第7話 幼馴染と屋上2
「……あれ? 殴らないんですか……?」
純粋な疑問をそのまま投げかけたが、普通にこのセリフだけ見ると、まるで俺がドMキャラみたいだ。
「やめた」
そう言うと、彩華はまたベンチに腰掛ける。尚も表情は寂しそうだ。
「…………」
「…………」
無言の時間が流れる。
彩華の感情がまるで理解出来ていない俺は、とにかく何をすればいいのか、どんな行動を起こせばいいのか分からなかった。
だからとにかく気まずい。
『そういやノート写し終わったか?』とか言えば良いのだろうか。
いや、この状況でそんなこと絶対言うべきではない。
『お前すぐ怒るよなー』これはどうだ?
恐らくこんなこと言ったら喧嘩になるだけだ。
どうすればいい……? このまま帰ればいいのか……?
そんなことを脳内で考えていると、彩華の方が先に口を開いた。
「賢治ってさ、私のこと嫌い?」
屋上に一陣の風が吹き、風が彩華の黒く長く綺麗な髪を揺らしている。
寂しそうにする彩華の表情がより絵になるようで、俺はそんな彩華に芸術的な美しささえ感じた。
「……嫌いとか一言も言ってねーだろ」
「だってPK戦負けたって良いみたいな感じだし……。嫌いだからそんなこと言うんじゃないの……?」
そう言って彩華はうつ向いてしまった。
いつもの強気な性格はどこへやら、今にも泣きだしてしまいそうな感じだった。
「…………」
ああああああ! もう何なんだよその感じ! 人の気持ちも知らねーで!
俺はお前のことを思って関わらない方が良いんじゃないかって思ってるだけなのに!
というか俺がお前をもし嫌いだったとして何のデメリットがあるんだよ!
良いじゃねーか俺如きに何て思われようと! 道具みたいな扱いしとけよ!
もうめんどくせー!
「ああもう! じゃあ勝ってやるよPK戦! それで俺がお前を嫌いじゃないって証明してやる! その代わり俺が勝ったらもう二度とそういう話するなよ!」
俺はまっすぐに彩華を指さした。
彩華は目を丸くして驚いているようだったが、俺は畳みかけるように話し続ける。
「似合わねーんだよお前のそういう顔! いつもみたいに偉そうにしてろっつの!」
「別に私は偉そうにしてるじゃない! 何言ってんの?」
「してねーだろ! 今にも泣きそうな顔しやがって!」
てか偉そうにしてる自覚あったのかよ。
「泣きそうって、実際泣いてた賢治に言われたく無いんですけど!」
「う、それ言うのはズルいだろお前……」
卑怯だぞ。ボクシングの試合中にパイプ椅子で殴ってくるくらいズルい。
「まったく男が戦い挑まれて、負けてもいいや、みたいなこと言ってんじゃないわよ情けない! 本当に男? どこを、とは言わないけどぐちゃぐちゃに切り刻むわよ?」
「怖いんですけど!? 何で毎回そんな禍々しい言い方すんの!?」
やめてよ! 女になっちゃう!
「で? さっき言ったこと本当なんでしょうね? 絶対勝ってやるってやつ」
「え? ああ、まあ」
……ぶっちゃけノリで言っただけで自信は無いけどね。
「じゃあもし勝てなかったらどうする?」
「いや、だからそれは俺がお前と関わらないって……」
「それは賢治と戸村君の話でしょ? これは私と賢治の話してんの。あ、じゃあ良いこと思いついたわ。賢治が負けたら何故泣いてたのか私に話しなさい」
「お前話聞いてた!? 俺が戸村に負けたらお前とはもう喋れないって言ってんだろ!」
「だからそれは”賢治が私に”関わらないってことでしょ? ”私が賢治に”話しかける分には問題ないじゃない!」
「俺は関わるなって言われたんだよ! 少しも口きくな、話しかけられても無視しろって!」
「別に無視したければ無視すれば? いい度胸じゃない。無視できないくらい話しかけてやるわ。それで逃げたり隠れたり好きなだけしなさい、賢治が本気で嫌がってもしつこく話しかけてやるから。 賢治私のこと舐め過ぎよ。そんなバカみたいな男との勝負如きで私から逃げられると思わないで」
「……何でそこまでするんだよ」
「は? 賢治知らないの?」
「?」
「私って、わがままなのよ?」
堂々といたずらっぽい笑顔でそう言う彩華はいっそ清々しかった。
何の穢れも無い、まっすぐな言葉。
俺はどうやら本当に長田彩華という女を舐めていたようだ。
「…………」
彩華って女の真髄を見た気がする。
関わるなって言っても言うこと聞かないことなんて最初から理解していた。
だがそれは、一人ぼっちで生活している俺に気を遣いまくっている結果だと思っていた。
でもそれは違うのかもしれない。
もしかしたら彩華は、誰よりもわがままに、自己中に、好きなように生きているだけだったのかもしれない。
「これは賢治と私の問題。で? どうなの? 私の条件飲むの?」
「もういいよ! わかったよ、それでいい」
俺は折れた。全てのモヤモヤが晴れたわけでは無い。
まだ彩華に引け目も感じてる。
でも、何だか色々考えるのが馬鹿らしくなってしまった。
それは勿論いい意味で。
「決まりね、それじゃあ早速この後PK戦の特訓するわよ」
「はぁ? 俺とお前が?」
「そうよ? 元女子サッカー部エースストライカーがコーチになってあげるって言ってんの、ありがたく思いなさい?」
予想もしてない発言に俺は驚く。
だってそうだろ? 彩華に俺を勝たせようとするメリット無いだろ……。
俺が泣いてた理由聞きたいんじゃないのか?
「いや、お前俺に勝って欲しいのか負けて欲しいのかどっちなんだよ……」
「そんなの勝って欲しいに決まってるでしょ」
「はぁ? じゃあ負けた時の条件いらないんじゃ……」
「負けた時の条件はあくまで賢治に頑張ってもらうためよ。賢治すぐ手抜きそうだし」
「……いや、でもお前、俺が勝ったってなんのメリットもないだろ」
「あるわよ」
「何?」
「だって賢治、戸村君に酷いこと言われたんでしょ?」
「え?」
「何を言われたか知らないけど泣くくらいだもん。それくらい分かるわよ」
「…………」
「ムカつくじゃない、そういうの。でも賢治と戸村君の問題に、私が直接文句言うのも変でしょ? だから」
その後の言葉が言いづらいのか、小さくうつ向く彩華。
少し顔が赤くなっているようにも見える。
口の中で言葉をもごもごさせながら数秒経つと、何かを決心し、真剣な表情で
「絶対勝ちなさい。私は賢治ならできると思ってるわ」
そう言った。
単純だと思われるかもしれないが、俺はぶっちゃけ嬉しかった。
彩華にこんな面と向かって期待してもらうことなんて久しぶりだったからだ。
でも、成し遂げられるかは別だ。
期待してもらえる分、尚更裏切ってしまうことが嫌だった。
だから、そんなことを言われても、
「簡単には」
無理だ。
と言おうとして、俺は言葉を止めた。
相手はサッカー部のエースだ。たとえ彩華と特訓したところで、俺に勝てる可能性が少ないのは明らかだ。
だから簡単にはいかない、それは間違いじゃないのだが。
俺は今、そう言うべきじゃない。
彩華の真剣な表情が、俺にそう思わせた。
「簡単には?」
「簡単にはいかない、と思ったけどよくよく考えたらそんなことねーな。それに、幼馴染とはいえ、一応可愛い女の子に勝てって言われたんだ、勝てなきゃ男がすたるってもんよ」
この答えが意外だったのか、彩華は目を丸くして驚いているようだった。
「まぁでも、なんだ。俺サッカーとか最近全然やって無いからな、一人じゃ勝てないかもしれねー、だから色々教えてくれや……。あと、その、なんつーかあれだ。ありがとな……」
途中から恥ずかしさの限界を迎えたせいで、最後の方がほぼ自分にしか聞こえない音量になってしまった。
「……え? 最後の方よく聞こえなかったんだけど?」
「あぁぁ! もうなんでもねー! そんじゃさっさと帰ろうぜ! 俺荷物取ってくるからお前下で待ってろ!」
俺はそう言うと、彩華の返事を待たずにそのまま屋上から校内に入っていった。
そして自分の教室に向かう、のでは無く、そのまま男子トイレの個室に直行した。
理由は単純、あまりにも恥ずかしすぎて自分の顔が真っ赤になってるのが分かったからだ。
「……なにあんな程度のことで恥ずかしがってんだ俺は」
便器に座りながら頭を抱える。
いつから俺はありがとうもまともに言えないような奴になったんだ。
そんなの駄目だよな、悪い大人になっちゃう。
「……でも、彩華もズルいだろ」
そんな情けない声で呟くと、俺は一回深呼吸した。
すると、トイレからする異臭が、鼻の中いっぱいに広がった。
それが地味に強烈で、俺は思わず
『幼馴染とはいえ、一応可愛い女の子に勝てって言われたんだ、勝てなきゃ男がすたるってもんよ』
「くっせえ……」
そう呟いてしまった。
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