第5話 幼馴染と戸村勇牙2

俺の『断る』という言葉に対して戸村は不機嫌そうに口を開く。


「理由は?」


「さっきも言っただろ、俺は彩華に自分から関わってるつもりはねーって、だから俺と関わるかどうかは彩華が決めることだ、それと」


「それと?」


「お前みたいなクソ野郎の喜ぶ顔なんざみたくねーと思ってさ」


俺は戸村の顔を思いっきり睨みつけた。


「意外と喧嘩っ早いんだな君。まあいいや、じゃあ俺と勝負しようよ」


「勝負?」


「ああ、来週の水曜日。その日の放課後は丁度サッカー部が休みの日なんだ。自由にグラウンドを使って良い許可も出てるから、是非そこで君とPK戦がしたいと思って」


「はぁ? 何でサッカー部のお前と何の部活もやって無い俺がPK戦で戦わなきゃいけないんだよ。完全にお前有利じゃねーか」


「有利も何も、それは君がただサッカーをやって来なかったってだけだろ? 文句を言われる筋合いは無いね」


「……お前言ってることめちゃくちゃだぞ」


「別に断ってもいいよ? ただ俺との勝負から逃げたってことは、ちゃんと広報委員に言っておくからね。来週の学生新聞のメインは君になるんじゃないかな?」


「……つくづく腐ってやがるな」


「何とでも言えばいい。で、やるの? やらないの?」


「お前もわからねぇやつだな、俺じゃなくて彩華に言えって言ってんだろ。それにたとえ俺が関わるなって言ってもあいつは言うこと聞かねーぞ」


「じゃあ逃げるんだね? うちの広報委員は俺の言うことなら信じてくれるから、まぁせいぜい俺が嘘まで流さないことを願っててよ、何せ俺、おしゃべりみたいだからさ」


本当にムカつく野郎だ。いい加減ぶん殴りたくなってきた。


「分かったよ、受ければいいんだろ……」


怒りを抑えながら言ったつもりだったがつい声が震えてしまっていた。


そんな俺をさらに煽るようにニコッと笑う戸村。俺史上一番嫌いな笑顔がここに誕生した。


「そうこなくちゃ。それじゃあ改めてルールの確認だ。君と俺でPK戦勝負をする。まあさすがに普通にやっても君に勝てる見込みゼロだろうから、特別ハンデをあげるよ。俺がキッカーで君がキーパー。5本のシュートのうち一回でも止めることが出来たら君の勝ちでいい」


「いいのかよ、そんなハンデよこして」


「構わないよ。ただし、俺が勝ったら君は今後彩華ちゃんに関わらないと約束してくれよ? 少しも口を聞くな、話しかけられても無視しろ。それで、もし万が一にでも君が勝った場合のことだが……、何でも良いけどどうする?」


「お前が彩華に関わるな」


俺は迷わずそう答えた。


「ふん、いいだろう。それじゃあ来週の水曜日楽しみにしてるよ」


そう言って不敵な笑みを浮かべると。戸村はその場からゆっくりと去っていった。


戸村が屋上の扉から校内に入っていくのをしっかり確認してから数秒後。


俺は


「むかつくむかつくむかつくむかつくむかつくぅうう!!! 何なんだあいつはぁあああ! ハゲッ! アホッ! バカッ! ボケッ! くそがくそがくそがくそがくそがああああ!!!」


と、地団駄を踏みながら天に向かって叫んだ。


「……ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」


数秒間叫び続け、息切れをおこした俺はその場に大の字になって横たわる。


「……ふざけやがって」


叫んですっきりしたのか、俺は色々なことを考えられるようになるくらいには落ち着いていた。


何故俺があんないけすかねぇ野郎にここまで言われなくちゃいけないんだ。


俺が何したってんだよ。普通に生きてるだけなのに。


誰かに迷惑掛けたか? 困らせるようなことしたか?


落ち着きながらも頭の中が嫌なことでいっぱいになった。


そして、


「……バックレてやろうか」


さっきまでの熱量が一気に冷め、気がついたら俺はそんなことをぼそっと呟いていた。


もう別に学生新聞で笑いものになろうが、一生戸村に馬鹿にされようがどうでもいいんじゃねぇか? 第一俺のネタなんか誰が面白いと思うんだよ。もって三日だろ。その三日間我慢すればどうせ俺のことなんかみんな忘れちまうんだよ。


それに彩華だって。本当は俺なんかと関わらない方が良いんだ。


横になったまま、俺は左腕で自分の目を覆った。


視界が真っ暗になると同時に、俺の頭の中で過去の記憶が蘇ってくる。


『ねぇ! お昼一緒に食べようって言ったじゃん!』


『何で先帰っちゃうのよ! 待っててって言ったのに!』


『最近賢治冷たくない? 全然話も聞いてくれないし』


これは今でも覚えてる、中学1年のときの記憶だ。


この辺りから俺は、彩華に対しての関わり方を考えるようになった。


別に喧嘩をしたり、嫌いになったとかそういったことではない。


ただ、俺は彩華に対してあることを思うようになっていたのだ。


『まあ、でもどう考えても君と彩華ちゃんじゃまるで釣り合っていないけどね』


『彼女だってきっと後悔しているだろうさ、自分の幼馴染がこんな平凡で何もないようなやつじゃ無ければどれだけ良かったかって』


『彼女は本当に優しい子だよ、君みたいな何もないやつにも情けをくれる』


戸村が言っていることは正しい。だから俺はあいつの言っていることを否定できなかった。


今さっき俺は「彩華に関わるな」なんて言ったが、そんなこと俺が偉そうに言えたことではないのだ。


本当は堂々と胸を張ってあいつと関わっていたかった。


俺は、彩華の隣にいるにしてはあまりにも力不足過ぎる。


腹立つし、むかつくし、イラつくし、何よりそんな自分が、


「恥ずかしいったらありゃしねぇ……」


『お前のことを守ってくれる奴が現れるまで、俺がお前を守ってやるよ!』


幼い頃、こんなことを偉そうに言っていた自分がバカみたいで恥ずかしい。


「何が?」


腕で目を覆っている為、真っ暗な俺の視界。


その上から突然声が聞こえた。


それは、聞き覚えのある声、いや聞き覚えのありすぎる声だった。


「……何でお前はいつもいつも見られたくないタイミングで来るんだよ」


「いつ屋上に来ようが私の勝手でしょ?」


「……バイトはどうした」


「今日は休みよ」


「……最近休んでばっかじゃねぇか?」


「そうでも無いわよ」


「で? 何の用だよ」


「何があったの?」


「……質問したのは俺だぞ」


「何があったの?」


「別に大したことじゃねーよ」


「そう、じゃあ賢治は役者になれるわね」


「は?」


「だって、大したことじゃないのに涙が出せるんだから」


腕で覆っているから見えない筈なのに。


俺の目から涙が零れていることにこの女は気づいていた。


俺はフゥー!っと一回大きく息を吐く。


そして覆っていた腕でごしごしと涙を拭ってからその腕を離し、目を開いた。


するとそこにはいつもと変わらない表情で、腕を組みながらスラっと立つ、長田彩華の姿があった。

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