第三話

「……え?」


 思いがけない浦見の発言に、未来は困惑の表情を隠せない。


「なに言ってるんですか。未来さんはいままで的中率100%ですよ? インチキなわけないじゃないですか」

「言い方が悪かったかな。僕は予言というもの自体信じていないんだよ。未来が見えるなんてありえない。100%なんて余計にさ」

「だったら、未来殿の予言はどう説明するでござるか!」

「いつか君たちを記事にしたくてね、ちょくちょく調べてはいたんだよ。そしたら、面白い情報が出てきた」

「面白い情報?」


 俺は眉をひそめた。


「いままで予言をしてもらった人たちは、君たちが色々協力してくれたって口を揃えて言っていたよ。本当に的中率100%なら、そんなことする必要ないよね?」

「そ、それは、なんというか……少しでも力になりたい、みたいな感じで」


 口ごもる未来を一瞥し、浦見は話を続ける。


「つまり僕としては、君たちが協力することで、意図的に予言を的中させているんじゃないかと疑っているんだ」

「そ、そんなわけないでござろう! 失礼でござるよ!」

「えーっと、葉原君だっけ? 僕は新聞部の記者として、真実が知りたいだけなんだ」

「嘘です! クーちゃんが言ってますよ! あなたはもっと私情で動いているって!」


 浦見は肩をすくめ、ため息を吐く。

 そして薄ら笑いをやめて、表情に敵意を滲ませた。


「人形が喋るわけないじゃないか。嘘つき予言者の次は嘘つきオカルト少女? はっ、この部活は嘘つきの集まりなんだね」

「待ってください! そんな言い方ないですよ! 先輩が疑っているのはわたしでしょ? イトナちゃんは関係ないじゃないですかっ!」


 未来は浦見との距離を詰め、声を荒らげた。


「関係あるに決まってるじゃん。言わば共犯でしょ?」

「共犯だとか、そんなの……」


 言葉を詰まらす未来を尻目に、イトナへと視線を向ける浦見。


「メンバーのことも少し調べさせてもらったんだよ。黒井戸さんは小学生のとき不登校だったらしいね。学校に馴染めなかったのが理由で。それで、初めて出来た友達が百瀬さん。自分の居場所を確保するために、いやいや協力しているんじゃないのかい?」


 イトナはクーを握り締め、思い切り浦見を睨む。

 浦見はイトナに目もくれず、アキバへと矛先を変えた。


「葉原君は小さい頃イジメられていたらしいね。で、イジメを止めてくれた張本人が百瀬さん。それからイジメられることは無くなった。君は恩返しのつもりで手伝っているんじゃないかい? このくだらないインチキ予言をさ」


 アキバは口を一の字にして押し黙る。


「なんだあんた。一人一人の過去を暴いてスキャンダルを狙う記者気どりか? いい趣味してんなぁ」

「新聞部だからね。これくらい当然だよ」


 挑発に乗ることもなく、浦見は淡々と受け流す。


「君は周りから悪魔って呼ばれていたんだよね?」


 過去形じゃなくて進行形だ。いや、自信満々に思うことじゃないが。


「でも昔、百瀬さんが『クマちゃん』という新しいあだ名をつけたことによって、悪魔と呼ばれなくなったらしいね」


 ソースどこだよ。全然普通に呼ばれているんだが?


「そんなことで、俺は未来と一緒にいるわけじゃないさ」

「口じゃ何とでも言えるよ。それに、僕は予言者を名乗る嘘つきは微塵も信用できない。その共犯者も。君たちが何を言おうと、僕は信じないだろうね」

「ははっ、そうか。信じないか……それはどうだか」


 俺は卑屈な笑顔を浮かべ、浦見を見やる。


「何が言いたいの?」

「別に。どうせ言ったって信じないんだろ? だったら言う必要はない」

「……それもそうだね」


 特に表情を崩すことはなく、淡白な返事をする浦見。


「それより、用があってここに来たんだろ?」

「あー、そうだった。じゃあ、端的に言おっか」


 浦見は俺から視線を外し、未来に向ける。未来は訝しげに睨むが、浦見に怯む様子はない。


「僕にムカついているでしょ? だったら、白黒ハッキリつけないかい百瀬さん?」

「……どうやってですか?」


「ちょうど今週の土曜には体育祭があるからね。『体育祭の勝利チームを百瀬さんが当てられるか』っていうのはどう? 勝敗が明瞭だと思うけど。百瀬さんが無事に当てられたら、今日の非礼は詫びるし、新聞にも本物の予言者だって記事を載せる。だからさ、大々的に公開して勝負しようよ」


「大々的にでござるか?」

「そう。もちろん、校長先生からも許可は貰ってきた。インチキを暴けるかもと言ったら、二つ返事で承諾してくれたよ。明日にでも、百瀬さんが予言した内容を各クラスに提示する。新聞部権限でコピー機は自由に使えるからさ。言い逃れが出来ないように予言を生徒たちの目に入れておくために」

「そ、それは嫌……です」

「どうして嫌なの? ……ふっ、やっぱり自信ないんだ? 嘘つき呼ばわりされるのが嫌なんだね?」

「ち、ちが……」


 いまにも泣き出しそうな未来の横に立ち、俺は浦見に堂々と宣言する。


「いいぜ。その勝負のってやるよ」

「く、クマ……⁉」


 未来は心配した面持ちで、俺に上目を向ける。


「へぇ。受けるんだ。そうこなくっちゃね」


 浦見は不敵な笑みを浮かべる。


「ただし条件がある。予言の内容を全校生徒に伝えるのは、体育祭の結果発表後。垂れ幕にでも予言を書いて、屋上から吊り下げている得点板の横とかに、見えないようにして設置しておくってのはどうだ?」


「……それじゃあ、二種類用意して途中で入れ替えたりとか出来るんじゃないの?」

「そんなことしないさ。だったら、あんたが信用できる新聞部の部員数人に交代で見守らせればいい。それに、予言内容を先に公開しないだけで、勝負のこと自体は全校生徒に知らせるといい。そうしたら、体育祭中も一般生徒によって監視されることになる」

「ふぅん……」


 浦見は少し考えるそぶりを見せ、


「いいよ、そうしよう。条件を飲むよ。ただし念には念を入れて、体育祭当日君たちは屋上に立ち入り禁止でいいなら」

「あぁ。全然構わない」


 言葉なく笑い合うが、お互い目は笑っていない。

 目の前にいるのは、倒さなければならない敵なのだから。


「じゃ、じゃあ、いまから予言するから、ちょっと待っていてください」

「水晶玉で視るっていう〝てい〟なんだっけ? いいよ、いくらでも待つよ」


 ……いちいち言い方が癪に触るな。性格悪いイケメン野郎が。

 全員で占いスペースへと移動し、赤いカーテンを閉めて予言の準備をする。

 未来はストールを巻き、真剣な面持ちで水晶玉を覗き込んだ。

 紫水晶に似た綺麗な瞳が、水晶越しに妖しく光っているように見える。


 浦見の手前、二人は心配そうに未来を見つめるが、内心はそこまで心配はしていないだろう。一週間前、映画の結果発表前にしていた話──


 運動が得意なメンバーが偏って、白組が勝つという噂を事前に聞いているのだから。


「──視えました」


 鈴を転がしたような声が響く。

 一同が未来の言葉に注目するが、浦見は何処か余裕のある表情をしていた。


「今回の体育祭……勝つのは──」

「あ、そうだ。ごめんごめん言い忘れてた」


 手を鳴らし、未来の話を一旦止める浦見。


「実はさ百瀬さん。白組が勝つっていう噂があるんだけどさ、知ってる?」

「……! い、いや」


 顔を引きつらせて、未来は浦見から目線を逸らす。

 ……まさかコイツ。


「僕はこの噂を校長先生に話した。もしも百瀬さんが白組が勝つって予言をしたら、仮に的中しても校長先生にはどう思われるかな? 噂に乗っかっただけと思われるんじゃない? いや、校長先生だけじゃない、他の生徒たちからもさ。少なくとも不信感を抱く人たちが出てくると思うよ」


 ……浦見の余裕さはここからきていたんだ。

 こんなことを言われたら白組が勝つって予言はしにくい。それを見越して、予言をする直前にこの話を持ち出したんだ。最初からこうするつもりだったんだろう。


 高確率で予言を外させるには、最善手ともいえるこの方法。

 イトナの言う通り、浦見にとって真実なんてどうでもいいんだ。


 未来を……予言者を蹴落とせればいいと思っている。


「あ、気にしないで。噂は噂だし。ただ僕は、百瀬さんたちの為に言っただけだから。ごめんね遮っちゃって。……でさ、百瀬さんの予言ではどっちが勝ってたの?」

「わ、わたしの予言では──」


 未来の視線は定まっていなかった。焦りの色が濃く見える。

 震える手でスカートの裾を握り、顔を伏せて喉から声を絞り出す。


 

「紅組が……勝つでしょう」


 

 浦見は勝ち誇った顔を隠さなかった。

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