第6話 幼馴染と屋上1
正直言って、長田彩華という人間は凄い。
俺に対してはムカつくところも多々あるが、それ以外で言えば勉強が苦手なこと以外で悪いところが見つからない。
普通だったら幼馴染として本当に鼻が高いと思うはずだ。
だが俺は逆に、そんな彩華が幼馴染であることに、凄く引け目を感じていた。
小学生の頃は、俺の方がよく彩華を引っ張っていたし、とても仲が良かった。お昼はほとんど一緒に食べていたし、帰りはいつも一緒に帰っていた。
周りからも、『賢治君と彩華ちゃんて、本当に仲が良いよね』なんて言われることも多かったし、それに対して恥ずかしいと思うことも無かった。
今の俺と何が違うのか。
一番の理由を上げるとするなら、その時の俺は、自分が彩華をずっと守ってやんなきゃいけないんだと思っていたのだ。
だが、中学に上がり、彩華は容姿の良さや、人当たりの良さから凄く周りの人間から好意を寄せられるようになり始めた。
それでいてさらに、勉強以外のことはほとんど人並み以上に出来るようになっていって、いわゆる完璧な女性に進化していったのだ。
いや、進化というよりは、身近に居過ぎて俺が彩華の凄さに気づいていなかったのかもしれない。
それに比べて、俺は特にやりたいことも、極めて得意なこともなかった。
もちろん彩華が悪いわけでは無いし、人一倍努力していることも知っている。
だが、俺はそんな彩華と比べられてしまうことが嫌だった。
そして何より、俺のせいで彩華の評判が下がることが嫌だったのだ。
だから俺は中学一年の頃から彩華と少し距離を置くようにした。
話しかけてくる彩華に対して冷たい態度を取るようになった。
一緒にお昼を食べることも一緒に帰ることもしなくなった。
このまま俺たちの関係が消滅してしまうことが、俺にとって、彩華にとって一番良いことなんだ。そう思っていた。
だが、彩華は俺に関わることをやめなかった。
人前でべたべたするようなことが無くなり、今みたいな性格になった。そして周りに人がいないときによく話しかけてくるようになったのだ。
きっと彩華は、俺が何故冷たくするのか理由が分かっていたのだろう。
だから、気を使ってくれていたのだ。
時が立ち、高校生になった今でも、俺たちはそんな関係が続いている。
※
彩華は「ん」と屋上の隅の方に設置されている質素なベンチを指さした。
何やら座れということらしい。
言われるままに俺はベンチに腰掛け、それに続いて彩華も横に並ぶように座る。
そして、気まずそうにしている俺の方を、彩華は無表情でひたすら見てきた。
「それで? 何があったの? 詳しく分かりやすく事細かに教えてちょうだい」
事細かに、と言われると正直言って困る。
しかし、戸村と何を話したのか、彩華が戸村にどう思われているのかくらいは話す気でいたので、自分に対して当たり障りのない程度で、俺は彩華に戸村とのやり取りを話すことにした。
ただ、その前に一つ確認したいことがある。
「全然いいけど、先に一つ聞いて良いか?」
「何?」
「お前ってB組の戸村のこと好きなのか?」
話をする前に、このことについてハッキリしておきたかった。
もし俺が知らないだけで、本当に彩華が戸村のことを好きなら、そもそも俺が戸村とPK戦をする理由が無くなるからである。
その場合は彩華に対して「戸村もお前のこと好きらしいよ? 俺に気なんか遣わず付き合っちまえよ」みたいなことを言えばこの事件は丸く収まるのだ。
「は? 全然好きじゃないんだけど。あんまりふざけたこと言わないでくれる? いよいよ私のくたばらすメーターはち切れるわよ?」
どうやら俺の勘違いということでは無かったらしい。そして、これであいつがただの勘違い野郎だということに確信が持てた。
というかくたばらすメーターって何だよ……。
変なメーター勝手に搭載するな。
「まぁそうだよな。俺じゃなくて戸村が自分で言ってたんだよ。中学で女子サッカー部に入った時から彩華が戸村のこと好きだって」
「ちょっと意味が分からないわ? というか私、あの人と話したことも無かった気がするんだけど?」
顎の位置に手を持ってきて首をかしげる彩華。見たところ嘘を言っているようには見えない。
「お前がよく戸村のこと見てたとも言ってたぞ」
「いや、それを言うならあの人の方がこっちジロジロ見てたわよ、それでよく女子サッカー部のみんなで、何か凄い見てくるねって話しになってたし」
「お前が戸村を追ってこの高校入ったとも言ってた」
「いや、それは無いわ。そもそもあの人がここ受験してることすら知らなかったし」
「告白しなかったのは戸村に彼女がいたからだ」
「へー、いたのね。興味も無かったわ」
「…………」
あいつやばいだろマジで!
思う込み激しいとかじゃなくて、これもう病気だよ……。
「……お前良いのか? あいつに好き放題言われてるぞ?」
「別にまだ私に被害及んでないから良いんじゃない? 男は誰しも妄想するようなもんなんでしょ? 勝手に言ってれば良いじゃない」
ちょっと偏見混ざってるような気もするが、まぁ大体あってる。
「お前そういうところ変に寛容だよな」
「そんなのよくあることだし、一個一個否定するのもめんどくさいじゃない? でも、私や、私の周りの友達に被害が及ぶようなら話は別。その時は絶対に許さないわ。たとえ相手が誰であろうと、社会的に抹殺してあげる」
「……社会的に抹殺って、具体的に?」
「家の外壁全面に『金返せ!』って張り紙貼ったり、頼んでもいないピザや寿司をひたすら送り付けるわ」
「手口が闇金の取り立て!」
社会的に抹殺っていうか、お前が社会的にまずいことしてんじゃねーか。
「それで何? そんなくだらない話しかしてないの? そしてそのことで賢治泣いてたの? 嫉妬泣き?」
「そうじゃねーよ!」
これでもかってくらいニヤニヤする彩華。この顔はこいつがよくやる、からかい顔だ。
「泣いてたのは別に良いだろ。それは関係ねぇ」
「いや、私はそれが一番気になるんだけど」
「良いんだよそれはもう! お前に言ったってしょうがねーし!」
むっとする彩華の頬は少し膨らんでいる。
そんな顔しても駄目だ。
泣いてた理由なんて、ほかの奴には言えても彩華にだけは言えるわけが無いだろう。
「え? じゃあ何? 戸村君に私の話されただけで終わったの?」
「いや、戸村とPK戦することになった」
「はぁ? 何で?」
あからさまな驚き方をする彩華。分かるよ、俺だって多分そうなる。
「あいつが勝ったら俺は今後、お前に関わらない。俺が勝ったら今後、戸村がお前に関わらない。そういう条件で勝負しろって」
「え? 全然意味分かんないんだけど? 賢治まるで関係ないじゃない」
「あいつは彩華が自分に告白してこない理由は俺がいるせいだと思ってんだよ」
「いや、別に賢治居なくても私あの人に告白しないんだけど」
「んなことは分かってるよ俺だって! あいつはそういう奴なんだよ! 頭おかしいの!」
PK戦するメリットがお互いに無いことは俺も重々承知の助だわ!
分かったうえでその意味分からない出来事をお前に話さなきゃいけない俺の気持ち察してくれよ……。
「じゃあ何でそんな頭おかしい相手の誘いに乗ってんのよ」
「断ったらそのことを学生新聞で晒すって脅されたんだよ!」
「賢治がメイン貼れる新聞って、それもう新聞の価値無いじゃない」
「お前酷いこと言ってる自覚ある?」
感情の無い機械かなんかだと思ってない? 俺だってちゃんとしょっぱい水、目から出るんだぞ?
「そもそも勝てるの? 負けたらどうすんのよ」
「その時はしょうがねーんじゃね? 言うこと聞くしかねーだろ」
「はあ? じゃあこれから私ノートどうすればいいのよ!」
「……やっぱりお前にとって俺ってそれだけの存在なのね」
はいはい、良く分かったよ。ノート係なんすね、俺は。
というかこいつ、前にもう一生借りないとか言わなかったっけ……?
「それだけの存在って、じゃあ賢治にとって私ってどんな存在なのよ」
「幼馴染」
「それだけ?」
「それ以上でもそれ以下でも無いだろ、何か他にあるか?」
「いや、別にそれならそれで良いんだけど……」
何とももどかしそうにそう言う彩華の表情は、少しだけ寂しそうだった。
俺は酷いことを言ってしまったのかもしれない。だが俺が彩華に言えることなんてそれくらいしかなかった。
理由は、今更俺が『お前は自慢の幼馴染だ』なんて言ったところで誰にも得が無いからだ。
俺からの評価なんて、彩華にとって、あってない無いようなものだ。
だったら変に気を遣う必要はない。
「たまに思うのよね、賢治って私が目の前で倒れたりしたら助けてくれるのかなって」
「何言ってんだお前? そりゃ助けるだろ」
「本当?」
「ああ、救急車呼んでやる」
「そういうことじゃ無くて……」
彩華の言っている意味が分からなかった。
目の前で人が倒れたら救急者呼ぶだろ。何か間違ったこと言ってるか?
「じゃあ私が崖から落ちそうになってたら?」
「何だよその状況……。助けるだろ。力あるやつ呼んできてやる」
「はぁぁぁぁぁ……」
「何イラついてんだお前? というか俺が助けなくてもお前のことだから他の奴が助けてくれるだろ」
「ああもう、ホンっとムカつくわね賢治って! そういうこと言ってんじゃないのよ! 何で分かんないの! もう決めた、くたばらす」
「え、何で!? やめてください!」
意味分かんない意味わかんない意味わかんない!
何でキレてんの!? 何でくたばらされそうになってんの!?
こいつ、感情の導火線短すぎません!?
彩華は俺の方に身を乗り出し右手拳を振り上げる。そして殴られるのを覚悟した俺は目を瞑る。
ただ、その後俺に痛みや衝撃がくることは無かった。
何事かと目を開けると、寸止めのところで彩華は行動停止していた。
そして、その表情は何故か悲しそうだった。
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