第十二話
「そうだ。白組が勝つなんて噂は最初から存在しない」
半ば呆けた様子で、浦見は立ち尽くしている。
「俺は作った嘘の噂を未来たちに話しただけ。あんたはそれを録音越しに聞いて、噂が本当だと信じて勝負内容に使おうと思ったんだ。レコーダーを確認してからは、大切な話をする前日にはしっかり部室の鍵を閉めといたが、それ以外の時は開けっ放しにしといた。誰もボイスレコーダーの存在に気付いていないと思わせるためにな。その結果、俺の作った偽の噂を信用してしまったんだ」
「あ、ありえない、ありえない! そんな噂、僕が勝負を仕掛けるという前提の元じゃないか! 僕が勝負をするなんて保証は、どこにもなかったのに……!」
「あったよ。あんたの記事の中にな」
「インチキを暴くとは書いたけど、そんなので予想できるわけ……」
「その部分じゃないさ。あんたは『証拠を提示する』とハッキリ書いていた。未来がインチキだという確たる証拠を得るのに手っ取り早いのは、本人や関係者からの供述。盗聴は証拠には適さない、盗撮なんかはバレる危険性がある。だったら、一番お手軽なのは録音だ」
「運良くボロを出さなかったわけじゃなく、意図的に言わないようにしていたってことか」
「ご名答。俺とアキバは演技が上手くないからな、変な箇所でバレる心配があったから、話さずにおいたんだ。噂に関しても、敵を騙すなら味方からってさ」
「じゃ、じゃあ、どうして紅組が勝つってわかったんだい? 僕が録音していることを逆手に、事実とは反対のことを話したのは理解できたけど、それは紅組が勝つって知っていなきゃ出来ないことだ。そんな噂が流れていたとしたら、君より早く情報を掴むことが出来る。それが無かったから、僕は君の嘘の噂を信じてしまったのに……」
「赤組が勝つなんて噂も保証も無かったよ。俺はただ自分の観察眼を信じただけさ。紅白にはクラス単位で分かれる……単純に考えて、運動の出来るクラスが多い方が体育祭は有利だろ。俺はそこに賭けたんだ」
「君が三年生だとしたら、自分の学年くらいは運動の出来る子を知っていてもおかしくはない。でも、入学してきたばかりの君が知る由はないはずだ」
「あったじゃないか。クラス別でなおかつ、学年毎に運動の出来るクラスを一発で知れたものが」
「──球技……大会」
「俺らのクラス全然ダメでさ、結果発表は拍手しかやることなくて暇だったんだ。だから全てとは言わないが、大体の上位クラスは覚えていた。未来の言った通り、結果発表は必要だったな。流石に明確な差は無かったが、紅組が優勢だと目ぼしをつけることが出来た」
「は……はは。完敗、としか言いようがないね」
浦見は一度大きく息を吐き、俺をまっすぐ見据えたあと、顕著に頭を下げた。
「すまなかったね、色々酷いこと言っちゃって。約束通り、百瀬さんの予言はインチキじゃないって記事にする。ボイスレコーダーで証拠も録れなかったし、僕だけ騒いでも、誰も信じてくれないだろうしね。大人しく僕は手を引かせてもらうとするよ。……皮肉なもんだね。噂のせいでインチキがバレた僕が、噂を信じて負けるなんてさ」
そのまま立ち去ろうとする浦見だが、ふと振り返り、
「……そうだ吉田君、君の推理で一つだけ間違っていたものがあったよ。僕は百瀬さんの予言の力を羨ましいと思ったことはない。僕が羨ましかったのは君たちの存在さ。あの時の僕の周りには、吉田君たちみたいな人がいてくれなかったからね。だから、百瀬さんが羨ましかったんだ」
「……そうか」
初めて浦見の素の部分が垣間見えた気がした。
「最後に聞いていいかい? どうして百瀬さんのためにそこまでするんだい?」
「聞かなくてもわかると思うんだが」
「君の口から聞きたいんだよ」
「やっぱり性格悪いなあんた」
「ははっ。よく言われるよ」
柔らかい笑みで答える浦見。
「未来は度を超えたお人好しだ。そのせいで振り回されもするし、俺らからしたらいい事ばかりじゃない。でも、その性格に救われた人もいるっていうのも事実だ。自分を犠牲にしてまで人によく出来るのは一種の才能だよ。自己満足とは違う。だからこそ、未来には予言の力が身についたんだと思ってる。予言は自分のため、金儲けのためにあるんじゃない」
俺の考えは最初から、なに一つ変わってはいない。
「予言は──他人のためにあるんだから」
よく目にする地震などの災害の予言。
恐怖を覚えて、嫌な思いをした人だって少なくないだろう。しかし、予言者はなにも怖がらせたくて予言しているんじゃない。予言っていうのは、注意喚起に他ならないのだから。
地震なんていつ起きてもおかしくないし、普段から対策しておかなければならないものだ。本当に起きた時に事前に身を守る手段を考えておかせる。予言により危機感を示すことで、他人を救うことに繋がる。
予言者だけ知っていれば、助かるのは自分ただ一人。だが、それを共有することで助かる人を増やすことができる。全ての人に対する、安全のための共有とも言えるだろう。
「予言の力に目覚めてから、人のために未来は予言をし続けた。ずっと近くで見てきたからな、いい事ばかりじゃなかったのも知っている。それでも未来はやめずに、他人のために頑張り続けた。予言が出来なくなったいまも、お人好しなのは変わっていない……いままで信じてきてくれた人たちを裏切らないためにも予言を続けている。誰も不幸にはさせない。だから未来は絶対、他人に不利益になる予言はしないんだ」
「……そうか、だから君はあんなまどろっこしいことをさせたんだね」
「片方に不利益が出る可能性がある予言だったからな。世の中は未来の予言を100%だと信じて止まない人だっている。そんな奴が負けると予言された組の方にいたとしたら、体育祭を楽しむことなんて出来ないだろうからな。実際、未来は最初断ったはずだ」
「本当にお人よしなんだね……僕には予言の力が身につかないわけだよ。人のために尽くすって言葉にするのは簡単でも、実際に行動に移すってのは難しい」
「だから放っておけないんだよ。自分が傷つくことだってあるのに他人を優先する。近くで見ているだけなんて俺には出来ない」
「吉田君が協力する理由はそれだけじゃないんじゃない?」
ニヤニヤと見てくる浦見。誤魔化せそうにない、か。
「俺が未来に協力するのは至極単純な理由だよ。俺は結局、そんなバカみたいなお人好しのことが──バカみたいに好きなだけさ」
全身が熱い。何が楽しくて、浦見にこんな話をしなきゃならないんだ。
浦見は言葉を放った俺よりも恥ずかしそうに頬を染め、むず痒そうな顔をしている。
「ねぇ、なんで君たち付き合わないの?」
「そう出来れば苦労なんかしないんだよ」
「じゃあウブな後輩君に、僕から勝利のご褒美をあげようかな。百瀬さんの借り物競走をよく思い出してごらん。この前の予言と比較すれば、君ならすぐに答えを出せるはずだよ」
近くで見ると、長いまつげにつるやかな肌のせいで、一瞬ドキッとさせられてしまう。
「比較っつてもな……そういや、予言の時は浅井優一のイニシャルをA・Yにしてたな。浅井先輩の相手、Ⅿ・Ⅿで間違えようはないが」
「そうそう。でも借り物競争を思い出してみてよ。百瀬さんは正しいイニシャルA・Yで君のことを借りて行った。つまり、百瀬さんはイニシャルを間違えていなかったんだ」
「偶々じゃないのか?」
「でも、こうも考えられるよね。予言の時はワザとイニシャルを間違えたんだと。ここまで言えば、君ならわかるでしょ?」
「はぁ? ワザと間違えるやつなんていないだろ? そんなことしても意味無いし」
「え? あ、いや、そうなんだけどさ。ほ、本気で言ってるの……?」
「本気だけど? え、なんか理由があるのか?」
「よく考えてみなよ! あの予言だったら浅井君と向井先輩じゃなく、君と百瀬さんでも──……はぁ。なんだ、君の方にも非はあるのかもね。女心わからないって言われたりしない?」
「な、どういうことだよ! こ、根拠ないだろ!」
「図星、か。自分のことになると点でダメだね君。教えるのやーめた。お得意の観察眼でどうにかしてみなよ」
「ちょっ! 気になるだろ!」
「ばいばい、吉田君」
「おい、ちょっと待──」
恨みを呼び止めようと声を張った時、突如視界がぐらついた。
なんだ、これ?
「吉田君? ……吉田君⁉」
浦見の慌てている声が、すごく遠く聞こえる。ぼやけているせいで表情は確認できない。
目前が黒い靄にかかったように染められ、意識が遠のいていく。
そんな中でも、執拗に感じる喉の渇き。
……しまった。最後に水分取ったのいつだっ……け。
そのまま俺は、深淵へと飲み込まれてしまった。
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