第二話

「あれ?」


 放課後。未来がオカルト研究部の部室にカギを差し込むも、カギがうまく回らないようだった。そのままドアを横に動かすと、抵抗なく開いていく。


「また閉め忘れてたのー? もー、昨日最後に部室出たの誰ー?」


「未来じゃなかったか?」「未来殿でござるな」「未来さんでしたね」と口を揃える。


「ミスは誰にでもあるよね! うんうん。ほら、早く中に入ろーっ!」


 バツの悪そうな顔で、足早に部室へと入っていく未来。

 占いスペースのカーテンを開け、そのままオカルトスペースへ。

 水泳バックをぽいっと投げ、「疲れたー」と机に突っ伏す。


 プールから出たばかりで髪も制服も若干濡れていて、風呂上がりの姿を連想させた。未来のパジャマ姿とか絶対可愛い。自撮りして送ってくんねぇかな。


「うぅー、髪ごわごわするぅー」

「ちゃんと乾かさないからですよ。せっかく綺麗な髪してるのに」

「えー、だってぇー」

「だってじゃありませんよ。私が乾かしてあげますから」

「ほんと? わーい、イトナちゃん大好きっ!」


 喜ぶ未来に微笑んでから、イトナは散らかっている部室の段ボールからドライヤーを取り出した。


「いつの間にそんな物を」

「黒澤さんの映画の時ですよ。髪のセットに使うかと思って。結局使いませんでしたけどね」


 少し前に見た謎の生首も使わなかったけどな。

 コンセントのある部室の隅に椅子を用意し、未来を座らして髪を乾かしていくイトナ。


「クマ殿もやってもらったらどうでござるか?」

「そんなに長くないからすぐ乾くよ。それよりアキバ、お前の頭大変なことになってるぞ」

「風呂やプール上がりは、いつもこうでござるからねぇ」


 癖っ毛のアキバは水を含んだことにより、スチールウールのような髪が大爆発しているようだった。そういや、雨の日も似たような感じだったかもな。


「髪ストレートにすればいいんじゃないのか?」

「想像してみるでござるクマ殿。違和感しかないでござろう?」


 試しにアキバのストレート姿を思い浮かべてみたが、全然アキバらしくない。


「天パ党党首の名は伊達じゃないでござるよ」

「投票率めちゃくちゃ低そうだなその政党」

「はーい。終わりましたよ未来さん」

「わー、ありがとイトナちゃん」


 イトナから受け取った手鏡で確認して、未来は満足そうに頷く。髪は綺麗に乾いていて、窓から風が吹き抜けるたびに、美しい黒髪が靡いた。


 ドライヤーの音に視線を向けると、クーの髪を乾かし始めるイトナの姿があった。いやいや、プール入ってないからクーは濡れてないだろ。マジで何してんだ。毛繕いか?


「なぁ未来、イトナのやつ何して──」

「ふんっ!」


 あからさまに、俺から目を背ける未来。


「おい、どうした?」

「どうしたじゃないでしょ? プールのこともう忘れたの?」

「忘れるわけないだろ。まだ左頬痛いんだぞ」


 トイレで確認したら綺麗に紅葉のような跡になっていた。帰るまでによくなるといいが。


「あんなデリカシーのないこと言うからでしょ! 女の子に太ったは禁句なんだよっ!」

「太ったとはいってないだろ! 足が太くなったって言ったんだ!」

「変わんないよぉ! もーっ! クマの太ももフェチ!」

「俺を太ももフェチにしたのは誰だと思ってるんだ!」

「わたしじゃないことは確かだよぉ⁉」


 ……気づいたら好きになってたからなぁ。恋愛と一緒だなフェチって。

 いやーそれにしても、未来の太ももはすごい魅力的だった。思い出すだけでヤバい。

 その瞬間、頭に電流が走った。


「悪魔的閃きだ……」

「え、阿熊だけに?」


 未来は笑いを堪えながら、瞳を輝かしている。いや、俺も一瞬思いついたけどさ、流石に声に出さなかったんだぞ? それを嬉々として振らないでくれ。笑いのツボ浅すぎだろ。


「……未来、浅井先輩の時のお願いってまだ残ってるよな」

「の、残ってるけど。えーっとぉ、このタイミングで言われるのって、なんか嫌な予感しかしないんだけど? 悪魔的閃きとか言ってたよね⁉ ねぇ⁉」


 一歩後ずさり、手で胸や太ももを隠すようにする未来。

 逆に俺は一歩近づき、堂々と声を張った。


「俺に……ひざまくらをしてくれ!」


 バシィ!


「あぷっ」


 綺麗に同じ箇所を叩かれた。絶対跡になるわこれ。


「痛っ! な、なんでだよ⁉」

「え、えっちなお願いはダメって言ったじゃんっ! 変態変態変た──いっ!」

「健全なお願いだろ! せめて、ちょっとそのまま太もも触ったりするくらいだ!」


 未来はあっという間に顔を赤くし、


「ほ、ほらー! 全然健全じゃないじゃん! ぜーったいしてあげないんだからっ! ダメダメーっ! お触り禁止だよぉ!」

「お前はキャバ嬢か!」


「いやー。とっても仲がよさそうだね」


 聞き覚えのない物静かな声が、ドアの方から聞こえた。


 俺たちの視線は、ドアの前に立っている人物に集中していく。

 キッチリと第一ボタンを閉め、ネクタイまでした着崩しのない制服姿。

 ズボンを纏った長い足は、モデルにも決して負けていない。短めの髪に、すらっとした端正な顔立ち。認めたくないが、かなりのイケメンだ。女に困ることは無いんじゃないだろうか、と思うくらいに。


「初めまして。オカルト研究部のみなさん。僕は新聞部二年の浦見うらみ浅葱あさぎ。字は浅葱色の浅葱。気にせずタメ口で接してくれていいよ。僕的にもその方が変に気を遣わずに済むし」


 爽やかな笑顔で自己紹介をする浦見。

 浦見? あの記事を書いた新聞部の浦見ってコイツか。


「新聞部が何の用でござるか?」

「うちの前回の新聞は見てくれたかな? 球技大会の時のやつなんだけど」

「ああ、あの宣戦布告文か」


 俺の言葉に目を細める浦見。


「見てくれたんだ。ありがとう、なら話は早いね」


 一度俺らを見渡してから、浦見は未来を指差し、ハッキリと言った。


 

「百瀬未来。君は予言者なんかじゃない。ただのインチキだ」

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