングロサクソン系の白い肌と青い瞳、金髪の長い巻カール。180センチ近くある沖田と同じくらいの身長があり、日本人からするとかなり大人に見える。

 年の頃は沖田達と変わらない感じだ。

 何故か全身ウェスタンスタイルで決めており、革製のウェスタンハットを取ると全員を強烈に睥睨した。

「Attention!!」

 有無を言わさぬ強制認識音声の大音声。

 なぜか、男子陣全員が慌てて立ち上がり、直立不動の姿勢を取った。

 すると今度は流暢な日本語で、

「貴様達!キルゾーンにいるんだぞ!死にたいのか!」

「No!Mom!」

 何故か男子全員、直立不動で大声に応えるのに、マユミ達があっけにとられる。

「Soichi!」

「Yes!Mom!」

 つかつかと沖田近寄ると、どこをどうしたものか、沖田があっさりとぶっ倒される。目を回した沖田はそのまま大の字で目を回している。

「なっ」

 マユミと智子はわけがわからず声もでない。

「なまけやがって。この糞虫が!」

 脇腹をウェスタンブーツの先で蹴り上げる。

 沖田が悶絶してのたうちまわった。

「だ、誰なの?!」

 騒ぐマユミに吉川が、

「ま、マルコ大佐の娘のローザ少佐」

「娘っていったって」

「黙ってろ。サダムよりも恐ろしい女だ」

「ヒロツグ!!!」

 今度は吉川の方に近づいてくる。

「貴様、誰が発言を許した?」

 吉川の顔面すれすれまで近づいてにらみ付ける。

 無言で腹に一発、膝蹴りを入れると、うずくまる吉川を見向きもせずに全員の前に仁王立ちになった。

「お前達糞虫どものために、私がわざわざテキサスから来てやったんだ。ありがたく思え!」

 部室のソファにどかっと座ると、ポケットから葉巻を出してガスバーナー式のライターで火を付ける。長谷川も長島も文句一つ言わない。

 ゆっくりと煙を吐き出すと、

「At ease!」

 と言い、途端に全員が緊張を解いた。

 まだうずくまって、涙目で荒い息を吐いている、沖田と吉川はほっておいて、

「みんな元気そうでなによりだ。明日1800に出発する。三名選出しろ。行き先はお前達のアイドルの故郷だ」

 そう言うと、ローザは大きなブルーの目を細めて、はじめて年相応の笑顔を皆に向けた。


To be continued.

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