第六話

 6月23日、土曜日。体育祭当日。


 蝉時雨が降るなか「第32回先見高校体育祭」と書かれた看板が立てかけてある、正門横を通り過ぎる。


 委員会や運動部に所属している生徒は朝早くから動員され、猫の手も借りたいほど忙しいみたいだが、文化部の俺は悠々自適に登校した。

 出席は開会式でとるらしく、体育着に着替え終わるとすぐにグラウンドへと向かった。

 グラウンドに着くと、いつもとは似ても似つかない光景が広がっている。


 綺麗に引き直された白線に、片付けられたサッカーゴール。入場門も設置されている。体育祭運営のテントが校舎の近くに張られ、生徒用のブルーシートがグラウンドを囲むように敷かれていた。中学までは自分のイスを教室から運んでいたので、物珍しさを覚える。


「あ、クマっ! やっと来たーっ!」


 俺を呼ぶ声とこっちに駆けてくる足音。


「おー、みら……⁉」


 振り向くと、駆け寄ってくる未来の姿があったのだが──


 

「ね……猫耳?」


 

 未来は赤いハチマキに三角形の結び目を二つつけ、見事な猫耳を作り出していた。


「えへへ、どぉ? かわいーでしょ? クラスの子がやってくれたんだぁー」


 めちゃくちゃ可愛い。


 猫耳ハチマキというより、それをつける未来が可愛い。てか、未来が可愛い。

 体操着から伸びる白い足……太ももも最高だし、もう俺にとってのメインイベント終わったわ。帰っていいかな。


「それよりもさ、どう、どう?」

「おぉ。結構いいんじゃないか?」


 結構どころか、半端なくいいと思います。


「ほんと? やったぁ!」


 体育祭でえらくハイテンションなのか、ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねる未来。

 二つの大きな双丘も動きに合わせて揺れ……。


「よし、満足したから帰るわ。ありがとう」


 俺は踵を返し、校舎の方へと向かおうとする。


「えぇぇ⁉ か、帰っちゃダメだよぉ!」


 未来は俺の裾を引っ張り、帰るのを阻止する。

 本当には帰らないから安心しろって。喉乾いたから水飲み行くだけだよ。


「が、がおーっ! か、帰っちゃうなら、たた食べちゃうぞーっ‼」


 自分でやっておいて「い、いまのなし──っ!」と顔を真っ赤にして恥ずかしがる未来。


 え、なんなの今日の未来。俺を萌え殺そうとしてるの? だったらその作戦大成功だぞ?


「未来さんにクマちゃんさん、おはようございます」

「いい天気でござるねぇ」


 こんな日までクーを抱いたイトナと、ハチマキを巻いたことによってオタク感を増したアキバが近づいて来た。


「未来さん、そのハチマキ可愛いですね」

「ほぉー。猫耳とはポイント高いでござるな」

「ありがと~」


 顔をほころばせ、未来はハチマキの猫耳部分に軽く触れる。


「……み、未来殿。語尾に「にゃー」って付けてくれないでござるか? でゅ、でゅふ」


 息荒く、興奮気味に訊ねるアキバ。


「え、えっと、それはちょっと恥ずかしいよ」

「もう一回『がおー』でもいいぞ?」


 澄まし顔でこのビッグウィーブに乗る俺。あの可愛さは何度も見たくなる。


「ちょ、調子に乗るなぁーっ!」


 ストールを外し、俺をペシペシと叩いてくる。なんで俺だけなんですかね。でも素材が軽いおかげで風がきて、少し心地よかった。


「今日くらいストールとればいいのに。暑くないのか?」


 全身黒がフォーマットのイトナだって、流石にストッキングを履いてないし。


「そ、そりゃ暑いよ……でもさ、トレードマークだし。やっぱ大事だと思うのっ! 予言者っぽいし! ねっ!」

「そんな浅はかなトレードマークやめちまえ」

「ひ、ひっどーい! クマには人情ってもんがないのぉ⁉」

「そんな人情とうに捨てたわ」


 ふくれっ面の未来だったが、何かに目をとめると、そのまま黙って視線を注いだ。


「あれ、ちゃんと逃げ出さずに来たんだ?」


 現れたのは、白いハチマキを頭に巻いた浦見だった。


「上を見て見なよ。得点板の横に用意しておいたよ、横断幕」


 校舎の屋上から吊り下げられている紅白の得点板。その横には、横断幕が巻かれた状態で吊るされていた。


「約束通り、ちゃんと最後まで予言の内容はわからないようになっている。内容を知っているのは君たちと新聞部。そして中立者兼結果発表をしてくれる放送委員一人だけ。箝口の約束も取り付けてあるよ」

「助かるよ。本当はいい奴なのかお前?」

「冗談じゃない。君たちの予言が外れると思っているから、せめてもの情けさ」

「ふん! 絶対に吠え面かかせてやるでござる!」

「そうです! 鷹をくくっていればいいです!」

「あっそ、じゃ楽しみにしておくよ」

「ま、待って下さいっ!」


 未来は緊張した面持ちで、浦見呼び止めた。

 そして、俺たち一人一人を見渡したあと、深く息を吐き、優しく微笑みを浮かべた。


「勝つのはわたしたちです。わたしの予言は──100%なんでっ‼」

「……ふっ」


 嘲笑を浮かべ、浦見は去っていく。


『まもなく開会式を始めます。生徒はすみやかに──』


「そうだ。みんな円陣組もうよ!」

「おいおい、いまか? どんどん生徒集まって来てるんだぞ?」

「やる気出そうだし、いいでござるよ」

「円陣なんて初めてです、ねー、クーちゃん」

「ほら、やろうよクマっ!」

「……早く済ませられるなら」


 グラウンドの隅で四人円陣を組む俺たち。周りからの視線がなかなか痛い。


「みんな、ぜーったいに勝つよ! せーの、お──っ!」


「「「お──────!」」」


 晴天に向かって拳を突き出す。

 俺たちの掛け声は、生徒たちの喧騒でかき消されていく。


 ついに浦見と決着をつける時が来た。

 最後に笑うのは浦見か俺たちのどちらか……。


「……今回は俺の出番か」


 まもなく体育祭が始まる。

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