20:20

@ryou0703

第1話

20:20、電車が来た。

徐々にスピードを落とし、私の前を通過して止まる。聞き慣れた電子音と共に扉が開く。都心方面行きの電車だからか、乗っている客は数えるほどしかいなかった。目の前の空いていた端の席にどっと座る。スマホを開き、


「今電車乗った。21時くらいに着く。」


と彼にメールをする。既読はつかない。電車が発車した。スマホから目を離し、ふとガラス窓の向こうを見る。外は雨が降っていたためか、人の通りが少ない。家の中や車の光だけが目につき、流れて見える。この光の流れを見るたび、私は自分の行動に呆れ返る。あの光一つ一つに人の生活、人生があり、暖かな雰囲気に包まれた、真っ当なものなのだと感じる。その光が流れて遠くになっていくにつれ、私は自分がどんどんその世界から離れていく心地がした。トンネルに入り、窓の外は何も見えなくなった。車内を見渡すと、見えるのは白い蛍光灯に照らされた点々と散らばる客と、窓に反射した自分。今日の化粧はあんまり上手くいかなかったな。こうゆう大事な日に限って上手くいかない。そんな自分がいるこの閉鎖された車内が、まるで社会から断絶され、さよならを言われた冷たい空間のようないる気持ちになった。


ーあぁ、ホント、何してんだろ、自分ー


ブブッとスマホがなり、ホームボタンを押す。彼からの返事の通知だった。


「まだ職場だから、ちょい遅れるかも」


すぐに返事はしなかった。こうして返ってくると今夜久々に会うことを実感する。今日の昼頃、何気なくインストールしたマッチングアプリを起動させると、すぐに通知が鳴った。彼からだった。「久しぶり」の一言を添えて。その後の展開は早かった。とんとん拍子で話は進み、今夜会おうということになった。好きな人、ではなかったが、そこそこに浮かれた私はシャワーを浴び、毛の処理、化粧をいつもより丁寧にした。いつもあまり履かない黒のスカートに白のニット、灰色のジャケットコート、少し高めのヒールブーツ。久々会うのなら、少しオシャレでいたいものである。目の前の窓に写る自分を確認する。し慣れていない化粧は丁寧にやっても変わらなかったが、服装のおかげかいつもより全体的にかわいく見える、ような気がしてくる。そうだ、今日の私は以前の私よりはかわいいのだ。そう考えると自然と自分に自信が溢れ、人気女優のように足を組んでみたが、すぐにやめた。


ー東京駅、東京駅、お乗り換えは…ー


アナウンスが乗り換えの駅だと気づき、急いで電車を降りた。近くにあったベンチに座り、そこで彼に返事をした。


「わかった。駅前で待ってる。着いたら連絡して。」


ホーム周辺を見回すと、大都市の駅だからかこの時間帯でも人通りが多かった。飲み会帰りのサラリーマン集団、どこかの旅行土産を持った老夫婦。この賑やかな光に照らされたホームには、どんな境遇、人生も明るく、送り出してくれるような雰囲気が感じられ、私もその光の中にいるような気分にさせてくれる。


ーそろそろ、行くかー


ベンチから立ち、乗り換え口に向かって歩き出す。スマホの時計を見ると、20:47だった。


ー多分ちょっと早く着くなー


そう思いながらも足は止めない。階段を下り、反対側にあるホームへ続く階段を登る。


ー会ったらなんて言おうー


ホームに着き電車を待つ間、彼のことについて考えた。初めて出会った時のこと、彼と過ごした時間。ずいぶん昔のことなのに、未だにハッキリと覚えていた。


ー渋谷、新宿方面、品川行きー…ー


ーまぁ、なんとかなるかー


アナウンスが流れ、電車が私の前を通過し、止まる。扉が開き、車内に乗り込む。


「21時に渋谷駅で」

私は今夜、1年前ワンナイトした男と会う。

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