第五話
「みんな、ありがとちゃ〜ん! 詳しい相談はまた今度させて貰うよ〜。まずは脚本書かないといけないからね〜」
黒澤はアキバの直したパソコンを脇に挟み、
「いい脚本書けそうだよ〜! じゃ、またね〜」
こちらの挨拶も待たずに、黒澤は走って出て行った。
よほど早く脚本を書きたいのだろう。一体どんな作品になるのやら心配は尽きないのだが……まずいまは──
「未来」
「…………なんでしょうか」
未来は俺に背を向けたまま、小声で答える。
「今日俺はお前が成長したと思って感動していたんだ」
「待って! 弁解させてっ!」
バツが悪そうな顔をしながら、未来は振り返って俺との距離を詰めて来た。
「なんだ? 言ってみろ未来」
「えっと……その、黒澤くんの話を聞いたらさ……」
「うん」
「か、感動しちゃって……ね? だから、その……」
「うんうん」
「……………………てへっ?」
未来は自分の頭をコツンと叩き、舌をペロッと出した。
もー、未来はかわいいんだからぁ──で済むかぁぁぁぁぁ!
「ご、ごめんにゃ、やめ、や、やぁ、ごめんにゃひぁいぃぃ!」
未来の両頬をつまみ、ぐにぐにとこね回す。
「クマ殿。未来殿も反省しているし、その辺にしてあげたらどうでござるか?」
「あ、あひばくぅん……!」
目を輝かせる未来に悪戯心が芽生え、より頬をこね回す。
だって全然反省してないんだもん。
「うにゃぁあぁっ! くぅまぁぁ、あぅぅうぅぅ!」
俺は手元で暴れる未来を気にもせず、
「どうした? 今日はやけに優しいなアキバ。いつもなら、これに正座も待ってるんだぞ?」
「実を言うと、拙者は個人的に役者を頼まれてたんでござるよ。だから、やること自体に変わりはないから、別に怒ってないでござる」
「私もクーちゃんとオカルトの素晴らしさを伝えられるなら大賛成ですよ。むしろ大歓迎です!」
みんなからの視線が俺に集約する。なんだか俺が悪いみたいだ。
「……わかったよ。今回はこんぐらいにしといてやる」
「ありがと二人とも〜っ! 大好き〜」
二人に抱きつこうとする未来を、ブラウスの襟首を掴んで阻止し、
「とりあえず、予言しちゃったもんはしょうがない。ほら、さっさと書くぞ未来」
「ひ、引っ張らないでよクマ〜っ」
占い机に未来を連行し、半紙と筆ペンを差し出した。
未来は手渡すなりすぐ、筆ペンのキャップを外して、予言を書き始める。
「よし!」と書き終わった予言を見て、満足そうに頷く未来。
今回は一発で成功して、半紙も無駄にならなかったから俺も満足げに頷く。
「今回はこの予言に決まりだよっ!」
アキバとイトナにも見えるよう、紙を前に突き出した。
『映画研究部が映画わーるどかっぷの一次選考を通過する』
今回の予言は決まった。
……それにしても、WORLDCUPくらい英語で書けなかったのだろうか。なんかバカみたいに思われそうで嫌なんだが。
「さぁ、みんな頑張ろー! おーっ!」
可愛らしく、握りこぶしをあげる未来。俺とアキバも「おー」と小さくあげるが、イトナはひときわ大きな返事とともに、クーを持ち上げた。
「私、オカルトグッズとかいっぱい持ってますし、何より黒魔術士なんで儀式も出来ます!」
考えてみれば、オカルト映画を撮るならイトナは心強い味方だ。その辺のちゃちなオカルト映画より、スゴイものにすることだって出来るだろう。
イトナはサイドテールを嬉しそうに揺らして、口元でクーを愛おしそうに、ぎゅっと抱きしめた。
「今回は私の出番ですね♫」
※ ※ ※
あれから一週間──今日からついに、映画の撮影は始まった。
黒澤が応募するのは短編部門。
一時間越えの大作を作る長編部門とは違い、約十分の映画をテーマに沿って作るという比較的応募しやすい部門だった。撮影期間も、滞りなく進めば今日一日で終わるらしい。
テーマは前述された通り「オカルト」と「地元」という絶妙に作りづらいもので、黒澤は脚本を作るのに数日を要した。
黒澤の書いた脚本(本人曰く珠玉の出来)の内容はこうだ──
『この街には有名な予言者の少女がいた。
地元の人々はすっかりその少女のことを信じていたが、イカサマだったと判明し大炎上。
少女は行方をくらますが、精神的に追い詰められていき、最終的には自殺してしまう。
この世に強い未練を残した少女は、魔術師の力で現世に復活を遂げる。
自分が死んだのは追い詰めた人間たちのせいだと逆恨みし、殺戮の限りを尽くす』
……脚本を読む限り「オカルト」と「地元」のテーマにスプラッタホラーを混ぜたような感じか。あの時の動画は、この映画のための資料だったみたいだ。
俺が気になるのは主人公の予言者について。
脚本内では名前を変えているが、この地元の人間だったら誰でも気付くであろう。
インチキ予言者や稀代の嘘つきと揶揄された少女──衣笠伊麻琉に他ならなかった。
未来が同じ轍を踏むわけにはいかない、反面教師のような存在。
その役を演じるのが未来自身だというのは、運命の悪戯だろうか。
「二人とも〜、血糊変えてきたよ〜」
「ありがとう黒澤くん」
「じゃあ撮影を再か……あ、そうだ未来チャン。もっと殺気みたいなの出せたりする〜?」
「殺気……?」
「そ〜そ〜。他のとこは完璧だからさ~。あとは殺気というか目に見える殺意だけなんだよね〜。もう阿熊クン殺っちゃうつもりでいいよ〜。最悪、殺っちゃってもいいからさ〜」
「殺るつもりで……うん、わかったっ! 頑張るっ!」
普通に殺っちゃダメだろ。未来もそんなとこ頑張るな。
「じゃあ頼んだよ〜」
黒澤はパイプ椅子へと戻り、カチンコを手にしながら、三脚を付けたカメラに目を通している。
「殺気かぁ。でも……クマを殺すなんて」
「演技だよ演技。黒澤の言う通り、殺気はあんま感じなかったからなー。頑張れ未来」
「うわぁー。棒読みの人に演技注意されたぁー。やる気なくなっちゃうなぁ」
「……それは悪うござんしたね」
俺はふてくされたように、口を尖らす。
「ふふっ、なんかござんしたねってアキバくんみたい。ねー、ござるって言ってよ」
「言わねぇよ」
「えー、一回でいいからさー。ほら、ござるござるぅ」
「ちょっとお二人さ〜ん、いちゃつくのは後にしてくれな〜い?」
メガホンを通して、黒澤から注意を受ける。
「クマのせいで怒られちゃったよ。もー」
「いやいや、俺のせいじゃないよな?」
「クマが早く言わないから、怒られたんだよでござるぅー」
使い方違うっぽいけど、新鮮味あって可愛いし……うん、悪くないな。
未来は不貞腐れながら、白装束の身なりを整える。衣服が乱れてくれていたおかげで、ちらっと見えていた谷間は隠れてしまった。しかし、先ほどアキバを走って追っていたからか、白装束の帯下から足にかけて隙間ができていて、白く伸びた生足が見えていた。
「おぉ……!」
感嘆の声を漏らす。
俺の理想よりかはやや細めだが、やっぱりいい太ももをしている。
「……82点だな」
「何が82点なの?」
未来が眉をひそめて尋ねてきた。
「いや、なんでもない」
「じゃあ、始めるから準備して〜」
黒澤の指示に二人揃えて返事をし、俺は未来に刺される直前の身を屈めた体勢になった。
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