第九話
午後の部が始まり、グラウンドでは応援合戦が始まっていた。
そんななか、俺は誰もいないオカルト研究部の部室で、窓から合戦を見届けている。
朝から何も飲んでいないし、飲み物を買ってから来ればよかったと少し後悔していた。
「ごめんね。遅くなっちゃって」
声の方を見ると、菓子パン片手に歩いて来る浦見の姿が。
「まさか君に呼び出されるとはねぇ。ビックリしちゃったよ」
さほど驚いた様子はなく、菓子パンをかじる。
「……ま、君は何かしでかしそうな雰囲気はあったけどねぇ。ミステリー好きなんだよね? 僕はさながら、崖で供述をさせられる犯人みたいな気分だよ」
「崖で供述させられるのはサスペンスドラマだろ。ミステリーじゃない」
「あはは、手厳しいね」
残りの菓子パンを口に放り込み、微笑をたずさえる。つられるように俺も小さく笑い、
「それに、ミステリーの塊みたいな奴がなにを言ってるんだよ」
浦見は菓子パンの袋を握りつぶした状態で、ピタッと動きを止めた。
「……なんのことかな」
近くのゴミ箱に丸めた菓子パンの袋を投げる浦見。
袋は縁にあたり、そのまま地面へと落ちていった。
「あーあ、入ると思ったのに」
淡々とした口調で、袋を拾ってゴミ箱へ入れる。
「吉田君、点数差はみた? 午後の部でかなり追い上げないと負けちゃうよ君たち。それとも、まだ勝つつもりなの?」
「当たり前だろ。未来の予言は100%なんだから」
「……はぁ。ここには二人しかいないんだ。腹を割って話さないかい?」
「腹を割って話したいってんなら、携帯の電源を切ってこちらへ来てくれ」
「心配性だなぁ。わかったよ……ほら」
スマホを取り出し、電源が点かないのを俺に見せる。
そして両方のポッケを裏返し、「他には何も隠してないよ」と肩をすくめた。
「どうする、ボディーチェックでもするかい?」
「いんや遠慮しとくよ。隠す場所は無さそうだし」
これで話し合いの舞台は整った。
「じゃあ、話の続きといこうか。百瀬さんは予言者なんかじゃないんだろ?」
「いや、未来は本物の予言者さ。ただし、いまは予言が出来ない」
「……本物だって証拠は?」
「それは信じてもらう以外にはない。だけど、高校に入ってから未来は一度も予言が出来ていない。確認すればわかるが、不確定要素の多い予言はあれども、人の力でどうにかできるものばかりになっている」
「それは確認済みだよ。いままでの予言は今日のを抜いて計五つ。『GW明け初日は晴れる』『英語の小テストで、クラスメイトのAさんが90点以上取る』『球技大会は真夏日』。最近だと、『恋の成就』や『映研の入選』。たしかに、意図的にどうにかなりそうなものばかりだ」
「球技大会は案外苦労したよ。天気ならある程度よめるが、気温はなかなかよめないからな。前日は天気予報外れて雨だったし。てるてる坊主様様だったよ」
「……意外だね。そんなに赤裸々に話してくれるとは思わなかった。ならきっと、百瀬さんが予言者っていうのも本当なんだろうね」
「信じてくれたなら何よりだよ」
「……でもね」
浦見の表情が曇る。俺に悲しそうな瞳を向けて、ゆっくりと口を開いた。
「僕は……予言者なんて信じられないんだよ」
俺は黙ったまま、浦見を直視する。
「僕は予言者が嫌いだ。予言を信じる人たちも嫌いだ。予言なんてこの世に存在しないもので、僕は人生をメチャクチャにされた。本当に存在するならどうして、どうして……!」
冷静沈着な浦見からは考えられないような怒りの込もった声で、息を荒立てる。
俺の視線で我に帰ったのか、だんだんといつもの涼しい顔に戻っていった。
「……だから百瀬さんに強く当たってしまった。見ているだけで腹が立って、その気持ちを抑えることができなかった……正直、あんな喧嘩腰になるつもりはなかったんだけどね」
「やけに未来のことを目の敵にしてたからな。なにかあるんじゃないかと思ったよ。未来を蹴落とすような方法をとってきたということは、新聞っていうのは名目だけで、私情で動いているのはすぐわかった」
浦見は嘆息し、机に体重をかけた。
「ふぅん、鋭いね君」
「鋭い観察眼があるのが、唯一の自慢だからな」
「その観察眼とやらが、僕を呼び出した理由?」
「その通りだ。さぁ──解決編といこうじゃないか」
俺は浦見に近づき、静かに口を開く。
「キッカケは違和感から。部室でケンカを売ってきた二日後かな、アキバとイトナが躍起になってあんたの弱みを握ろうとしたんだ」
二人に見せられた映像が脳裏に蘇る。
「イトナはあんたの友達に色々聞いてたよ。そん時に弱みはないのかと訊ねたが、残念なことに弱みという弱みは無いと言われた。リア王というあだ名がつけられるだけはあったみたいだ」
俺はそのまま話を続ける。
「でもあだ名の中に、気になるものがあったんだ。まるで、2つの意味に捉えられるような」
「……へぇ」
余裕そうな表情を崩さない浦見だが、指先をせわしなく動かしている。無意識だろうか。
「決定的だったのは、アキバが用意した動画だ。そこには、あんたたちのプールの映像が映されていた」
「……ちょっと待ってくれないかい? スルーするには重大すぎることを聞いちゃったんだけど。それって盗撮じゃ……」
「この点に関しては他言しないで貰えると助かる。動画はもう消したし、あんたの秘密を黙ってやる代わりとかでどうだ?」
消したというより、怒った未来に強制的に消された方が正しいけど。
秘密という単語に、浦見は反応を見せた。
「アキバは二日間あんたのプール授業を見ていた。初日の映像はなかったが、あんたは二日間とも見学をしていたらしいな。映像を見てやっと気付いたんだ、ずっと感じていた違和感の正体に」
「違和感ってなにかな? 僕がプールに休んだ理由は簡単、水着を忘れたからさ」
「ほぅ、二日連続でか?」
「そうそう。こう見えて抜けているとこあるから僕」
「残念ながらそれは嘘だ。水着忘れの時は罰として、プールサイドの掃除をさせられる。あんたの授業の時も掃除させられている奴がいただろ?」
「……あー、僕の勘違いだった。あの日は体調が悪くてね、休ませてもらったのさ」
「見学するほど具合の悪い奴が、楽しそうに女子をはべらかすことが出来るかよ。アキバの話によると、他の授業は元気だったらしいじゃないか」
「ふっ、それは理由として弱いんじゃないかな? プールの時だけ体調が悪くなって──」
途中で口をつぐむ浦見。先ほどまでの笑みは消えていた。
「そうだよな、二日連続でプールの時間だけ具合悪くなるなんて、いくらなんでもタイミングが良すぎる。なにより、本当に具合が悪くて着替えがキツい奴は、制服のままのはずだ。だけど、お前は体操着には着替えていた。言い方は悪いが、お前の体調の悪さはその程度だったと推測できる。よっぽどだったら、保健室に行かされているだろうしな。つまり、お前はプールに入るぶんには、問題のない体調だったってことだ」
浦見の反応を伺いつつ、さらに話を続ける。
「見えるところに怪我もない。そもそも、怪我の場合も体操着に着替える必要はなく、制服のまま見学を許可される。俺らと同じ教師なんだから、その原則が変わることはない。だったら、理由は別にあるはずだと俺は考えた」
「……もういいよ。あーあ、白状するしかなさそうだね。恥ずかしいから隠していたかったんだけど」
お手上げといわんばかりに肩を落とし、空を仰ぐ浦見。
「僕泳げないんだ。だから体調不良と偽って、プールを見学していたのさ」
「そうか、あんた泳げないのか」
「うん。泳ぎだけは小さい頃から苦手なんだよねぇ」
アキバの動画を見たら、この結論にたどり着くのは簡単だ。しかし──
「それも違うな」
「どうして? 君にそんなことわかるわけ──」
「言ったろ。去年同じクラスだった奴に話を聞いたって。勉強もスポーツも出来るお前に、弱みは無いってハッキリ言ったんだ。おかしいよな、去年だって水泳の授業はあったんだ。泳げなかったら、それは立派な弱みになる」
浦見は一瞬目を見開き「それは……」と言葉に詰まった。俺はすかさず畳みかける。
「じゃあ、あんたの見学理由は一体なんなのか。一つ、怪我などなく、着替えるのに苦労しないくらいの体調。しかし、プールに入ることは出来ない」
俺は浦見の前に手を突き出し、人差し指を上げた。
「二つ、水着を忘れたわけでもない。三つ、泳げないわけでもない」
数に合わせ、中指、薬指を上げていく。
「これらの条件を全てクリアするのは、一つしか思い浮かばない。実に簡単で、ありえない選択肢だと思って、自然に排除していたんだ。だけど、ある一点の腑に落ちない点で、全てが繋がった」
「腑に落ちない点?」
「浦見、あんたの見学場所だ」
「────っ‼」
「あんたが二日間連続で見学していた理由は至極簡単だ。つまり……その、あれだよ。うん、あれあれ……」
後半気恥ずかしくなって、つい浦見から目を背けてしまう。顔が火照って熱い。こんな時にもカッコつかないのか俺は……。
「ぷっ……ふふっ、あははは!」
浦見が腹を抱えて笑いだした。
「わ、笑いすぎだろ!」
目の端に浮かぶ涙をすくいながら、
「いやぁ、面白いね君。あー笑った笑った。いままでズバズバと言ってたのに、こんなとこはウブなんだね。可愛かったよ」
「うるせぇよ!」とぶっきらぼうに言い、浦見から体を背けた。
「あはは、そうだよ。僕が見学だった理由は君のご明察通り……」
興味深そうに俺を一瞥し、浦見は唇の端を楽しそうに上げた。
「生理だったんだ」
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