第十一話

 俺と浦見がグラウンドに戻ると、最後の種目である色別対抗リレーも大詰めだった。


 体育祭のメイン競技ということもあり、応援団も生徒も、今日一番の歓声を上げている。

 これで残りは結果発表と閉会式のみだ。

 屋上を見やると、得点板は隠されて点数が見えないようになっている。


「午前の時点でかなり点差があったからね。どれくらい差が開いているか楽しみだよ。噂ってのも捨てたもんじゃないね。火のないところに煙は立たない、本当にその通りだったみたいだ」

「あんたは噂を信じるタイプなんだな」

「事前情報を取捨選択して、信じたもの貫くのが記者のありかただよ。ま、僕が信じないのは予言者とその関係者くらいだよ。ね、インチキさんたち」

「インチキ? ……はて、なんのことだかサッパリだ」

「なぁにしらばっくれてるの。どうせ僕が記事にしなくても、結果発表の時点で全校生徒に伝わるんだ。潔く負けを認めなよ」

「さて、負けを認めるのはどちらの方かな」

「……なに言って」


 一際大きな歓声がグラウンド中から湧き上がる。

 色別対抗リレーが終わったようだ。選手たちは退場門へと小走りで駆け、体育祭委員が忙しなく動き始める。


『これで全種目終了です。みなさんお疲れ様でした。結果発表を行いますので、グラウンドにお集まりください』


 アナウンスの指示に従い、グラウンドを埋めていく生徒たちの姿。

 浦見は「また後でね」と残し、白組の方へと帰って行った。


「あーっ! クマいたぁーっ!」


 後ろを振り返ると、俺を指差して駆けてくる未来。続くようにアキバとイトナもこちらへ。


「どこ行ってたの⁉ もぉー、ずっと探してたんだから」

「用事があるって言ったろ」

「終わりまで帰ってこないとは言ってなかったよぉ!」

「そうだっけか。悪い悪い」

「もー……折角の体育祭だったんだし、クマと楽しみたかったのにぃ」

「楽しむと言っても、出番ないし応援だけだろ。それか午前中みたいに暇を持て余すだけ」

「そ、それでも、一緒にいるのといないのとは違……って何言わすのばかっ!」


 眼前でなぜか罵倒される。別に言わせた覚えはないんだが。

 普通に俺も浦見なんかとより、未来と一緒にいたかったわ。


『お待たせしました。ただいまより、第32回先見高校体育祭の結果発表を始めます』


 騒がしかった生徒たちも、次第に口を閉ざし始める。


『なお、今回は皆さんご存知の通り、我が校を誇る予言者の百瀬さんが勝敗の予言をしています。得点板横の巻かれた横断幕をご覧ください』


 一斉に視線を上へと向ける生徒たち。


『いまは得点と同じく隠されていますが、得点の発表後に公開したいと思います。ではまず、百の位から見ていきましょう』


 屋上の体育祭委員が同時に、百の位を隠す白い厚紙を取り出し得点があらわになる。

 百の位はどちらも「5」だった。


『次は一の位をお願いします』


 一の位があらわになり、会場にざわめきが走る。

 紅組は「1」、白組は「9」だった。

 これで十の位が同じかそれ以下だった場合、紅組の敗北が決する。


 未来は祈るように手を握っていた。

 浦見は一体どんな気分で待っているんだろうか……。


「なぁ未来。ミステリー作家が一番嬉しい時ってどんな時だと思う」

「な、なにさ急に。いま神様に必死にお願いしてるんだから後にしてよぉ!」

「作家によって違うだろうが、俺は読者の期待を裏切れた時だと思う。信じていたものがひっくり返る。つまり、どんでん返しってやつだ。だからミステリーは面白くてたまらない」

「……どういうこと?」


『最後は十の位です』


 アナウンスで場は静まり返る。


『では、お願いします‼』


 得点を見た生徒は大きな歓声を上げた。ハチマキを取って空に向かって投げ捨ててる者も、抱き合って嬉し涙を浮かべる者も見えた。


 白組の十の位は「5」。そして紅組は──「7」

 結果は、白組が「559」で紅組が「571」。


 

 ──紅組の勝利だった。


 

「いぃぃやったぁ────‼」


 未来は涙をこぼしながら、両手を上げて飛び跳ねた。

 アキバとイトナもハイタッチを交わしている。


『次は百瀬さんの予言。では、お願いします』


 巻かれていた横断幕は合図で、下に向かって勢いよく垂れていく。

 生徒の視線は、未来が書いた予言に釘付けとなる。


 

『紅組が勝つでしょう‼』


 

 大きく書くことに慣れていないのが丸わかりな、不器用な筆文字。荒削りだが、勢いだけはある。


『て、的中です! たしかに紅組が勝つと書かれています! 見事、予言は的中しました‼』


 興奮気味に、早口でまくし立てるアナウンス。他の生徒たちも驚きや興奮を隠せない。

 テンションの上がった連中が「流石百瀬さん!」「的中率100%だ!」と騒ぎ立てる。


『せ、静粛にお願いします! 続いて、閉会式へと移らせて頂きます。各組、代表の生徒は前に──』


 それぞれの組の応援団長が校長から優勝旗とトロフィーを受け取る。準優勝旗よりひと回りも大きく、豪勢な装飾のついた俺たちの勝利の勲章。思わずその貫禄さに目を奪われた。


 校長の話で体育祭は締めくくられ、実行委員による後片付けが始まった。文化部の面々は仕事もないし、このまま解散なのだが……。


「……どういうことだい?」


 まだ現実で起こったことだと信じられない顔で、浦見が話しかけてきた。


「浦見先輩……」


 未来は顔を曇らせ、ストールをぎゅっと握る。

 浦見はそんな未来を見る余裕なんてなく、


「ど、どうして紅組が勝つんだ? なにをしたんだ君は」

「なんにもしてないよ俺は。全部あんたのおかげだ」

「どういうこと、意味がわからない」

「あれだけ信用しないと豪語していた俺たちを、あんたが信用してくれたから勝てたんだ。感謝しても仕切れない」

「……説明してくれないかい」

「ここだと他のやつにも聞かれる心配がある。場所を移動しよう。未来、俺は少し浦見と話すことがある。アキバとイトナを連れて、祝勝会の準備でもしててくれ」

「うん……でも、後でわたしたちにも説明してよね?」

「わかってるよ」


 未来たちが昇降口に入っていくのを確認し、俺と浦見は校舎裏へと移動した。

 グラウンドから少し離れるだけで騒々しさはなくなる。話をするには丁度いい場だ。


「その様子だとまだ気付いていないみたいだな。ほら、これが答えだよ」


 俺はポケットに入っていた物──二本の単三電池を浦見に投げ渡した。


「電池? ……まさか!」


 浦見は慌てた様子でボイスレコーダーを取り出し、本体底を確認する。フタを開けると、あるはずの電池は入っていない。


「……気付いてたのか! それじゃあ、さっきの会話も……!」

「残念ながら録れてないな。あんたを呼び出す前、昼休みの間に抜いておいたんだ」

「あ、ありえない。どうして気付いたんだ」


「イトナにとってクーは大事な友達だ。前にイトナは、クーさえ入れば他の人形なんて要らないって言っていたんだ。そしてこうも言っていた……『同じ空間にすら要らない』と。だから、イトナがクーを持ち運ぶオカルト研究部の部室に、他の人形があるわけがないんだ」


「そ、そんなことで……」


 浦見は髪をくしゃくしゃと掻く。かなり動揺しているみたいだ。


「そもそも、お前がボイスレコーダーを設置することは予想の範疇だった。だから俺は先手を打ったのさ。あんた、なんでこの勝負を仕掛けようと思った?」


「百瀬さんのインチキを暴こうと……それで、体育祭の噂を聞いて使えるって思って……」


「……まだ気付かないのか? その時点であんたは負けているんだよ」


「そんなのデタラメに決まっ────」


 浦見は目を見開いて固まった。額には汗をかき、唇を小刻みに揺らしている。


「全部、君の手のひらの上だったのか」

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