俺と幼馴染とハチャメチャBusyDays
紫葉 太郎
第1話 幼馴染
容姿端麗、スポーツ万能、家事全般得意な幼馴染と聞くと、完全に勝ち組うらやまけしからんと思うかもしれないが、事実そんなことは無い。
パズルは、ピースを一つ無くしてしまうとそれは未完成だ。
しかし、人にもよるが、妥協できる点というのもあるもの。
例えば右端のピースが一つだけ無かったり、ピースはあるがそのピースの一部分がちょっと欠けていたり。
決して完璧な作品とは言えないが、見方によってはそんなに気にならなかったりするものだ。
それを人間に置き換えてみると逆に、そういったちょっと抜けた部分が、可愛らしかったりもする。
じゃあ俺の幼馴染、
この女はパズルで言う”真ん中の一番重要な部分だけ”が跡形もなく消し飛んでいるのである。
そして驚くべきことに、容姿端麗やスポーツ万能などという、鮮やかでキラキラしているもので着飾っているため、俺以外の人間にはほとんど
その部分が明かされることは無い。
つまり俺以外の人間には完璧な女性だと思われているのだ。
はっきりと言おう、この女には、人として一番大事と言えるものが無い。
そう、”性格”という大事なピースが。
「ねぇ賢治、英語のノート貸してちょうだい」
英語の授業終わりの休み時間、ふと隣の席の彩華が俺にそう話しかけてきた。
「はぁ? なんで?」
「写すからに決まってるじゃない」
彩華は英語の授業中、見たところほぼ丸々を睡眠時間に使っていた。
そんなことしてたやつが、もちろん板書をとることなんかしてる筈もない。
いつもなら黙って貸してやるところだが当たり前かのようしているその態度が気に入らなかったので俺は今できる一番嫌そうな顔をして、
「やだね、お前一昨日もその前の日も借りたじゃねぇか」
と、そう返した。
「その時は物理と数学でしょ? 英語は先週だからもう大丈夫な筈よ」
何その1週間で1回貸し出しできるシステム。
「そういうのやってないんで、諦めてください」
「え? じゃあ私今度の小テストどうすればいいのよ」
「知らねぇよ、ちゃんと授業受けてないお前が悪いだろ」
「本当に私だけが悪いのかしら?」
「は?」
はい出ましたいつものやつ。こいつはいつもこうだ。
はい、分かりました。で終わらない。
ああ言えばこう言ってくる。
ここで「お願い賢治、一生のお願い!」とか「今度なんか奢るから!ね?」とか申し訳なさそうに言うようなやつなら可愛げがあるし、何なら俺だって別に貸してやったって良いんだが、そんなことはある筈もなく。この女は、
「賢治は私の隣の席なのよ? ということはさっきの授業中、私が寝てるってこと知ってるわよね? ということは、私が寝てるのにも関わらず、賢治はそれを無視して授業を受けてることになるわ。それって少しあんまりじゃない?」
……こんな意味の分からないことを喋りだすのだ。
「はぁ? どこがあんまりなんだよ、つーか何で俺が、お前の授業中の面倒まで見なきゃいけないんですかぁ? 授業中寝てるアホ起こすほど俺暇じゃねーんだよ」
「あのね賢治、賢治にとって私は幼馴染、美人でスタイル抜群、そんでもって愛嬌もあってスポーツ万能で家事全般得意。普通こんなに素晴らしい幼馴染と高校まで一緒ってありえないことよ? その分で賢治は私に多大な恩があるの。唯一苦手な、勉強のサポートぐらいするのが恩返しってものじゃないの?」
「……どんだけお前自分のこと過大評価してんだよ」
「過大評価じゃないわよ、事実じゃない。それに比べて私には賢治から得るものなんて、勉強のサポートぐらいしか無いんだから、ちゃっちゃと出すもん出しなさいよ」
こいつもう恐喝みたいになってんじゃねぇか……。
「言ってろ言ってろ、何を言われても今回は絶対貸してやんねー」
「あーそんなこと言うんだ? 私泣いちゃおっかなー」
「……何その新しいタイプの脅し」
何、泣いちゃおっかなって。
あのことバラしちゃおっかな、みたいな感じで言うな。
「何? どうすれば良かったの? あ、そういうこと? 事前に板書とりの予約しとけってこと?」
「お前まじか!?」
こいつ本気で言ってんのかこれ!?
何でそういう発想になるの!?
何なの!? 意地でも授業受けたくないの!?
授業中寝なきゃ死ぬ呪いにでもかかってんの!?
「寝ないでちゃんと授業受けようとは思わないのかお前は! 俺がノート貸すの当たり前だと思って調子乗ってんなよ!」
さすがに呆れた俺は語気を強めてそう言った。
しかし、それに対して気圧されることも無く、不機嫌そうな顔でリアクションを取る彩華。
完全に俺のことを舐めくさっている。
「私だって寝たくて寝てるわけじゃないわよ。眠いから寝たくて寝てるんじゃない」
それどころか、こんなことまで言い出す始末だった。
というかお前それ同じこと二回言っただけだわ。
結局、寝たくて寝てんじゃねーか。
「お前がもっと可愛げあれば貸してやっても良いかなーって思ったけど、完全に俺を舐めくさってるようなんで、俺は貸しません。他の奴にでもお願いするんだな」
そうセリフを吐き俺は立ち上がる。
そしてそのままトイレに行こうと、彩華の後ろを通ろうとした瞬間、ぼそっと何か聞こえた。
「ん、お前今何か言ったか?」
「……もういいわよって言ったのよ」
「ああ、そうっすか」
と去り際に俺は、ふと彩華の顔を覗く。
ただ、その時俺はとんでもないものを見てしまった。
……彩華の瞳から涙が零れ落ちるという瞬間を。
「げ! お前何で泣いて……」
「……そうよね、賢治にとって私なんて別にどうでも良い存在だもんね。幼馴染って言ったって所詮他人だし、私が小テストで悪い点取ろうが、この場で倒れようが、夜道で強姦魔に襲われようが助ける義理なんてないもんね」
「なんでそうなる!?」
そして彩華は、そのまま両手で自分の顔を覆い、肩を震わせながら泣き続ける。
すると各々休み時間を満喫していたクラスメイト達がその異変に気付いたのか、わらわらと、皆それぞれ「どうしたの?」とか「彩華ちゃん大丈夫?」などと言いながら駆け寄り始め、気がついたら俺と彩華の周りには人だかりが出来ていた。
「彩華ちゃん何があったの?」
「みんなごめんなさい、ちょっと悲しいことがあって……」
「悲しいこと?」
「私が悪いの、私に可愛げが無いから……。だから賢治に嫌な思いをさせてしまったわ……。英語のノート見せてほしければ俺の靴舐めろって言われても仕方ないわよね……」
「……え? それまじ? 最低……」
「適当なこと言うなー!!!」
何言っちゃってんのこいつ!?
舐めくさってるを勝手に靴舐めろに変換すんなー!
「お前なんか倒れてるところを強姦魔に襲われてしまえって言われても仕方ないわよね……」
「それはお前が言っただけだろ!」
嘘に嘘を塗り固めてどんどん俺を落とし入れようとしやがる。
泣いちゃおっかなーを完全に舐めていた。
舐めくさっていたのは俺の方だった。
そもそも何故、俺は気が付かなかったのか。
彩華という女が、こんな行動に出ることぐらい予測しなければいけなかっただろうに。
長田彩華という女の、周りからの評価の高さは異常だ。
一度こうなってしまえば、俺に勝ち目なんかある筈が無い。
気が付くと、周りのクラスメイトが、皆俺の方を嫌悪感丸出しの眼で見ていた。
皆口々に「靴舐めろは無いわぁ……」とか「強姦魔に襲われてしまえはさすがに……」などと好き放題に言ってやがる。
もう無理なのか……。
俺は勝てないのかこの女に……。
幼稚園の時初めてこいつに出会ってから早10年とそこそこ。
今まで一度だってこの女をぎゃふんと言わせたことが無い。
今回に限っては勝てると思ってた。
でも、もうだめだ。
俺だって引き時くらいはわきまえてる。
俺は断腸の思いで頭を深く下げ、彩華に向かって
「彩華さん酷いこと言ってごめんなさい、英語のノート貸すので許してください」
そう言った。
すると、その直後に休み時間終了を告げるチャイムが鳴った。
周りを取り囲んでいたクラスメイト達はまるで何もなかったように皆それぞれ席に戻っていく。
俺も結局トイレには行けず、そのまま自分の席に戻ることに。
席に着いてから、横の席の我が憎き宿敵、長田彩華の方を見やる。
どんな憎たらしい顔をしてるのかと思ったが、そんなことは無く、まじの無表情だった。何ならちょっと不機嫌そうなまである。
あんなことしておいて何故この女はこんな顔が出来るのかと、逆により怒りが込みあがってきたので、俺は約束通りに英語のノートを彩華に渡しつつ
「お前覚えてろよぉ……!」
と、歯ぎしりしながらそう言った。
「ノート一冊ごとき、さっさと渡してればこんなことにならなかったんじゃない?」
「……だからってあそこまでやるか普通、ウソ泣きまでしやがって、つーか別に俺以外のやつからノート借りられるだろ。そんなこともしないぐらいの完璧女演じたいのかお前は」
「別に」
「じゃあ何なんだよ」
「別に」
「何でお前が不機嫌になってんだよ!」
別に別にってお前沢尻エリカか!
「うるさいわね! 可愛げが無くてすいませんでした! 賢治が私のこと嫌いなことは充分分かったわよ! もう一生借りないから安心してください」
「お前そのこと気にしてんのか?!」
「別に」
「またそれかよ!」
幼馴染に夢を見てる男子高校生諸君。
そんなことはやめて、現実を見ましょう。
周りを見てみてください。
道端に咲く花、木にとまる小鳥、雨が降った翌日に出来る水たまり。
よく見てみると、見慣れたそんな光景にも愛おしさを感じてくるものです。
ね? 美人な幼馴染なんていなくたってたくさんの幸せがそこら中に広がっているでしょ?
それで良いじゃないですか。
結局は自分の考え方なんです。
人は皆自分に持ってないものを欲してしまう。
でも実際手に入れてみると、それが当たり前になってしまうと、別のまた大きな欲が生まれてしまう。
皆さんも見たことがあるでしょう?
美人でナイスバディな嫁さんがいるのに、浮気して問題になる芸能人を。
それがつまりそういうことなんです。
手に入れてみると、何だ、こんなもんかってなるものです。
一番怖いのは、求める欲が大きくなりすぎてしまうことです。
そういう面で見ると、俺は少し得をしているのかもしれない。
俺が今求めているものが”平凡”だから。
ここまでの話を聞いてもまだ「転生したら美人な幼馴染と、最高のスクールライフを送るんだ!」とか考えてしまってるのであれば、是非この
先も俺の物語を見届けてください。
きっと、良い参考になると思います。
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