第十一話

 動画は引き続き、未来の顔のアップから。


 普段から、こんなまじまじと未来の顔を見つめることはないし……あらためて見ても可愛い。ここだけ切り取って俺にくんないかな。永久保存版にしたい。


『んにゃぁ────っ!』


 金切り声をあげ、未来が俺の胸に飛び込んできた場面。

 ──応募要項通り、抱擁するシーンだ。


『じゃ、じゃあクマぁ……終わるまでこうしてていい……?』

『あぁ。いいぞ』

『ありがとね……』


 うん。我ながらスゴイ恥ずかしいな……。

 客観的に見ても、かなり恥ずかしい動画の部類に入るだろう。


 未来は小刻みに体を揺らしながら、顔を真っ赤にして動画を見ている。「う、うぅ……あ、あ、あうぅぅ」と、嗚咽にも似た声をあげて。


 アキバが協力しているなら、横に俺がいる状態で驚かせてれば、未来が抱きつく可能性が高いことは、容易に想像できるからな。この時点で応募要項はクリアというわけだ。


『うぅ……クマのいじわるぅ……』


 未来だけ見れば、甲斐甲斐しい美少女が映っているだけだが、カメラを少し上に向ければ、意識が遠のく俺の姿が映って……あれ、編集で俺の姿がカットされてる? 編集うまいなアキバ。いや、死にそうになってる男が映っていれば、そりゃカットするか。


 突出して変な部分はなく普通に見ていられるし、出演者が俺と未来じゃなければ、どれだけよかったか。

 俺が気になっていた点は、このあとの黒澤とアキバの会話。


「も~、何してるの~」「思ったより怖かったでござる……」「肝心のパソコンは? うまくいった?」「うむ、成功でござるよ」と、アキバは最初から何が映っているのか聞かされているようだった。……失神していたがな。


 パソコンのくだりも、インカメのことを指していたのだろう。失神していたがな。

 映画は次のシーンへと移り変わり、洋館へ。


 二階のホール前でのやり取りが映し出されている。わざわざ廊下なんかで三脚を設置していたのはこれを撮るため……いや、いつでも撮れるよう準備しておいたのだろう。

 ここまで内容という内容はなく、オムニバスのように個々のシーンで進んでいく形をとっているみたいだ。


 カメラは、はにかみながら小さく手を振る未来の姿を捉えていた。

 そして顔を引き締めきれず、破顔しかけながら手を振り返す、みっともない俺の姿。


「こ、こんなとこまで……」


 絶対誰にも見られていないと思ったのに。

 そういえば、アキバがこの直後に「ばっちり」って言ってたな。


 やけにカメラ準備が長い時があったが、俺らを撮っていたからか。どうしよう、アキバがニヤニヤしながら撮っていたかと思うと、途端にムカついてきた。頼むからあのTシャツにコーヒーとか零してくんねぇかなぁ。


「う────っ! う────っ!」


 顔を両手で覆い、ぶんぶんと首を横に振って悶える未来。耳まで真っ赤だ。

 気持ちはすごいわかる。俺も穴があったら入りたい。もう、体中こそばゆくなってきた。


 映画の残り時間は約四分の一。ようやくこの生き地獄から解放される……。

 ラストシーンは、予言者の映画と同じく夕焼けの山頂だった。

 夕陽の前に佇み、影を揺らす俺と未来。

 映像越しだと、かなりロマンチックな風に見える。


 ……そうだよなぁ。あの花束もこのシーンのために、わざわざ用意したに決まってるよな。


『これが……クマの気持ちなの?』

『もちろん俺の気持ちだけど?』

『で、で、あの……その……。わたしも──』


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!」


 未来はストールを無我夢中に振り回し、俺たちをパソコンから離れさせる。


「み、見るな見るな見るな──────っ!」


 ぜぇぜぇと息を切らしながら、動画を停止させる未来。


「どうしたんだ未来。恥ずかしいのはわかるがここまで見たんだ。どうせなら最後まで──」


 涙目でキッと俺を睨み、


「ダメ! ダメったらダメなのっ! クマはぜ──ったい見ちゃダメっ!」

「なんで俺はダメなんだよ⁉」

「そ、それは……その……」


 目を伏せて口ごもるが、顔を紅潮させ、


「こ、ここまで見たからいいじゃんっ! もう十分っ! 終―わーりーっ‼」

「……よくわからんが、そこまで嫌なら我慢するよ」


 こうなった以上、未来は絶対引かないだろうしな。

 安堵のため息を吐き、脱力したように机に手を置く未来。


「あっ」


 置いた手の先にはパソコンのタッチパッド。運悪く動画は再び動き出した。


『クマと同じ気持──』


「んにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ‼」


 手足をバタバタとさせ、画面を見せないようにする未来。


 恥ずかしいのだろうか。動画を停止させようとタッチパッドを操作するが、焦っているせいでうまく停止されない。このシーンはお疲れ様の花束を渡しているだけだし、特に恥ずかしいシーンではないと思うが……。


「と、とま、とまんなっ……!」


 泣きそうになりながら、必死に動画を止めようとする少女の姿は哀れにも思えたが、同時に愛くるしくもあった。映画はちょうど未来が綺麗なピンク色の花束を受け取った場面で、画面の下部に字幕が出てきていた。


『胡蝶蘭』


 ……聞いたことがあるな。そうか、これがあの花の名前か。字幕はさらに続き、


『白色の胡蝶蘭の花言葉は清純。そしてピンク色は──』


「く、クマは見ないでってば────っ!」


 未来はストールを外し、俺の視界を塞ぐように巻いてきた。

 暗闇で方向感覚が断絶された中、未来がいるであろう方向に言葉を投げかける。


「わ、わかった。見ないから一つだけ教えてくれ」

「な、なにをさ……」

「花言葉だよ。途中までだったからさ」

「うえぇ⁉ や、やだよぉ!」


 黒澤が声を潜めて「あれ、本当に気付いてないの~?」と怪訝そうに言うのが聞こえた。

「残念ながら本当でござる」「いつもあんな感じですよ」などと、わけのわからん会話をしている。


「……ど、どうしても知りたいの……?」


 あらたまったように訊ねてくる未来。


「まぁ、教えてくれるなら知りたいが」

「……えっと。あ、あのね、ピンク色の胡蝶蘭の花言葉は……あ、あな、あなたを愛……愛し……て……うぅう! やっぱりダメぇぇぇぇええええええっ!」


 叫びながら、なぜか俺の顔をストールでぐるぐる巻きにしてくる未来。え、なにこの理不尽。視界以外も奪われなきゃならないのか。


 ……謎だ。ミステリー小説の読者への挑戦よりも難解だぞ。

 あと普通に息が苦しんですけど……せめて鼻か口は開けて貰えませんかね? でも、いい匂いに包まれて心地よい。このまま幸せな気分で寝れそうだ。もとい、意識が落ちそう。


「ふふっ、ミイラ男みたい。黒澤くんの映画でミイラ役があったら出して貰えるんじゃない? もちろんセリフは無しで」

「おっけ~。モブミイラだね、任せてちょ~」

「まだ演技バカにされなきゃいけないのか俺?」

「ミイラ男×ミイラ男って新しいですよね。期待してますクマちゃんさん。攻めのミイラ男」

「意外性を狙って、総受けのクマ殿とかどうでござるか?」

「アキバさんいいですね! いただきですっ!」


「いただきです、じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 ストールをはぎ取り、声を大にして叫んだ。


 そんな恥ずかしい役をやらされるのなら、勝手に恥ずかしい映画を撮られていた方が、よっぽどマシかもしれない。

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