湖畔に舞う

電咲響子

湖畔に舞う

△▼1△▼


「それがどうした!」


 相棒がえる。大失敗をやらかした私に相棒は目を血走らせ"茹出ゆで"の中を掻き回した。

 ひどく混乱していると判断した私は、森禍しんがの箱を開け鎮静剤入りのとがりを取り出し、即座に腕に腿に首筋に打ちつけた。


「うん。そ、れ、は、な、に。もない」


 まだしゃべれるのか。私は再度打ちつけた。


「あ? ああ、あ。あ」


 相棒の精神こころはたった今、死んだ。こいつは元より狂っていたのだ。こんな仕打ちなど跳ね返すかと思えば、結局廃人になり果てた。

 廃人ならそれはそれで使いようがある。


 私は茹出の中身を相棒の全身に振りかけ、失態の責を平坦フラットにすべく行動を開始した。


△▼2△▼


 新しい相棒は簡単に見つかった。カネを出せば簡単に見つかった。

 ありがたい。

 今回の仕事はなのだから。


 不格好だが特殊防御仕様の車で目的地に向かう。新しい相棒とともに向かう。


「後部座席の箱に入ってるもんはなんだ?」


 相棒がいてくる。


「俺を無能扱いした元相棒の死体だよ」

「わかった」

「……理解したのか?」

「理解した、とは言っちゃいないぜ? 俺は"わかった"とだけ言ったんだ」


 どうやら新しい相棒は犠牲にするにはもったいないかもしれん。

 頭の回転は早く、外見に優れ、武器の扱いも申し分ない。が、それゆえ危険な存在でもある。


「おい、先輩。なに押し黙ってんだ」

「実は俺も全貌ぜんぼうは把握していないんだ。不明瞭な点が多すぎる」

「そうか。あんたにもわからんか」


 私は知り合いの闇医院に検体を持ち込んだ。


△▼3△▼


「ほう。これは"キガクス"だな」


 闇医者ドクターカエデが言う。


「どこから採って、いや、獲ってきた?」

「それを話す義務はない」

「義務はなくとも」

「ああ…… 義理はある」


 狩猟者ハンターアキラが応える。


「グラジナル湖」

「……本当なのか?」

「嘘ついてどうなる。いいか? 俺は命がけでそれを手に入れたんだ。仲間を死なせるわけにはいかんからな」

「ほう! ひとりでやったのか!」


 カエデはアキラの成長に感嘆した。


「目を見ればわかる。お前の話に嘘はない」

手術ってくれるか?」

「…………」

「手術代金の二百五十万シラは成功報酬で支払う」

「いいだろう」


 めちゃくちゃな取り引きだった。

 カエデにとって、死地に向かうアキラが帰らなかった場合、何もかもが無駄になる。当然、報酬と同時に超理超学鉱キガクスも消えてなくなる。


 だがカエデはそれを承諾した。


「お前の両腕、両足、胸部腹部、そして―― そして頭部。術中に死んでも知らんぞ」

「死んだら死んだときに考える。やってくれ」


△▼4△▼


 私は森禍の箱を開け、散針射銃スプラニーガンを取り出した。


「これがあれば」

「これがあれば救える、だろ?」

「そう。これがあれば……!?」


 突然飛来した声に私は動転し、ながらも声の方向を振り向いた。


「お嬢さん。そいつは無理ってもんだ」


 目の前に立つ男。人間、なのだろうか。制御帯を全身に巻き両腕は黒布で覆われ両足は金属で固められている。頭部は、


「それを使うなら、大幅に改を加える必要がある」


 頭部はいたって普通だ。が、それゆえ不気味さが、不審な感情が増殖する。


「俺は知ってるぜ。そいつを修整グレードアップできる奴をな」

「西区の修整ばらし屋か?」

「はん。そんな輩に頼むわきゃねえだろ。西区の底の底にある店さ」

「……安全なのか?」

「不安全だ。お前が知っている万倍はな」

「では遺言をしたためておこう」

「やめとけ。それがっても為らずとも、お前は消える。簿からな」

「…………」

「じゃあ行くぞ。後顧の憂いはないか?」

「ああ。すべて精算してきた」


△▼5△▼


 待ち合わせ場所は湖のほとり。今までどれほどの死を呑み込んできたかもわからぬ場所だ。


「やあ。会いたかったよ」

「ああ、そうかい。会わなきゃ取り引きできねえからな」

「そうだね。こんなヤバいものは」


 半身を機械化した色男が言う。


「実際に会って取り引きする必要がある」


 私はげんを発しかけ、寸前で止めた。異様な瞳。十中八九キメてやがる。


「……伝説の修整職人も堕ちたもんだ。まさか廃人になってるとはな」

「それは違う。廃人の一歩手前、だと言ってくれたら嬉しいのだけど」

「ま、どちらにせよ私の依頼をとどこおりなく遂行してくれれば文句はないさ」

「カネは要らないよ」

「……?」

「欲しいのは検体。まだしてないよね、きみの元相棒」


 確かに私の元相棒は、総合医療施設で植物人間とほぼ同等の状態で生きている。が、間もなく親族からの援助金も尽きる頃合だ。廃棄処分も近い。そうなれば遺族にも多少のカネは戻るし社会貢献にもなる。


「ああ。まだ存命だが」

「だったら取り引きしよう。その検体に一千万シラ。どうかな?」


 やはりイカれてるのだろう。死体、いや、死体に近い人間にそんな高額を支払う者がいるはずはない。


「願ってもない話だが。前払いなら受けよう」

「了解」


 ……正気か?


「と、いうより、今きみが言った"前払い"の意味がよくわからないのだけれど、要するに"迅速に支払うこと"で構わないかな? もちろん送金先は彼の遺族」

「その通り。こいつがこのまま死ぬことに疑問の余地はない。医師のお墨付きだ」


 目の前の男は携帯型端末を操作し、直後に私の携帯型端末に結果が届いた。


「おや。リンクしてたんだね。まだリンクしてない新しい相棒の」

「するさ、今すぐ」


 言葉をさえぎる言葉を吐く。そうだ。すぐにリンクしておくべきだった。


「なるほど。……いいね、その反応」

「どういう意味だ」

「いずれ大物になるか、野垂れ死ぬか。どちらとも知れないってこと」


△▼6△▼


 この化け物を止めろ。今しがた聞いた言葉だ。だが、その言葉を発した人物はもうこの世にいない。


「ひゅう。そいつはすげえ」

「…………」

「ボロボロだっただろ。よく実用レベルまで戻したもんだ」


 結局、武具屋には私ひとりで行ってきた。

 彼の急用は、少なくとも私の急用よりはるかに大切なものだと理解していた。もしかすると生きて帰れないかもしれない。常々におわせていた感情を私はぎとった。


「この針に塗られている毒は即効性があり、」

「そして即死効果がある。だろ?」

「ああ。対象ターゲットを苦しませないために開発された毒だ」


 実際のところ、この武器の運用は極めて難しい。丁寧すぎるほどの手入れを施してなおかつ使用者の技量が求められる。

 森禍の箱に封印されていたのには理由があった、ということだ。


「それはそれは。殊勝な気遣いで」


 だが。

 だがを殺すためには犠牲が必要となる。


△▼7△▼


「貴様らは万物の諸概しょがいを知ったつもりか」


 未来あふれる若者たちに絶望を叩きつける老人の王がのたまう。


「その茹出の中に混ぜ込まれた俺の親友の怨嗟えんさを聞いたか?」


 私の相棒が応じる。


「……とどのつまり我が行為を許さない、と」

「当然だ。死んで償え」


 次の瞬間、奴は両手に得体の知れぬを構築する。と、同時に相棒が剣をかまえ飛び出し、た、瞬間、私は相棒の背を全力で蹴り飛ばした。


「!?」

「!?」


 私は相棒の背に向けて散針射銃を放った。


△▼8△▼


 眼前には死体。二体の死体。

 私は自身の失態の責が平坦フラットになった、とは思わない。が、それに近くなったはず。

 針に塗られていた毒の揮発性はすさまじく、使用者すら巻き込むほどのものだった。

 しかし、私はそれを善しとする。これまで犯してきた罪に対しての罰と考える。幸い、私には家族はいない。だから。だからもう、本懐を成し遂げた暁には何もなく……


 私は最後の力を振り絞って携帯型端末のボタンを押した。


△▼9△▼


「すべての死体の焼却が完了しました」

「ご苦労」

「遺骨はどうなされますか?」

「キガクスを散布するわけにもいかん。だが、礼を尽くす必要もある。アキラはする。それ以外は廃棄処分にしろ」

「……了解」

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湖畔に舞う 電咲響子 @kyokodenzaki

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