第5話 護符の効かない敵
1
リチャード・カーター教授の死を聞いた時、ユリアは背筋に寒気が走った。そして、彼の死因を聞き、さらに雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
教会を訪れた人と神父との会話が聞こえてきたのだ。
突然の人体発火。
モップで床掃除をしていたが、思わず落としてしまった。すぐに拾い上げるがもう手に付かない。急いでモップを片付けると、コートを片手に慌てて外へ駆け出す。何か後ろから聞こえた(恐らく神父の声だろう)が、気にせず表に出て走った。
こみ上げてくる吐き気を抑える。
カーター教授が死んだ? 事故ではないかと言われているらしいが、そうじゃないかもしれない。昨日の様子を知るユリアには、そう思えてならなかった。しかも、死亡した場所は教会からさほどはなれた場所ではない。
悪魔が・・・・・・何度も、その考えが思い浮かんだが、必死でその考えを押しやる。彼には護符を渡した。悪魔が護符を持った者に害を与えることなどできない。
ユリアは道を走ると、何人か顔見知りが挨拶をしてくれたが、彼女に返す余裕はなかった。息を切らしてカーター教授の死亡場所へ到着した。肩で息をするシスターに、道行く人は驚きの目を向けるがすぐに道の中央へと視線を移す。
警察が集まり、何やら捜査のようなことをしているが、事故として処理する気でいるのだ(そんな話をしていた)。そんなに力を入れているようには思えない。
人だかりの中央には、今も何かが燃えた痕が黒い煤と共に残る。
そこでカーター教授が死んだのだ。彼女と別れてすぐ、もしくは息子さんと会い、教会に戻ってこようとした時に・・・・・・。
彼女の睨むような視線に周囲は不思議そうな表情をするが気にしない。
護符が機能していなかったとは思えない。自分が作った物にはある程度自信もあった。そうでなければ、あの場で渡していなかっただろう。カーター教授が護符を持っていなかったのか、それとも護符を持っていながら殺されていたのか。
(おかしい)
彼女は考える。そして背筋が寒くなった。
護符を持って殺されたとすれば、それは自分の力を上回る相手だったと言うことになる。つまり、それだけ強大な悪魔だ。そんな悪魔が普通の人間を襲うわけがない。カーター教授は、それだけ重要なことに関わっていた。いや、彼の言葉を聞く限り「何かを持っていた」のだ。
彼女は寒くなって震え始めた。決して気温のせいだけではない。体の内からくる寒気だ。
博士は何をしていたのか。悪魔の目的は何なのか調べる必要がある。
事件現場を調べれば、もしかしたら何か分かることがあるかもしれないが、警察を見る限りしばらく近づけそうもない。ならば、カーター教授が教鞭を執っていた大学に行ってみることにした(大学名は聞いて知っているが、自宅はさすがに聞いてない)。
足を踏み出した時、神父への報告、という言葉が思い浮かんだが、話した場合、恐らくユリアは何もさせてもらえなくなるだろう。
彼女の中の使命感と、その奥にくすぶる好奇心が「もう少し調べてからでも遅くない」と彼女に囁いた。これは自分が関わった事件なのだ。そして自分が護符を渡した人が殺された。その裏に何が隠されているのか、暴いてやる。
そう息巻き、ユリアは大学へと向かった。
2
「ここが遺体安置所です」
墓地の脇に設置された建物だ。
正面に見えるレンガ造りのチャペルを見上げながら、ルーヴィックとヘンリーは向かって歩いていた。
「いや、本当に。いいね。このなんとも言えない芳しいにおい」
「ほんとに食欲をかきたててくれますよね」
「どこの国に行っても、この臭いだけは変わらんな」
「まぁ、元が同じですからね」
「だが、今が冬でよかった」
「夏場だったら、地獄の底よりきついですからね」
近づくほどに鼻を突くような異臭が感じられる。死体の腐敗臭だ。
ここにリチャード・カーターの焼死体が安置されている。新聞記事によれば、カーター教授は昨晩。街中を歩いている所、大衆の面前で急に体から炎を上げたとのこと。不審人物の目撃者もいない。火を付けられる位置には誰もいなかった。遠距離からの狙撃なども思案されているが、それも可能性として低いらしく、何かの拍子で発生した静電気か何かが衣類に付着していた可燃物に引火した事故ではないかと見られている。
言うまでもないが、ルーヴィック達はそうは思ってはいない。
それに、教授の助手。ステファニーが話してくれた最近の教授の研究と、素行は大いに気になる。死体に語ってもらいたいが、死人は口がきけないのが残念だった。
ルーヴィックがチャペルの入り口に立った時、先に中から人が出てきた。ルーヴィックよりも若い。短いブラウンの髪に日に焼けた健康的な肌。そんなラフな格好をしている青年は、青ざめ(といっても、ルーヴィックに比べれば血色は良い)ルーヴィック達には目もくれずに鬼気迫るような感じに歩き去っていった。
それを見送りながら二人は中へと足を踏み入れた。
中はさらに酷い臭いだった。思わずヘンリーは手を口元に添える。
「お嬢ちゃんは、外で待っててもいいんだぞ」
その様子を見てルーヴィックは意地悪く言うと、ヘンリーは嫌な顔をして見せツンと怒る。
「いえ、行きますよ。では、エスコートしてくださるかしら」
手を出すヘンリーを鼻で笑いながら奥へと進んでいく。中には五、六体の死体がさじきの上に転がっている。全てに麻布をかけ見えないようにはしてあったが、幸運にも全部を確認する手間は省けた。なにせ、焼死体はカーター教授だけだったからである。
麻布を取ると真っ黒の人形のような死体が現れる。顔の判別は正直できない。
「こりゃ、うまそうに焦げてるな」
「私は炙る程度が好きなんですけどね」
二人とも眉一つ動かさないのはさすがと言えるだろう。ルーヴィックは教授であった体に鼻を近づける。酷い悪臭が鼻をついた。
「さすがにちょっと分からんな」
「そうですか・・・・・・教授は何らかの関係があったのでしょうか?」
「何かを最近、調べていたらしい。それがこの事件のカギだ。モルエルも言っていた。〝カギ〟はイギリスにあると」
「しかし、〝何か〟とはなんですか? 教授という大きな証拠は消えました。目の前でウェルダムになっている……ウェルダムと言えば、今夜、何食べます?」
「イギリスのメシは食えたもんじゃないと聞くが、まともなのはあるのか?」
「肉を焼いて食べる。しか知らないような国民の舌に合うかは分かりません」
「ほぉ~。じゃぁ、今夜は焼いてない肉でも食わせてもらおうじゃないか」
「魚にしましょう。近所にムニエルが絶品の所があるんです」
「いいね」
たいていの人が嘔吐感を抱くような場所で、平気で食事の話をしていると、二人に近づいてくる影が。見れば、今の話を聞いていたのだろう。気持ち悪そうな顔をしながら近づいてくる男がいた。
「何か御用ですか?」
「え~っと。ロンドン市警のヘンリーです。彼は相棒のルーヴィック」
ヘンリーがニッコリと笑みを見せるが、相手は疑いの目で見ている。
「私は今回のこの焼死体を調べている医師のトレンチです」
一応と言った感じに自己紹介をするトレンチ。
「先ほどまで違う警察の方々が来ていましたが……」
「あぁ、我々は部署が違うんですよ。ややこしいですけど」
「そうですか。先ほどの方にも言いましたが、外傷はほとんど見つかりませんでした」
「彼が持っていた私物は、全て燃えてしまったのか?」
トレンチの発言を遮るようにルーヴィックが言うと、少し嫌な顔をしたがすぐに「少しなら残っている」と指差す。そこにはトレーがあり残されていた。
ほとんどは価値の無い物だ。本当に燃え残った感じの残骸に近い。ただ、一つだけ目に留まるものがあり、ルーヴィックはそれを手にする。
それは護符と呼ばれる魔よけだ。場所や施す人によって若干違うが、紙の中央部の六芒星を囲む二重の円の間には、天使の文字が書かれている。角が焦げていたがしっかりと残っていた。
「この護符はなぜ、ここまで残っている?」
ルーヴィックの問いにトレンチは首を傾げる。彼らも気付いてはいたが、理由はさっぱりだったのだろう。
「親族の方は、もう来られたんですか?」
ルーヴィックが護符をジッと見ている間、ヘンリーは話題を変えた。
「さぞ、ショックを受けていたでしょうね」
「親族でしたら、息子さんが一人いましたよ。ちょうど今、出てかれたんですれ違いませんでした?」
「あぁ、あの青年でしたか。これはしまったな」
頭を掻きながらヘンリーはルーヴィックの元へ来る。
「この護符、知ってるか?」
「確か、ウィンスマリア教会のアントニー神父が作る護符に似てますね」
「ウィンスマリア教会?」
「教授が死亡した現場からそんなに離れてないはずです」
「ヘンリー。これを持っていっても大丈夫か?」
「ど~でしょうね。一般的には私はこの事件とは畑違いですし、一度証拠品として没収されたら手に入れるのは難しいと思います。でも……」
視線の先にはトレンチがジッと彼らを見ている。持ち出すには彼の許可が必要そうだが、許可してくれるとも思えない。
「音を立てろ」
「え?」
「いいから。奴の注意をひけ」
ヘンリーはしばらくルーヴィックを見てから軽くため息をつき、教授の私物の時計であった残骸を手にトレンチの方へ近づいていく。
「トレンチさん。この私物なのですが、我々が持っていっても構いませんかね」
時計の残骸を見せながら、にこやかにヘンリーは言うが返答は冷たかった。
「それなら、押収の許可書を持ってきてもらって、サインをいただくことになります」
「許可書は後ではダメですか?」
「無理ですね」
事務的な感じに答えるトレンチは、取りつく島もない。その時にルーヴィックがヘンリーを呼ぶ声が聞こえたので、振り返るとそのはずみで手がトレーに当たり上に乗っていた器具を床にばらまいた。耳を突き刺すような甲高い音を立てながら落ちる器具を、ヘンリーは慌てて床に這いつくばる様にして回収する。
「すいません。本当にすいません。おっちょこちょいで」
拾うヘンリーの様子を呆れたように眺めるトレンチも、回収を手伝っているとルーヴィックが近づきヘンリーの腕を取り立たせる。
「いつまで地べたに這いつくばる気だ」
そう言うと一人でルーヴィックは出ていく。それを追いかけよう足を出したヘンリーだが気付いた様に、時計の残骸を教授の私物の集められた所に戻してから、トレンチに一礼して出ていった。
外に出れば、ルーヴィックは持ち出していた護符を見ていた。
「これから、どうしますか」
ヘンリーはルーヴィックの元に来ると口を開く。
「この護符について少し調べたい。なんでだ」
「私は少し、教授の人間関係について調べようと思って。さっきの息子さんも気になりますし」
「そうだな。こっからは別行動だ……なら、教授の家で落ち合おう。俺も少し見てみたい」
護符を興味深く眺めるルーヴィックの返答は半ば気のない物だった。
「ルーヴィックは教会ですか?」
ヘンリーは護符を覗き込みながら言うのに、ようやくルーヴィックは視線をヘンリーに向ける。
「あぁ、妙だと思うだろ?」
「教授が護符を持って死んだことですか?」
ルーヴィックが頷き、ヘンリーも「確かに」と答える。
教授は魔よけ護符を持っていたのだ。詳しくはわからないが、悪魔からの攻撃を防ぐための物だろうと、護符の形式などからルーヴィックは判断した。ヘンリーも同じだろう。
「悪魔は教授を殺せた」
「護符が役に立たなかった」
「でも、護符が燃えていないとなると機能していなかったわけではないようです」
「カーター教授は護符まで持って、つまり奴らの襲撃をある程度予期し、用意をしていたはずだ。だが殺された」
「保護の護符がきかない悪魔なんて」
「護符にかけられた効果が弱かったか……」
「もしくは、我々の想定を超える敵か。ですな」
不安そうな表情を見せるヘンリーのその言葉に、ルーヴィックも背筋に冷たく嫌な汗を感じた。
3
ウィンスマリア教会。
規模としてはそこそこらしいが、ルーヴィックはこれほど立派な教会は初めてだった。アメリカは宗派的に質素な場所が多いのだ。ただ、ここは教会の立派さよりも、ここにいる神父の方が有名だそうだ。
ウィンスマリア教会にいるアントニー神父は、ロンドンでは有名なエクソシストだそうだ。これまでに数多くの悪魔と戦った神父で、国からも信頼があつい。と、教会に来る途中にヘンリーが教えてくれた。
中にいるのは有名なアントニー神父と新しく入ったシスターが一人。二人だけでは広すぎるそこは、どうにもエクソシストを育てる場所らしい。腕のいいアントニーの元に新人が送られ、一人前になると出ていき新たな新人が送られてくる。と言っても、今いるシスターは、元々は孤児で昔からこの教会にいたとか。さらに詳しくヘンリーは話していた気がするが、ルーヴィックには別に知りたくもなかった上に、知る必要もないので彼の話を話半分に聞いていた。
ルーヴィックは教会の中へ入っていく。外見通り中もゴシック様式。
人の影はなく、大きいせいか余計に寂しく思う。
「まぁ、日曜じゃないしな」
呟きながらガラリとした中を進むと、ちょうど奥から一つの人影が現れる。
その影はかけている眼鏡を外し、ルーヴィックを確認すると、少し会釈する。大きくはないがしっかりとした体格。それは神父の服の上からでもわかる。白い髪は後ろに撫でつけられ、顔には多くの深い皺が刻まれているが衰えは感じさせない。意志の強そうな口元に鋭い眼光がそうさせないのかもしれない。歴戦の強者と呼ばれるだけあり、悪魔ではないがルーヴィックでも彼に睨まれたら怯んでしまった。この聖堂に人がいないのは日曜日だけが問題では無いかもしれない。
「あんたがアントニー神父?」
怯んだことを悟られない様にルーヴィックは歩み寄るとアントニーと握手をする。
「懺悔しに来たと言うわけでは……なさそうですな」
アントニー神父は口元を緩めながらルーヴィックに言った。低いがよく通りそうな声だ。
「聖なる場所に武器を持ち込むとは」
観察眼も鋭い。
コートやジャケットの上からホルスターの銃を見抜いた。もしくは、感じ取ったのかもしれない。ルーヴィックの体にしみこんだ悪魔の臭いを。
「警察のルーヴィック・ブルーだ。お忙しそうですが、時間を少しいただけたら」
「ここの責任者でもあるアントニーです」
ルーヴィックの挨拶のような皮肉を華麗にスルーするアントニー神父は片方の口角を上げるだけ。
「実は、少し聞かせてもらいたいことがあるんだ。時間は取らせない」
アントニー神父はルーヴィックを値踏みするようにしばらく見た後、そばの長椅子に座る様に示唆する。さすがに、入ってすぐのひらけた場所で話をするようなことではない。
「あぁ、失礼。できれば、二人で話せるような場所の方が」
しかし、アントニー神父は周囲を見渡し、誰もいないことを目で言った。
「ここで聞いておられるのは、主ぐらいなものです。それでも、気になると言うのならば、懺悔室にでも籠りますか?」
皮肉の笑みを笑みで返すルーヴィックは、勧められるままに椅子に腰を下ろす。
「昨晩、リチャード・カーター教授が殺害されたのはご存知かな?」
世間話もなしに、率直に本題へ入る。
「新聞には事故だとありましたが」
「残念ながら、事故じゃない。ただ、事故と扱われるだろう。表向きには」
それでわからないアントニー神父ではない。顔つきは数段、引き締まったように思える。
「それで、あなたは……この私に力を借りにいらしたと?」
「あぁ、力というよりは情報をいただきたい」
ルーヴィックの言葉に、アントニー神父は首を傾げる。
「カーター教授と面識は?」
「いえ。ありません」
「本当か? 彼はここに来ているはずなんだが」
「お会いしたことはないです。なぜ?」
ルーヴィックはジャケットの内ポケットから、先ほどのチャペルで拝借した護符を見せる。アントニー神父はそれを見て、目を細める。
「教授はこの護符を持って死んだ。これは、ここの護符のはず。こう言ったものは、護符を授ける者から本人が直接祝福を受けなければ意味がない。教授はここに来ている。もう一度、聞く。リチャード・カーター教授とは、面識は、ないんだな?」
「……残念ですが、本当にないのです」
アントニー神父は護符を手に取り、確かめるように見てから首を振る。
「これは、私が作った物ではなりません。ユリアというシスターが作った物でしょう」
「ユリア? この教会にいるシスターの?」
アントニー神父は頷く。
「彼女はどこに?」
「それが、外に出ていったきりまだ戻っていません」
「なぜ、シスターに護符を?」
「おそらく、教授が来たのは昨晩です。私は所要があり、ここにはいなかった」
そう言い、溜息をついたアントニー神父は渋い顔をする。
「神父様。御高名なあんたが気付かないはずがないと思うが、今回の事件は異様だ。あんたなら、教授が何の研究をしていたのか知ってるんじゃないか?」
「私は何も知りません」
「悪魔が何を狙っているのかの見当もつかないか?」
悪魔という単語を聞いた途端、アントニー神父は顔を顰めた。
「えぇ、見当もつきません」
「奴は、はるばる海を越えてイギリスにまでやってきて、たった一人の人間を殺した。それなりの理由が教授にはあり、そしてこの国、いや、ここロンドンにはそれをさせるだけの理由があるからだ。奴は何を狙っている?」
「知りません」
白を切るアントニー神父にルーヴィックの口調は厳しくなり、護符を手ににじり寄る。
「神父様、これを見ろ。カーター教授はこの護符を持って死んだんだ。この護符の効き目が弱かったせいなのかもしれないが、もしそうじゃなかったら? あんたの手に負えるのか? 加護と祝福の通用しない相手だったら?」
「その時は、私の天命と受け入れるだけです」
「今回の事件は何かが違う。あんたも気付いているはずだ。聞いてくれ。神父。今回の事件はすでに、天使が一人死んでる。俺の言っている意味が分かるよな?」
アントニー神父の表情は一層険しくなり、信じられないと言った感じであった。
「バランスが崩れようとしているんだ」
「あり得ません。長く保たれてきたバランスです。だが……あなたは何者ですか? 悪魔が海を越えたとなぜ分かるのです?」
「俺はそいつらを追って、ここ(イギリス)に来たからだ」
ルーヴィックは自身の素性とアメリカで起きたことを説明した。アントニー神父はモルエルの死にショックを受けながら、何度かモルエルの名を口の中だけで反芻する。
「そうですか。そうなると・・・・・・いや」
アントニー神父は独りごちる。
「なんだ?」
「いえ、なんでも。どちらにしてもバランスが崩れることなどあり得ない。これは真理に近いこと。主と、それに仕える者達が許しはしないでしょう」
「おいおい。ちゃんと目で見ているか? 今、まさにその真理が崩れようとしているんだ。ルールなんてものは無いんだ! 信仰を否定する気はないが、信仰は時に目を曇らせる」
「信仰こそ、神を信じる一歩です」
「神父様。知っていることがあるのなら、教えてくれ。教授は何を研究して、何を持っていた? この地には何がある? 奴らの狙いは?」
「…………残念ですが、お答えできません」
長い沈黙。睨み合っているかのように視線がぶつかったが、アントニー神父は静かに言うとルーヴィックは視線を外して立ち上がる。
「残念だ。俺は自分のカードを見せたぞ。だが、あんたは見せなかった。フェアじゃない。世界は今、デッドマンズ・ハンドだ。天使と教授のカードで1と8は揃い始めた。じきに全て揃うだろう。じゃ、最後の一枚は? それはあんたのカードにかかってるんじゃないか?」
そう言って、ルーヴィックは踵を返し歩き去ろうとした。
「また来る。今度はシスターと話しをするために」
「ブルーさん」
扉まで来たルーヴィックをアントニー神父が呼び止める。が、何かを話そうとしてやめてしまった。話す必要もなかったどうでもいい話でなかったら、重大すぎて初対面の相手に話すには気が引ける話だったのだろう。
アントニー神父が何も言わないことをみるとルーヴィックはそのまま出ていく。その姿をアントニー神父は複雑な表情を浮かべ見送る。
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