8.外事五課と二子玉マック

 内閣調査部外事五課室で、昨日のレポートを確認する内藤と佐藤は、今日何度目かになる質問を観察班のリーダーである桜井に行っていた。

 ブレザーの学生服の連中が寮に突入して数分後、いくつかの銃声と悲鳴、その後、寮を取り巻いていた他の工作員達が潮が引くように撤退を開始。

 ハイエースの助手席にカーラと呼ばれるあの女が現れてから、五分とかかからずに現場から姿を消した。

 観測班の追跡により、湾岸沿いにある東側のセーフハウスの一つに戻ったことも確認されている。

 ターゲットを拉致することなく行われた撤退劇。

 武蔵野中学高校の寮内で何かあったのは確実だった。

「寮内にもスタッフを配置しておくべきだったな」

 内藤が誰ともなしにつぶやく。

「ところで、例の高校生三人組のことはわかったのか?」

 沖田達を調べていた佐藤に声をかける。

「怪しいところはありませんね。家族や背後関係を洗いましたが、潜伏した工作員、諜報員の可能性はありませんでした。ただ…」

「ただ、どうした?」

「昨年の湾岸戦争時。クエート近郊で海外からの研修生達と一緒に街ごと包囲されて脱出が絶望視されていた修学旅行生達がいましたよね?」

 90年代初頭。イラクによる突然のクエート侵攻と占領。アメリカ、イギリス、フランス等、NATOを中心とした多国籍軍との戦争。通称ガルフウォー、湾岸戦争。

 イラクの電撃的な侵攻によって、クエート領内にも多数の外国人が取り残され、イラク軍に捕まり捕虜となった。

 クエート在住の日本人家族の多くも捕虜となり、連日、その安否についての報道が日本でも盛んに行われていた。

 戦後はじめて多数の日本人一般市民が捕虜となった戦争。

 男性以外の女性、子どもについては1ヶ月程度で先に帰国が許されたものの、日本人男性の多くが捕虜として長い間拘禁されることを余儀なくされた。

 作者も当時高校一年生だった。中高一貫の同じ男子校に通っていた同級生の家族も夏休みにクエートに滞在していたためイラク軍に捕まってしまい、皆でとても心配をしたのを思い出す。この戦争が遠くの戦争ではなく、とても身近に感じられ、自分たちは戦争をしている後方にいるだけなのだと実感したのをよく覚えている。

 話を外事五課に戻そう。

「レジスタンスの抵抗が激しいため、フセインが街ごと包囲して、砲撃やら空爆で壊滅をもくろんだ、あの街です」

 佐藤が話を続ける。

「イギリスやフランスといった国からの学生も滞在していて、なんでも、石油を精製できる微生物の研究について発表会が開催されていたとか。昨日の高校生達は、あの包囲された街からの生還者です」

「あの事件か…」

 内藤が感慨深そうに、マイルドセブンを胸ポケットから取り出すと火を付けた。

「政府も外務省もお手上げ状態で、生還は絶対不可能と言われていたな」

 帰国してすぐのインタビューで中指を立てた彼らが「外務省は信じるな!!」とスラングで怒鳴っていたのを思い出す。

 佐藤に話を促すように煙を吐いた。

「ほぼ絶望視されたいる中、彼らは多国籍軍の支配エリアに突然現れてイギリス軍に保護されました。なんで彼らがあのフセインが敷いた絶対包囲網を突破できたのか、気になりませんか?」

 佐藤がもったいを付けたように資料の入った封筒を渡す。

 中に入ったいくつかの書類や写真を確認していた内藤が

「元第22SAS連隊長に伝説の傭兵とレジスタンスの女性リーダー…映画かなにかか?」

 わざと笑った内藤が灰皿に乱暴にタバコの灰を落とす。

 佐藤は何かその言い方に違和感を感じたのか、内藤の顔を横から凝視し何も答えなかった。


「エリサちゃんはまだ寝てるのか?」

 吉川がズズズとコーラをすすり、沖田が好物のフィレオフィッシュにかぶりつきながら頷いた。

 玉川高島屋前にあるマクドナルド。

 昨日の騒ぎについて終日、警察やらマスコミやらやってきて、取り調べやインタビューが行われ、ようやく落ち着いたところで、沖田、吉川、小坂、長谷川のメンバーで抜け出してきたところだ。

 あの後、アマ部に設置したHQの監視班は、自動車部の藤木、新聞部の高梨といったメンバーを加えて監視体制を強化している。

 事情聴取には一応答えたものの、警察もマスコミも変質者、暴漢達による犯行といった見解を一様に発表している。

「エスパーを狙う謎の組織ってことだね。なんかそういう映画があったな。幻魔大戦だっけ」

 小坂がチーズバーガーを食べ終わり、チキンタツタの包みを開ける。

「古いわ。今はアキラだろ。あの工作員の女、変な薬飲んでからワープしてたしな」

「テツオー!かねだー!ってか?」

「しっかし、これからどうするよ?警察があの調子じゃ警備もそんな厳重にはならないぜ」

「特殊部隊出身の工作員に日本の警察官が役に立つかよ。こっちでなんとかするしかないな」

 皆でなんやかんや言いながら、ハンバーガーとポテトとナゲットをパクつく。

 一段落したところで、

「と、いうわけで、今日の午後から件の指定周波数で昨年のクソジジイ、いや、マルコ大佐に我が部最大の長波アンテナを使って規定コールを送信中だよ。まだ返事ないけど」

 アマ部も掛け持ちしている長谷川がテリヤキバーガーで汚れた口を拭いながら、しれっと言った。

「マジで!?あのクソジジイに頼るのか!?」

「あいつ、キライ。マジで」

「こ、殺される…」

 他の三人が同時に喚いた。

「そんなこといったって、他に誰に頼るんだよ。定期的に規定のコールサインを無線で発信中だよ」

 長谷川がさも当たり前といった感じで言い、ポテトでケチャップをすくった。


To be continued.

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