9.セーフハウス急襲

 横浜近郊の海沿いの住宅街から離れた一軒家をいくつかのダミー会社を経由して買い取ったセーフハウスが、カーラ達の日本国内での拠点の一つだった。

 セーフハウスとは各国で諜報員や工作員が活動する際に滞在先及び拠点とする隠れ家の通称だ。

 尾行車がないことを何度か確認した後、セーフハウスに撤退した彼らは、一旦本国に現状を伝えるかどうかで部隊内の意見が割れていた。

 このまま対象の捕獲を強引に進めようとする一派と、一旦本国の指示を仰ぐ一派にわかれ、ともすれば一触即発、殺し合いに発展しかねない空気となっていた。

 この部隊の一応リーダーであるカーラは中立を保っている。

 彼女も迷っているのだ。

 この作戦の失敗は彼女にとっても大きなリスクになりかねない。

 できることなら、こんな殺人狂の集団から抜け出して帰国してしまいたいがそれはできない相談だった。

 強硬派の中心はズミェイだ。メドヴェーチとその仲間が加わっている。この部隊の中でも指折りの実力者達だ。このまま再度、強引な急襲をかけて誘拐してしまう作戦を提案している。

 特に日本の高校生達にこっぴどくやられた、ズミェイとメドヴェーチはこの雪辱を果たせないうちは帰国することなど許せないと思っているようだ。

 住居の地下に作られた作戦室、各種無線、日本国内の様々な地図、海外とも衛星で通信可能な電話、そして武器庫が設置されている。

 そこに置かれた大きめの指揮卓を挟んでやり合う彼らの議論というよりは怒鳴り合いを、半ば茫然自失の状態でカーラは聞いていた。

 薬を使ってレベル50%以上の能力を引き出した代償が今だに響いているのだ。

「大尉のお考えは?」

 この隊で一番まともそうな青年士官、ズミェイと反対の立場を取るボルクがカーラの意見を促す。

「私としてはどちらでもかまわん。皆の意見がまとまったら教えてくれ。少し休ませてもらう」

 まったくやる気のない返答にボルクがため息をついた。彼はカーラが味方してくれると思っていたのだ。この部隊で数少ないまともな常識の持ち主としてある程度カーラの事を信頼していた。

 非難する声を無視してカーラが二階の自室へと戻った時だった。

 突然室内の電気が一斉に消えると同時に、二階と一階で同時にくぐもった炸裂音、ドアと壁の破られる音と複数人の足音。

 サプレッサーを通したサブマシンガンの細かな発射音が続く。

 それらの音が、ドアの横に身を寄せたカーラの耳に届いた。

 足音から良く訓練されている動きだとわかる。体重からすると日本の部隊ではない。

 カーラは自分の体がどの程度回復しているか試すように能力を解放してみる。

 途端に目の前がブラックアウトして凄まじい吐き気に襲われた。

 それでもなんとか意識を維持しつつ様子をうかがっていると、部屋の反対側の壁が唐突として弾けた。

 すかさず、スモークグレネードとフラッシュバンが投げ込まれ、閃光が爆発して煙が充満しだす。

 壁に大きくあいた黒い穴から、ゴーグルとガスマスクをつけ、サブマシンガンMP5を構えた特殊部隊が突入してくる。

 カーラがとっさに目の前の兵士達を使用率10%、物体移動で吹き飛ばした。

 サブマシンガンのサプレッサーから鋭い音がして、カーラの脇腹に重い痛みが走った。

 サプレッサーから発射される9ミリ弾をさけるようにして、ドアに体を当てるようにして外に転げ出る。

「大尉!こちらに!」

 廊下の先階段でボルクの声がした。

 脇腹を押さえながら走って行くと階下からも銃撃の音が響いている。

 スモークがたかれ視界がほとんど得られない中を、階下へと降りて進んでいく。

 キッチンに備え付けられたゴミ出し用の小さなドアから転げる様にして外にでると、駐車場とは反対の方向へと走った。

 道路から外れた場所に緊急用に停めていたトヨタのランクルに乗り込む。

 後から来たボルクが乗り込もうとしたその時、サプレッサーを通した独特な銃声が響き、ボルクがサイドウィンドウに手をついたままゆっくりと沈んでいった。

 助けようとドアを開けようとしたところに、サイドウィンドウにいくつもの弾痕ができる。

 防弾でなかったらやられたいた。

 一人が筒にストックを付けたような武器を構えるのが見える。

 グレネードランチャーと分かったとき、アクセルを思い切り踏んで車を急発進させる。

 グレネードランチャーの発射音。爆発でランクルの後輪が持ち上がるがかまわず走り続ける。

 衝撃と能力の過剰行使、脇腹からの大量出血で意識が朦朧とし始める。

 それでもカーラはなんとか意識を保ちながら、そのまま車を湾岸線へと走らせた。


「足下見やがってあのオヤジ」

 横浜近郊の倉庫街の一角で吉川がぼやいた。

 事件から二日後の午前中。

 授業の代返を今だ研究レポートと格闘中の沖田に頼んで、吉川は愛車AX-1、小坂は自動車部のVFR400Rを借りて環八から第三京浜を通ってここまで来ていた。

 白い車体にエメラルドグリーンのシートという派手なカラーリングの吉川のAX-1はお手製のカスタムが加えられている。AX-1独特のフォルムとカラーリングから沖田曰く「派手なママチャリ」。小坂のVFRはノーマルに近い仕様だがマフラーやらなんやらは交換してあった。塗装はあの赤白青のトリコロールカラーだ。

 米軍払い下げ店で買い込んだ色々な荷物を、二人のリュックと後部座席に固定して分担する。

「せめて、ボディアーマーと、アサルトライフルとグレネードくらいは手に入れたかったねぇ」

 荷物をくくり付け終わった小坂が缶コーヒーの蓋を開けた。

「日本でそんなもん売ってたらそれこそ問題だよ。まあ、スタン系のものだけでも手に入ったので良しとしよう」

 吉川がドクターペッパーののプルタブを引っ張って缶をあける。

「よく、そんな気持ち悪いもん飲めるな」

「この香りがくせになんだよ」

 一口飲んで、ふと見た倉庫街の先に停まるトヨタのハイエースが目に止まる。

 吉川が運転席の人影を見て顔色を変えた。

「マジか。にしてもなんでこんなとこに一人でいるんだ?」

 合図すると小坂も気がついたようだ。

「どうする?」

「なんか様子が変だ」

 獲物も持たずに吉川が近づいていく。

 ドアミラー越しに中を覗くと、真っ白な顔に大量の汗が浮かんでいた。

 それと、シートの下に広がる赤い染み。

 女子寮を襲い、不思議な力で吉川達を持ち上げ、逃走したカーラだった。

「撃たれてるぞ」

 少し慌てた吉川がドアを開けると首に手をあてて脈拍を測る。

「どうだ?」

 周囲を軽快しながら小坂が聞いた。

「大丈夫。まだ生きてる」

 吉川が自分のハンカチを出して傷の辺りを圧迫する。

「えーと、脇腹の銃創はどうすんだっけ?」

 吉川と小坂がうろ覚えの知識でおっかなびっくり応急処置を開始した。


To be continued.

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