第九話

 数週間後──夏の訪れを肌に感じてくる、六月中旬の放課後。


 オカルト研究部の部室は、いまだに映画で使った小道具やらが散らかっている。


「結構散らかってきましたね……」


 クーを弄びながらイトナが言う。この時期も服は真っ黒で、見ているこっちが暑くなってきそうだ。


「だな。体育祭後にでも片付けるか」


 大半はイトナの物だけどな……。映画道具は雑にいくつかの段ボール箱に入れてあり、中身が飛び出ている物もある。大量のロウソクに、魔法陣を書いたであろうチョークの欠片。フランス人形に黒いローブ。血のりのついたナイフに謎の生首……生首⁉ 映画に使ってなかったよなこんなの⁉ つーかこれ、リアル過ぎて怖いんだが!

 俺は段ボール箱から視線を外し、グラウンドで走っている生徒たちに目を落とす。


「……そういや、もうすぐ体育祭なんだな」

「わたしたちのクラスって紅組だったよね?」

「あぁ。イトナはどっちだった?」

「私も紅組です。みんな仲間ですね」

「……でも、知ってるかお前ら? 今回は白組が勝つんじゃないかっていう噂」

「え、なんでさクマ! 紅組負けちゃうの?」


 未来が詰め寄ってくる。


「聞いた話だし、俺も詳しいことは知らん。ただ、スポーツ得意なやつが結構白組に固まっているらしい」

「えぇーそんなぁ。どうせなら勝ちたいのにー。もぉー」


 頬を膨らまして俺の肩を叩く未来。いたっ。え、なんで叩かれたの俺?


「未来殿が体育祭の予言をすることになったら、白組の勝ちにすればいいでござるね」

「そ、そんな予言絶対しないよぉ!」


 校長の性格からしたら、ほぼ確実に依頼して来そうだけどな。

 未来の声がこだました時、アキバのスマホから通知音が響いた。


「お、武殿からでござる」


 アキバはスマホを確認し、重そうに腰をあげる。


「一次選考の結果発表が、これからされるそうでござる」


 ※ ※ ※


 時刻は三時五八分。

 あと二分ほどで、大会運営のホームページに結果発表が掲載される。


「みんなで結果確認しようよ〜」と誘われた俺たちは、部室で黒澤の到着を待つ。

「うぅ……ドキドキするよぉ」


 未来は落ち着かないのか、巻いてあるストールを執拗に触り続けている。

 あの日──撮影後は未来が口を聞いてくれないまま、気まずい雰囲気での帰宅となった。


 しかし、みんなと別れて二人で家路を辿る中「ねぇ、どうしてクマはあの花を選んだの?」と不機嫌に訊ねられた。

 理由を考えていなかった俺は「き、綺麗だったから」としか誤魔化せなかったのだが、


「はぁ……やっぱり、クマだもんね。そんなオチだろうと思ったよ」


 と物凄い呆れ顔。

「そっか、そうだよ、クマだもんね」と、一人で納得したように未来は何度も頷いていた。


「おい、どういうことだよ?」


「ふふっ、お得意のミステリーみたいに考えてみれば?」と悪戯っぽい笑顔を向けられ……機嫌は直ったのだが、結局理由はわからずじまいだった。


「お、お待たせ~」


 緊張で腹が痛いのだろうか、黒澤は腹を押さえながら部室に入ってきた。右手には大事そうにコバルトブルーのパソコンが。


 黒澤はパソコンを占い机に置いて『映画WORLDCUP』のホームページへとアクセスした。俺たちは黒澤を取り囲んで、その様子を伺う。口数は少しずつ減っていき、自然と緊張感が走る。


「みんな、覚悟はいいかい?」


 黒澤の顔は真っ青だった。どんなに取り繕おうとも、やはり気が気でないらしい。

 映画が完成したのは、撮影から二週間ほど経った頃だった。


 出来上がった映画は、未来とイトナの演技力とアキバのCG技術が相まって、かなりのクオリティーだった。贔屓目なしで、一次選考を通過してもおかしくないレベルだと思う。


「い、いくよ!」


 黒澤の掛け声に、無言で頷く俺たち。

 結果発表と書かれた欄をタッチパッドでクリックし『一次選考通過作品』と上部に書かれたページに移動した。机に置かれたパソコンを、窮屈なのも気にせずに全員で覗き込む。


 ページには順不同で、高校名と作品名が書かれていた。

 上から長編部門、短編部門となっている。超短編部門や、ミュージックビデオ部門、ダンス部門なんてものもあるらしい。


 短編部門の応募総数は160作品。例年の通過率は約三割だということで、今年も大体50作品前後が通過すると考えられる。

 俺たちは見逃さないよう、必死に目を凝らしながら「先見高校映画研究部」の名を探す。


 息をすることも忘れそうな空気の中、黒澤によってスクロールされる画面。大体30作品を過ぎたあたりで、黒澤の手が止まる。


「どうしたでござるか?」

「い、いや、ちょっとね……」


 タッチパッドの上にある手は細かく震えていた。うまく指先を動かせないみたいだ。


「いまのところ見当たりませんね」


 小さく口を開き、不安そうにクーを抱くイトナ。


「結構な数見たでござるがねぇ」

「あと半分くらいだよね……」


 未来は表情にこそ出していないが、不安そうな声色を出す。


「ご、ごめんねみんな。もしかしたらダメかもしれない……折角協力してくれたのに」


 黒澤の一言で、各々が抱えていた不安が増幅していく。

 部室内は重苦しい空気が流れ、本当に落選していそうな気配すらしてくる。


「……まだ落ちたわけじゃないっていうのになんなんだお前ら。落ち込むなら結果を見終わった後だろ」

「……阿熊クン」

「なあに、まだ半分あるんだ。慌てるときじゃない。なにより──」


 俺は黒澤にまっすぐ視線を向け、ハッキリとした口調で言う。


「未来の予言は100%だ」


 一瞬体をビクッと揺らし、未来が照れた顔を見せる。


「く、クマの言うと通りだよっ! 大丈夫大丈夫っ!」

「……そうでござるよ。未来殿の予言があるでござる」


 アキバは自分で目を覚まさせるように、軽く頬を叩いた。二重顎が静かに揺れる。


「クーちゃんもきっと大丈夫って言ってます。だから大丈夫ですよ。未来さんとクーちゃんが組んだら、もう無敵ですよっ」


 クーの首を持って縦に動かし、イトナが明るい表情を見せる。


「……急にイケる気がしてきたよ。未来チャンには失礼なこと言っちゃったね〜、メンゴ〜」

「ううん、気にしてないよ」


 優しい微笑みの未来。

 本調子に戻ったのか、黒澤はいつもの口調になる。


「じゃ、残り半分見ていこっか~」


 何かが吹っ切れたように、軽快にスクロールを再開していく黒澤。

 心なしか、他の連中もスッキリとした顔つきになっていた。


 40作品を過ぎたあたりから息がつまり、心臓も高鳴っていく。

 しかし、根拠はないが不思議と俺もイケる気がしてきた。


 41……42……43……44……45と、目で追うもまだ俺たちの作品は出てこない。

 46……47……48、そして──


「あ!」


 声をあげたのは未来だった。


 黒澤は画面を食い入るように見て、「あっあぁ……!」と感嘆を漏らす。

 ディスプレイには、


 49 先見高校映画研究部「予言者の復活」


 と映されていた。

 思わず目をこすり何度も確認するが、たしかに載っている。黒澤の……俺たちの作品が。


「やった──────っ!」「やりました!」「でゅふー!」「おしっ!」「いえ〜い! やったね〜!」と三者三様、喜びをあらわにした。


「よかった……守れた、守れたよ先輩との場所を──うおっ!」


 黒澤は喜びのあまり仰け反りすぎて、そのままバランスを崩し、尻餅をついてしまった。


「いてて……うん。夢じゃないね〜」

「う、うぐ……よかったねぇ……ほんとに……ううぅ」


 未来は大粒の涙を零している。


「先輩も……ひぐっ、遠くから見守ってくれてるはずだよ。うぅ、ご冥福をお祈りしますぅ」


 天に向かって手を合わせる未来。おいおい、勝手に殺すな。


「先輩まだ卒業すらしてないしてないけどね~」


 ズボンの埃をはたきながら、苦笑する黒澤。

 先ほど緊張感に押しつぶされそうになっていたのが嘘みたいに、部室は暖かい雰囲気に包まれている。

 今回も無事、未来の予言は100%をキープできた。


「喜ぶのはまだ早いんじゃないんですか? だってこれ一次選考ですよね。二次選考も通る可能性ありますよね?」


 イトナは小さい顔には不釣り合いな大きい瞳を、キラキラと輝かせた。


「そうでござるな。二次選考の結果発表っていつでござったか……」


 アキバが顎に手を置き、眉間にシワを寄せる。


「結構先だった気が……たしかページの最下部に書いてあったよ~」

「ちょっと確認してみるか」


 俺はパソコンの前に移動し、タッチパットで画面を下にスクロールしていく。

 短編部門の結果が終わり、超短編部門の結果が載り始める。なんとなく目を通していただけだが、途中で思わず動かす指が止まってしまった。


「……どういうことだこれ?」


 画面には、予想だにしないものが映っていた。


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