第2話 幼馴染と放課後

俺や彩華の通う、ここ、普樫木ふかしぎ高等学校は進学校である。


その為放課後になると、教室であったり、図書室であったりで自主学習をしてから帰る人も少なくない。


かく言う俺も、その一人なのだが、まだ入学してから少ししか経っていない我々1年生の中に、そこまで意識の高い生徒がほとんどいない為、放課後は俺が教室を独占できる、なんてことも珍しくは無かった。


まさに今日がその日であり、俺は誰もいない教室で一人自習をしている。


俺自身、特に卒業後のことを意識していたりするわけでは無いのだが、家に帰っても特にやることも無ければ遊ぶような友達がいるわけでも無いので、せっかくなら、と自習をしてから帰ることを始めてみたら、気が付いたらそれが習慣になってしまっていた。


夕日が照らす教室に俺一人。俺はこの時間が結構好きだったりする。


いつも何かとうるさい幼馴染が横にいない。ストレスも溜まらない。


「きっと、こんな静かな生活を俺は求めてるんだろうな……」


気が付いたら俺は、そんな独り言を呟いていた。


「何かっこつけてんのよ」


「うおおわあ!」


……そしてその独り言を聞かれていた。


あろうことにも一番聞かれたくない相手。


我が宿敵長田彩華、その人に……。


「お前なんでいるんだよ! バイトはどうした!」


「今日はたまたまバイト休みだったのよ」


「部屋入る時はノックぐらいしなさいよ!」


「いやここ賢治だけの部屋じゃないから」


あまりの驚きから俺としたことがしょうもない小ボケを挟んでしまった。


こいつ、基本ツッコミ担当の俺にボケさせやがって、許せねぇ!


「ふぅ、暑いわね」


彩華はそう言って、持ってたスクールバックをどさっと自分の机に置くと、そのまま席に腰かけた。


そして机の中から適当な教科書を取り出すと、それで自分をあおぎ始める。


見たところ、まるで運動したあとみたいに体がほてっているようだ。


「なんだ? ダッシュでもして来たのか?」


「違うわよ。女子バレー部の人達にお願いされて色々教えてあげてたのよ」


「何を?」


「バレーに決まってんじゃない」


「お前バレーボールやってたことあったか?」


「無いわよ。体育の授業くらいね。3年生の先輩たち、今年本気で全国狙ってるみたいで、頭まで下げられちゃったから断れなくて」


「3年生に教えてたの!?」


……全国狙うような人達に教えるってどんだけ運動神経良いんだよ。


「もういっそのことお前助っ人で大会だけ出てやれば?」


「そんなこと出来るわけないでしょ。他にも私のこと勧誘したい部活いっぱいあるのに、バレー部にだけ肩入れするなんてかわいそうじゃない」


と彩華は至極真っ当な意見を述べる。


顔を見ても別に冗談を言っている様子はない。きっと本心から言っているのは間違いないのだろう。


ただ、俺は一つだけ気になることがある。


「お前何で俺以外にはそんなに優しいの?」


彩華はあまりにも周りに対して優しかったり一生懸命だったりし過ぎるのだ。


それも、完璧な女を演じたいだけにしては異常なくらい。


これは別に高校に入学してからというわけでは無い。


こんなエピソードがある。


中学校の頃の彩華は女子サッカー部と吹奏楽部の掛け持ちをしていた。


それもただ、欲張りでやっていたわけではない。


好きだという理由ももちろんあるが、一番は周りからお願いされたからだ。


女子サッカー部は当時部員が10人しかいなくて、大会はもちろん練習試合さえ出来ない状態だった。


そんな中彩華の運動神経の良さや、人気を知った当時のサッカー部部長が、既に吹奏楽部に所属していたのにも関わらず、彩華にどうしても入部して欲しいとお願いしたのだ。


普通だったら断るところだが、彩華は掛け持ちでいいならという理由で承諾した。


本人は「私がやりたいからやってるだけ」と言っていたが、恐らくは一度も試合が出来ないまま卒業することになってしまう3年生を思ってのことだったのだと思う。


もちろん吹奏楽部優先ではあったが、どっち付かずにならないよう暇を見つけてはちゃんとサッカー部にも顔を出し、自主練習もかかさずやっていた。


その分、授業中はほぼ爆睡、試験前は彩華の試験対策ノート作成で俺が徹夜というわけ分からん状況になっていたが、そういう彩華の“人の為に頑張れる面”を周りはみんな知っているから彩華の人気はめちゃくちゃ高いのだ。


「え?」


俺の質問に対してそう返答すると、彩華は首をかしげる。


そして、手に持つ教科書であおぎながら数秒考えたあと、おもむろに口を開いた。


「あ、もしかして賢治、私に優しくしてほしいの?」


「はぁ!? べ、別にそういうことじゃねーよ! 普通に疑問に思っただけだ!」


優しくとかじゃねーし! あくまで俺が求めてるのは平凡だし!


普通にしてもらえればそれでいいし!


「そんなこと言われてもわかんないわよ。じゃあ何? 何かお願いされても全部断るのが普通なの?」


「いや、そうじゃなくてさ、お前いくら何でも頑張りすぎなんじゃねーのって思ってよ」


「え? 何? 心配してくれてるの?」


「ああああ! そうじゃなくて!」


彩華の表情がニヤニヤしていた為、俺をからかっていることが容易に理解できた。


パタパタと教科書であおぐ姿すら腹立たしい。


「まあでも、頼ってくれてるのにそれを無下にするのも申し訳ないじゃない。私は自分に出来ることなら少しでも手伝ってあげたいのよ」


「お前二重人格かなんかかよ」


俺に冤罪かけて、クラスメイトの評価下げまくったやつが言ったとは思えない、聖人みたいなお言葉。


こんな言葉が言える人間が、何故あんな恐ろしい行動に出てしまうのか。


これはもう一種のホラーだよ。


「賢治も何か困ったことがあったら言ってね? 暇で死にそうで気分が乗ってたら助けてあげる」


「扱いの差!!」


条件厳しすぎるだろ。


どんだけ助けたくないんだこいつ。


「お前もうちょっと俺に対しての接し方考えろよ!」


「考えろよって言われても、具体的にどうすればいいの?」


「例えばお前、俺以外のやつからノート借りる時なんて言うんだよ」


「ごめんなさい、申し訳ないんだけど少しの間ノート貸してくれないかしら?」


「俺の場合は?」


「賢治、ノート」


「はいっ! それっ!」


文章の長さが圧倒的に違う。


俺五文字だぞ。


借りる時ごめんなさいとか言われたことねーし。


「そんなに違うかしら?」


「どう考えても違うだろ! どうなってんだお前の頭!」


「これ? 別に大したことないただの黒髪ロングよ」


「頭って髪型の話じゃねーよ!」


おちょくってやがるこいつ。


もう嫌だ。


せっかくの放課後の静かなひと時が彩華1人いるだけでぶち壊しだ。


「……もういいよ、何か疲れた。俺はもう帰る」


そう言いながら俺は机の上に広げていた教科書やらノートやらを片付けて帰る準備を進める。


のだが、ここであることに気が付いた。


「お前何で教室戻ってきたの?」


まさか教科書であおぐためだけに戻ってきたわけでも無いだろう。


何か目的があった筈だ。


「ん? あぁえーと、ジャージ教室に忘れたから取りに来たのよ」


「いやお前バレー教えてたんだろ? その時何着てたんだよ」


「え? 制服よ? いや教えてたって言っても実際に体動かしてたわけじゃなくて」


「じゃあ何でお前そんなに汗かいてんだよ。体動かさないのにそんなんなるか?」


「…………」


口をぽかんと開けた状態で黙り込む彩華。


何か隠してるようにも見えるが皆目見当もつかない。


というか、特に興味すらないので、俺は必要なものを全て詰め込んだスクールバックを持って立ち上がり


「何か良く分かんないけどじゃあな」


と、そう言ってその場から去ろうとした瞬間である。


突然彩華に足を思いっきり踏まれた。


「ぎゃあああ!!」


「あら賢治大丈夫!? これは大変! かわいそうに、どうしてこんなことに……」


「……いや、お前が……踏んだんだろ……」


「これじゃあ帰り道大変よね? 何が起こるか分からないから特別に、私暇で死にそうで気分が乗ってるから、一緒に帰ってあげるわ。良かったわね、”たまたま”私が教室に戻ってきて!」


「……いや、お願いだから一人にしてください……」


「さあ帰りましょう。下駄箱で待ってるから、早くきなさいね」


「……ちょっ待て……お前、許さんからなぁ……!!」


俺の叫びなど無視して彩華はさっさと教室から去っていった。


本当に意味が分からん。何故こんなにもあの女は俺を痛めつけようとするのか。


教えてください神様。いえ、教えなくても良いです。


ただ少しでも私に何か施しを頂けるのであればどうか、私をあの悪魔からお守りください。アーメン。



俺は痛む足を引きずりながらその場をあとにした。

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