第十話
浦見がプールを見学していたのは男子禁制の校舎側。
どんなにモテていても、異性のコースにいたなら、未来たちのように連れ戻されるはずだ。
そもそも浦見は、一度も自分を男だとは言っていなかった。俺たちが勝手に見た目で判断しただけだ。あだ名の「初見殺し」は言葉通り、「男にしか見えない女」ということだろう。
「よく気づいたねぇ。同じ学年の子ですら知らない人結構いるのに」
「アキバとイトナの情報が無けりゃわからなかったよ。固定観念って怖いな。女子でもズボンを履く奴が、学年に数人はいるって時代なのに」
「でもさ、こんなことのために呼び出したわけじゃないんだよね?」
「当たり前だ。本当の解決編はここから、お前が隠していることについての言及さ」
「別に何も隠してなんかいないよ。性別だって、僕がワザと言わなかったせいもあるだろうけど、君たちが勝手に勘違いしただけじゃないか。」
「そこに関してはな。でも、あんたには誰にも言っていない秘密があるじゃないか。いや、言えないといった方が正しいか」
浦見は口元を手で隠し、視線を泳がせる。
「あんたは未来とは初対面のくせに、明らかに目の敵にしていた、それも異常なくらいに。人がいい未来が見ず知らずの他人から嫌われるようなことなんてありはしない。だとすれば、妥当なのは妬みという線だと考えた」
「すごく信用されてるんだね、百瀬さん」
「あぁ、だから単純に考えてみた。あんたは未来みたいになりたかったんじゃないかと。妬みっていうのは、自身に足りない部分を持っている人にするもんだからな」
浦見は否定と肯定もせず、ただまっすぐに俺を見据えていた。
「なぁ浦見、予言ってなんのためにあるんだと思う?」
「……は? 急になに」
「そんな邪険にすんなって。ただの質問だよ。あんたの答えが知りたいだけだ」
「……そうだね。そんなのもちろん、予言者のために決まっているじゃないか。自分の匙加減で人を翻弄出来るんだよ。注目されて、信用されて、手のひらの上で人を踊らせることができる。そんな優越感に浸りたい、自分の利益に繋げたいと考える、小汚い人間の道具に過ぎないんじゃないかな」
「そうか、それがあんたの、あんたの親の答えだったんだな」
「……なにを」
「あんたも利用された身だったんだ。だから未来を、予言を毛嫌いしていた。言葉通り自分の人生をメチャクチャにされたわけだからな」
「違う……な、なにを言って」
「いいか、未来はあんたの親とは違う。本当はわかっているんだろ? 浦見浅葱……いや」
俺はかぶりを振り、ゆっくりと口を開いた。
「衣笠伊麻琉」
外からの喧騒と歓声で、窓が小刻みに揺れる。
「どうして……」
怯えにも似た表情を浮かべ、微かな声で訊ねてくる。
「あんたは初対面の未来を嫌悪していたと同時に、黒澤にもいい顔をしなかったらしいな。未来に対する嫌悪の理由を考えたあと、妙に黒澤のことが気にかかってな。あいつの話の通りだと、面識のない先輩に恨まれていたということになる。未来みたいに有名な人物であれば、アンチということも考えられるが、黒澤に限ってはあり得ない。黒澤が他の人の目にも触れられる功績といえば、この前の映画しかないんだ。そう──衣笠伊麻琉の悪印象を与える、あの映画しか」
「それだけで僕と同一人物っていうのは、さすがにご都合主義すぎないかい?」
「あとはあんたの一歩引いた姿勢だ。SNSをやってないのも、クラスメートとも一定の距離を置いているのも、自分の正体がバレる危険性があるからだろ」
「それだと憶測の域じゃないか。珍しく論理的じゃないね」
「論理的証拠が欲しいなら、探偵でも使って素性を調べ上げて貰えばわかるだろうよ」
「え? ちょ、ちょっと待ってよ。ミステリー好きの君から聞きたくない言葉なんだけど。警察が介入したらすぐ解決できるような事件を、孤島とかで解いたりするのがミステリー小説じゃないの? そういうのは御法度っていうんじゃ……」
「俺はただのミステリー好きじゃない。現実的なんだよ。それに、論理的とまではいかないが、偶然にしては出来すぎている証拠はあるじゃないか。ミステリーよろしくのアナグラムなんて必要ない。浦見浅葱をローマ字にして、ただ反対にすればいいだけだ」
URAMI ASAGI
IGASA IMARU
「答えはすぐ近くにあったんだ。どうだ、これを出来すぎた偶然で貫き通すか?」
「……いや、いいよ。君から言い逃れできる気なんかしない。君のいう通り、僕が神社を有名にするために仕立て上げられたインチキ予言者、衣笠伊麻琉さ。あーあ、ずっと隠し通してきたっていうのに」
自虐的な笑みのまま、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「……でも、百瀬さんとの勝負はもう全校生徒に伝わってる。僕を脅しても、もう遅いんじゃないかな」
「誰が脅すなんて言った? お人好しの未来はあんたが傷つくことを望んじゃいないだろうよ」
「そうか……だったら」
浦見は俺の横を通り過ぎ、映画で使った小道具などが入っているダンボールを漁り始める。そこからゆっくりと持ちあげてきたのは、ごく普通のフランス人形だった。
「残念だけどこの勝負、僕の勝ちだね」
人形の背中にあるファスナーを開け、中から取り出したのは細長い黒色の機械。
──ボイスレコーダーだ。
「君たちを記事にすると決めてから仕掛けておいたんだよ。電池タイプだから結構持ちがよくてね、一日近くは持つんだ。いまは切れているみたいだけど、電池は昨日の放課後に交換したし、君たちにとって不利な序盤の会話までなら、しっかりと録音できているだろうね。この部屋はよく鍵が空いていたし設置に苦労しなかったよ。これだけ怪しい道具が色々あればフランス人形を仕込んでおいても、黒井戸さんの私物にしか思わないだろうからね」
「……木を隠すなら森の中ってわけか」
「そういうこと。いままでは運悪く、百瀬さんが予言を実現しているという確証を得られるような会話は取れなかったんだけど、やっと録れたよ。君は人に聞かれたくなくてこの場所を選んだんだろうけど、失敗だったね。君は自分で自分の首を絞めてしまったんだよ」
浦見は勝ち誇った顔を浮かべた。そう、最初に会った時のように。
「あはは、さすがの君でも予想外だったみたいだね。百瀬さんの予言が当たろうが当たらまいが、これで僕の勝ちは決まり」
浦見はボイスレコーダーを手で弄びながら、部室のドアへと歩き出した。
「もうすぐ体育祭が終わる。見届けさせてもらうよ、君たちのこと」
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