14.外事五課出動

 内閣調査部外事五課。

 普段は外務省経由で処理すべき案件がまわってくるのが常だったが、その日は防衛庁内から直接アポイントをとって、内藤の所にやってくるという異例の事態が起こった。

 あまり良くない予感を想起するのに十分なその一連の動きに、内藤は頭を痛めつつ応接室で対応する。

 相手の差し出した名刺には、


 陸幕調査部別室 新井


とだけ書かれ、住所もなければ電話番号もない。

「なにぶん、色々とやっかいな案件がまわってくる室でして」

 太い黒縁のメガネを人差し指であげたその目からはどんな感情も読み取れなかった。

 茶色スーツに黒か紺か分からない地味目のネクタイ。この暑いのにベージュのトレンチを脇に置いている。

 見えないように隠された足首には日本では一部の職位にしか認められていないワルサー社のPPKを足首専用のホルスターにいれているはずだ。

 内藤が名刺にそれ以上何か書いてないのを確認すると、ローテーブルの上に置く。

 するとその名刺すら自分の内ポケットへとしまってしまった。

 うちも相当にやっかいなところだが、この男も油断出来んな。

 内藤が心の内で警戒レベルを更に高める。

「で、今日はどのようなご用件で?」

 失礼と続けてテーブルに置いてあるやたらでかいクリスタル灰皿を引き寄せる。

 マイルドセブンを取り出すと100円ライターで火を付けた。

 コーヒーを運んできた佐藤がいぶかしげに新井を見つめ、一礼して出て行った。

 それを見届けるようにして、

「なかなか、優秀な人材が取りそろえてありますな」

 それは佐藤のことだろうか?それとも奴が防衛庁の事務次官の息子だからか。

 新井はコーヒーを一口すすると、またメガネを人差し指で押し上げた。

「おたくで扱っている、そう東欧からの亡命者、いや、このケースの場合は難民ですかな。彼女の件でして」

 午後二時を過ぎた太陽の光が窓から差し込み、新井のメガネが鈍く光った。

「あの娘をそちらで確保しろと、かの国から直接、我々のかなり上に指示がきましてね」

 胸元から一枚の写真を出してテーブルに載せる。

 武蔵野高校の制服を着て友達に微笑むエリサを、望遠で撮影したものだ。

「さあ、なんのことでしょう?」

 内藤は一応とぼけてみせる。新井に話す義務はない。

 薄く笑いを浮かべた新井が、

「ああ、そうそう忘れてました」

 ソファーに置いてあった黒のビジネスバックを開けると茶封筒を取り出し内藤に渡す。

 封筒の中には上意下達のお手本のような命令書が入っていた。内藤が驚いたのはその署名と押印だ。

 驚きをなるべく表に出さないようにして封筒にしまう。

「これはこちらで?」

「ええ、それはそちらで」

 新井がもう一度メガネを鼻の上に押し上げる。

「総理はいつからアメリカの使い走りになったんですかね?」

 新井に向かって嫌みのつもりで言ったが失敗する。これではただの愚痴だ。

 新井はまた薄く笑ってそれには応えず、

「あの公国の伝説というのですかな。各国が追い回しているエスパーというか、魔女の件は既にご存じだと思いますがね」

 内藤や佐藤もまわってきた資料で読んではいるが、エスパーや魔女は基本的には一部を除いてSFやファンタジーの世界だ。所詮、何かの例えか、眉唾物だと思ってあまり気にはしていなかった。どちらにせよ、東欧の永世中立国を巡る、東西のパワーゲームとの認識でしかなかった。

「彼女には、戦略核数発分の価値があるそうでね」

 内藤があきれ顔で新井を見つめる。

「あんた、そんな話を信じるのか?」

「信じるも信じないも、私の職責ではないのでね」

 新井はそう言うとコーヒーの残りを飲み干した。

「手段は問わないと。あちらさんの責任者は息をしていればどんな状態でもかまわないとまで言っているそうだ。まあ、頼みましたよ」

 コートとビジネスバックを取ると立ち上がる。

 相手が立ち上がるのも待たずに、新井はドアへと向かった。

「そうそう、言い忘れてました」

 ドアの前で振り返ると、

「ロシア側の工作員達も数名生き残って都内に潜伏中とのことです。もっともまた襲撃を行うほどのメンバーは残ってはいないと思いますが。気をつけて下さい」

 ソファーに座ったまま新井を見送ると、入れ替わりで佐藤が部屋へと入ってきた。

「なんです?あれ?」

 遠慮無く言う佐藤に、内藤が例の封筒を渡す。

 読み進める佐藤の顔が険しさを増した。

「どういうことです?あの高校生になんでまた」

 呆れとも怒りとも取れる感情をあらわにする。

「戦略核数発分のエスパーだそうだ」

「?」

 いぶかしげに見つめる佐藤に、

「地元警察に連絡しろ。テロの可能性があるため、例の学校を封鎖するように指示。俺たちは、堂々と校門から入ってあの娘を確保するぞ」

 内藤がそう言って立ち上がる。

「本当にやるんですか?彼女、アメリカに送られたらどうなるか…」

「この国の一番上からの命令だ。対象の早期確保のためにあらゆる手段を早期に講じろと具体的な指示まで書いてある。対象の確保、学校封鎖、関連人物の尋問、日本の人権を無視して米さんの言うことを聞くのが俺たちの仕事だ」 

 自分に言い聞かせるように言って内藤が立ち上がる。

「もっとも、核兵器級のエスパーとやなら俺たちの手には負えるはずもないがな」

 ジャケットを脱いで肩にかけるとくわえタバコのままドアに向かった。


To be continued.

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