第七話

 開会式が終わり、準備体操をした俺たちはブルーシートへと移動した。


 ここからは生徒によって出場種目がバラバラだ。クラスの決まりで一人最低一種目は出なければならんのだが、俺たちは楽しそうだからという理由だけで、借り物競走を選択した。


 借り物競走は昼食直前の種目だから、数時間は応援以外することがない。


「クマぁ~。暇だよぉ~」

「まだ始まったばっかりだぞ」

「私も暇です。なにかして遊びましょうよ」


 違うクラスなのに平然とうちのクラスのシートに座るイトナ。紅組だし問題はないか。


「でゅふふ。拙者いいもの持っているでござるよ」


 そう言って、アキバが体操着のズボンから取り出したのはトランプだった。

 裏面にはミニキャラの女子が印刷されているが、なんのアニメかはわからなかった。

 準備体操のとき、アキバからガチャガチャ音が鳴っていると思ったが、それだったのか。


 動いた拍子に落としでもしたら、先生カンカンだったろうなぁ。

 周りを見渡しても、携帯をいじったりゲームをしたり、同じようにトランプやUNOをやっている連中が大半だった。高校の体育祭ってこんなもんなのか。

 ババ抜き、7並べ、大富豪などをやっているうちに、一つ前の競技であるソーラン節が始まろうとしていた。思ったより長い間遊んでいたみたいだ。


『次は三年生によるソーラン節です。借り物競走に参加する生徒は、入場門にお集まりください』


 放送に従って、俺らは入場門へと向かう。


「借り物競走ってわたし夢だったんだよねー。楽しみーっ」


 未来がウキウキ気分で話す。個人的には一度くらいパン食い競争をやってみたかったのだが、今日日の高校ではあまり種目にないみたいだった。

 聞き馴染みのある音楽がスピーカーから流れ出し、裸足の男女が法被を着てソーラン節を踊り始めた。


「ソーラン節だよクマっ! 懐かしいね。小学校の時も中学校の時もやったよねー」

「小学校って学年毎にダンスや組体操やったりするけどさ、五年生のソーラン節が一番カッコよかったよな。俺らが六年の時にやったダンス覚えてるか?」

「あー。あの横浜市歌をダンスにしました、みたいなやつでしょ? 結構恥ずかしかったよね、あれ」

「……だよなぁ」


 あのダンスをして一年生の子たちに笑われたのは、いまでも忘れない。

 五年生のソーラン節かっこいい、から六年生の恥ずかしいダンス。そりゃ笑うよ。


「あ、終わったみたいだね」


 退場門に向かって走っていく法被姿の生徒たち。

 少し思い出話をしていたら、あっという間に俺らの種目の番となった。入場門から小走りで、グラウンド中央へと整列する。


 一回で走るのは六人。ちょうど紅白三人ずつでの戦いとなる。

 得点板を見ると、紅組が120点。白組が150点で現在リードを許しているが、この種目で逆転とまではいかなくても、並ぶことは十分ありえる。


『次は一年生による、借り物競走です』


 ルールは簡単。コースの途中に落ちている紙を拾い、そこに書かれた物や人を用意してゴールするというもの。ゴール前には審議をする先生が立っており、その先生の容認を得なければゴール出来ないという仕様。因みに担当は、体育教師のマッチョだ。


 そして俺は、マッチョの横でマイクを持った司会の生徒に目がいってしまう。


『みなさん、頑張ってくださ〜い』


 いつもの胡散臭い映画監督感はないが、目立つ金髪と口調ですぐ誰だかわかる。

 黒澤はどこにでも湧いて出てくるな……一人見たら三十人はいると思えばいいのか?


『先に言っておきますが、紙の変更は原則なしでお願いしま〜す。しかし、体育祭委員がエンターテイメント性を求めた結果、ふざけたモノもあるので、そこは要相談で〜。あまりにも無理そうだったら、特別に一回まで変更出来ま〜す。全員がゴールするまで、次のレースにはいかないのでご注意を〜』


 たしかに、コースには折りたたまれた紙が、ゆうに100を超えるんじゃないかというくらい散らばっている。もっと他の競技にも力入れろよ体育実行祭委員。


『因みに聞いた話では、〝好きな人〟とかもあるらしいんで、是非アオハルしちゃってくださ〜い』


 そ、そんなものまであるのか⁉ エンターテイメント性求めすぎだろ。


「よし、俺は好きな人枠を狙う」「体育祭のノリだったらワンチャンあんじゃね?」「あの人に想いを伝えられるかも」との声が上がっていた。


 ……なるほど。競技を逆手に取って、思いを伝える方法もあるのか。

 ちらっと未来を見ると、「ここまですれば流石に……どんなに鈍感でも……」とよくわからないことをぶつぶつ呟いていた。

 楽しみにしてるって言ってたからな。早くやりたくてうずうずしているんだろう。


『会場の皆さんも是非力を貸してあげてくださ〜い! みんなで楽しみましょ〜!』


 黒澤の声に合わせ湧き上がる歓声。ピストル音が轟き、生徒たちが一斉に走り出した。

 我先にと落ちている紙をとり、簡単な物と安堵する生徒や、難しい物だと困惑する生徒たち。「メガネ、メガネ!」と自分の求める物を大声で連呼し、運良く近くで手に入れていた生徒もいる。


 最初にゴール前へとたどり着いたのは、メガネ連呼少年だった。


『では紙と持ってきた物を見せてくださ〜い。お題は〝メガネ〟!』


 マッチョは黒澤の横で、容認の頷きをする。


『おっけ〜です! 見事ゴールで〜す!』


 周囲から拍手の音が聞こえた。……逐一マイク越しにお題をバラされるのか。お題が好きな人とかだったら、一瞬で全校生徒に伝わる地獄だな。そのうえフラれでもしたら、目も当てられない。そんななか、走行レーンにアキバが呼ばれ、スタートが切られた。


 俺たちは期待半分、面白さ半分で行く末を見守る。アキバは普通に足が遅く、紙を拾えたのは最後だった。


「アキバくん、なんて書いてあるの?」


 未来が声を張って訊ねた。アキバは近くまで駆け寄ってきて、


「これでござる」


 紙には『おすすめアニメグッズ』と書かれていた。


「よかったなアキバ。さっきのトランプがあるじゃないか」


 しかしアキバは、こぶしをわなわなと震わせながら、その場で立ちすくんだ。


「おい、何してるんだ⁉」

「クマ殿。お題はおすすめアニメでござるよ? 確かに、先ほどのアニメもいい作品でござるが……そんなにすぐ決められないでござる!」


「いいからさっさと行け──っ!」


 俺の怒号で、しぶしぶトランプを取りに行くアキバ。順位は四位と微妙なものだった。

 そして次はイトナの番。サイドテールを揺らしながら自信満々な表情で、


「私はあんなメタボみたいなミスは犯しません。見ていてください。必ず一位をとって見せますよ」


 と、俺にクーを手渡してきた。なんでここまで持ってきちゃったんだよ。あと数組後には俺の出番なんだぞ? それまでには取りにきてくれるよな?


 一抹の不安を覚える俺をお構いなしに、ピストルの音が響いた。

 イトナは三番手に紙をとり、考えるそぶりも見せずにまっすぐこちらに駆けてきながら、大声で叫ぶ。


「クマちゃんさん! クーちゃんを、クーちゃんを投げてくださいっ!」


 もしやお題が『人形』とかだったのだろうか。


 ちょうどこの場にあるし、一位を取る大チャンスだ。


「いくぞイトナ!」


 大切な人形を投げさすのはどうかと思うが、時間も惜しいし言われた通りにする。

 綺麗な放物線を描き、クーはイトナの腕の中へと吸い込まれていった。

 イトナはそのままお題とクーを見せて審議を待つ……が、苦笑いでマッチョが困惑している。なにかあったのだろうか。


『お題は友達……なんです、けど』


 黒澤のアナウンスにより、事情を察知する。


「イトナちゃん。まさか」

「……あいつにとってクーは大事な友達だからなぁ」


 思わず頭を抱える俺と未来。

 先生は柔らかな笑みを浮かべ、諭すようにイトナに話しかける。


「えっと、黒井戸さん? お題は友達なんだけど……」

「はい。だからクーちゃんを連れてきました」

「でも、それは人形……だよね? お題は友達なんだけど……」

「クーちゃんは友達です!」

「いや、でも」

「友達です!」

「黒井戸さ」

「友達です!」


 マッチョは眉間にしわを寄せ、断腸の思いで首を縦に振った。


『お、おっけ〜です! ゴ〜ル‼』


「やりましたぁ!」


 ご、ゴリ押した────っ!


 側からは人形以外友達の居ない可哀想な子にしか見えないが、結果は見事一位だった。

 心なしか、拍手をする人々の目が優しい。

 借り物競走も折り返し地点となり、ゴールした生徒を確認してみると、白組の生徒たちが上位陣に食い込んでいた。


「……次は俺か」

「頑張れクマ! 応援してるよっ!」


 未来の期待に応えるためにも、一位を獲んなきゃな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る