第3話 幼馴染と喧嘩

足の痛みは昇降口に着くころには引いていた。


が、心の痛みはそれ以上に深く残っている。


靴箱の前で待つ彩華に追いつき俺は


「お前マジで意味分かんねーからな!」


そう叫ぶ。


だが彩華は俺に対して「んー」と何とも気の抜けた返事をするだけだった。


何やら彩華は自分の靴箱の方を向きながら、手に持つ何かを見ているようだ。


「ん? 手紙か?」


気になりのぞき込む俺に、彩華は口を開く。


「まぁその、ラブレターってやつよ。まったく、今時よくやるわよね」


「相手は?」


「1年B組の戸村くん」


「おお、サッカー部のイケメンじゃねーか」


「と、C組の畠山くんと同じクラスの横田くん、それでこっちが2年C組の木下先輩でこっちがえーっと」


「どんだけ貰ってんの!?」


「別に、いつもこんなに貰ってるわけじゃないわよ? 今日はたまたま多いだけ」


「へー、やっぱお前モテるんだな。すごいっすねー」


「良いもんじゃ無いわよ。 振る方だって辛いんだから」


彩華はどこか寂しそうな表情をする。


確かにそうだ。


振る、というのは、悪いことをしているわけでも無いのに、確実に相手を傷つけてしまう行為だ。


それが一度や二度ならまだしも、これだけの人数相手にしなくてはいけないとなると気持ちが滅入るのも分かる。


「んー、だったらいっそ、良さそうなのと付き合っちまえば良いんじゃねーの? 戸村とか良いじゃん、あいつめっちゃモテるらしいし」


俺は今、何となく思いついた案を、特に真剣みも無くぽろっと言った。


結局のところ、彼氏がいないフリーな状態だから告白されてしまうわけだ、ということは、単純に彼氏を作ってしまえば良いんじゃないか、という俺の考え。


なかなかいい考えだと思ったのだが、彩華の顔をみると眉間にしわが寄っていた。


つまり凄く怒ったような表情をしている。


「な、何? 俺、変なこと言ったか?」


「どれだけ自分が、最低なこと言ってるかすら分からないなんて、本当に賢治ってクソね。関節全部逆に曲がる呪いにかからないかしら」


「何でそんなこと言うの!?」


「だってそうじゃない、好きでもない男と付き合えって私に言ってるんだから」


「……いや、意外と付き合ってみたらいい感じかもしれないだろ。別に結婚するわけじゃあるめーし、何そんなことで怒ってんだよ……」


「そんなこと?」


そう、ぼそっと呟きながら、彩華は恐ろしくぎらついた眼でにらみつけてきた。


萎縮する俺。蛇ににらまれた蛙とはまさにこのことだろう。


怒りから、彩華の手に握られていた三通のラブレターは見るも無残にくしゃくしゃになっている。


「賢治にとっては”そんなこと”かもしれないけど、私にとっては大事なことなの。そんなことも分からないの? 大体賢治は人の気持ちを分からなすぎよ。何でそんな人間になっちゃったの? モテない理由そういうところよ? くたばれば?」


めちゃくちゃ言うじゃんこいつ。

お前こそ何でそんな人間になっちまったんだよ……。


「もう分かったよ! 悪かったって!」


謝る俺。しかし彩華の口は止まらない。


「大体昔から賢治はそうなのよ。デリカシーが無いというか鈍感というか馬鹿というか。勉強は出来るかもしれないけど、それ以外での頭の使い方が本当にできて無いわ。なんでこんな完璧な幼馴染持ってて賢治はそんなにグズなの? そんなんだからモテないんじゃない?」


「…………」


「何もかもが凡なくせにモテる努力もしない。それでいてそんな性格じゃあ、そりゃモテないわよ。もう一生独り身ね。かわいそうに、ああかわいそう。第一賢治には……」


「どんだけ悪口出てくんだお前は!」


もういいよ! やめてくれよ! 泣けてくる!


話変わってるし! 俺がモテない話にすり替わってるし!


「はっきり言うわ。賢治は性格が悪いの。自分のなかではイケメンじゃないからモテないとか思ってるかもしれないけど、それ以前の……」


「まだ言う!? もうよくない!?」


死体蹴りどころじゃねぇこれ。


格ゲーだったら1セットで2セット分殺されてる。


「やめて欲しいなら、それ相応の態度ってものがあるでしょ? ちゃんと反省してんの? 私は嫌な思いをしたの。だったらちゃんと謝るのが普通でしょ?」


「すいませんでした!」


めんどくさいので俺はすぐ言われた通りに謝った。


「めんどくさいので俺はすぐ言われた通りに謝ったって感じの謝り方ね。反省が見えないわ」


心読めるんですかあなた?


「本当にすまん。俺が無神経だった!」


「どの辺が?」


「え? あの、お前の気持ちを理解できてなかった!」


「理解って何が?」


「いや、だから、その、お前にも嫌なことがあるわけで、な、それを理解してなかったんだよ……! 申し訳ない!」


「だから具体的に何が悪かったのよ?」


「しらねっ! もうしらねっ! お前が何に怒ってるとか少しもしらねっ!」


分からんもんは分からん! もう好きなだけボロクソ言え!


「呆れたわ、やっぱり賢治はそういう男よね」


「もう好きなだけ言いやがれ! 第一な、お前ちょっと短気すぎるぞ! カルシウム足りて無いんじゃねーの? 牛乳飲め牛乳を」


「何? ここにきて私に説教しようっての?」


「ああそうだよ! 今日一日俺はお前に色々されて超ムカついてんだ! 言いたいこと言わせてもらう!」


「え? 私、何かしたかしら……」


「冤罪かけた! 足踏んだ! ボロクソ言った!」


ぽかんと首をかしげる彩華に対して俺は小学生みたいな喋り方で訴えた。


それに対して「冤……罪?」とさらにとぼけた表情をする彩華に俺の怒りのボルテージはより高まる。


「もう許さねぇ……。外面だけいい厚化粧女め」


「は?」


とぼけた顔が一変。さっきまでなってた蛇の表情に戻る。


だが俺は怯まない。蛇の形相には蛇で返す。


俺は今怒ってるんだ。もう蛙じゃねぇ!


「何だ? また眉間にしわ寄ってんぞ? しわしわのババアみてぇだな!」


言ってて情けなくなるくらい程度の低い悪口だが今はもうどうだっていい。


何故なら彩華にダメージを与えられている実感があるからだ。


彩華の顔はどんどん真っ赤になっていくのが分かる。


このままいけば勝てるかもしれない。


今回は周りに人影すらない。姑息な手を使われる心配がない。ここを逃す手はない。


「あの、それ以上ふざけたこと言わないでくれるかしら、本気でキレそうだから」


手に持つ、ラブレターが一つの紙の玉になっていくくらい握りつぶされている。


仮にも、男が好きな女に向けて書いた大事な思いが、ひとまとめにされていく様は、あまりにも気の毒だったが、そんなことを言ってる場合ではない。


俺は畳みかけるように煽りまくった。


「もう充分キレてんじゃねーか! 顔真っ赤にして、サルみてーだぞ!」


「…………」


「ほらどうしたいつもの威勢は! 言い返してみろよバーカバーカ!」


「…………」


「お前なんてあれだよ! えー、あの、その、うーんと……」


「…………」


「バーカ! バーカ! ヴァアアアカ!」


自分のボキャブラリーの無さに泣けてくる。


が、目の前にいる女に対しては相当なダメージがあったようで、彩華はうつむきながら、


「……あっそ、もう分かったわよ」


と、ぼそっと言った。


そして手に持つ紙玉をそのままポケットに突っ込むと、靴箱から靴を取り出し始める。


恐らくキレて帰る気になったのだろう。


「もう一生私に話かけてこないで」


外靴に履き替えながらそう言う彩華。


「あーいいよいいよ、お前も話しかけてくるなよ」


「今後何か困ったことあっても助けてあげないから」


「あーいいよいいよ」


「もう頼んでも一緒に帰ってあげないから」


「あーいいよいいよ」


頼んだことねーよ。


「ノートも貸してやらないから」


「あーいいよいいよ……って借りてんのおめーだろ!!」


「ふん」


そう言うと、彩華はそそくさとその場から去っていった。


「……何なんだよまったく」


そう独り言をつぶやく。


そして俺も靴箱から自分の靴を取り出し履き替えた。


「…………」


今回は俺の勝ち、ということでいいのだろう。


ただ、あまり嬉しいという気持ちにはならなかった。


ちょっとした喧嘩みたいなことはすることがあっても、ここまでの喧嘩をするのは久しぶりだった。


特に彩華が「話しかけてこないで」なんて言うことは初めてだ。


俺の心の中に何とも嫌なもやもやだけが残った。


きっと、俺は当分彩華と口をきくことは無いのだろう。


何とも言えない気持ちに苛まれながら、俺も彩華から数分遅れでその場をあとにした。


そして次の日。


「ねぇ賢治、私今日財布忘れてきちゃったから500円貸してちょうだい」


「お前昨日のなんだったんだよ!!!」


彩華は何もなかったかのように朝一番で話しかけてきた。


この女はそういうやつであり、そういう生き物である。


無駄にもやもやしていた自分がアホだった。


昨日のことを思い出すと、また沸々と怒りが込み上げてくる。


のだが、


「絶対明日返せよ!!」


その中に少しだけ、ほっとしている自分もいた。


「えぇ、ありがとう」


笑顔で俺から500円を受け取る彩華。


それを見て思う。



俺はなんて情けない男なのか、と。

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